17.密会
決行は、いつまた大嶽丸が襲ってこないかも知れないためできるだけ早期にということで、明日の朝と決まった。
今晩は明日に備えて体力を付けるため、なるべく早く休むようにとヴァリニャーノ先生から指示が出た。
だが、日付もとっくに日を跨いだと思われるが、布団の中の私は、明日の決戦の事を考えて一向に眠ることが出来なかった。
結局他に打開策も無いため、なし崩し的にあの女性の策に乗ることになったが、本当に彼女は信頼できるのだろうか?
はぐらかされてしまったが、やはり暗殺を謀った先生に仕返しをするために、私たちを罠にかけようとしているのではないのか?
もし彼女が味方だったとしても、昔の恋心をくすぐるだけであの大嶽丸から簡単に剣が奪えるのだろうか?
答えの無い疑問がグルグルと頭の中を巡った。
ふと気付くと、誰かがベッドから抜け出し、部屋からスッと出ていくのに気づいた。
(マンショ……? こんな夜中に、どこへ……?)
微かに聞こえる足音の方向からすると、手水場ではなく、階下に降りて行くのが分かった。
気になった私は密かに後をつけることにした。
ヴァリニャーノ先生の過去が明らかになって以降、マンショは平静を装いながらも、明らかに口数が少なくなっている。
いつもであれば決戦に向けた支度や段取りを率先して行うはずが、今回はほぼ私に任せきりで、何か別の事を考えているのは明らかだった。
(気持ちが分からなくも無いけど……しっかりしてよ、マンショ!!)
私は苛々する気持ちと心配な思いが入り混じった感情を抱きながら、マンショの後を追った。
(ん……? この音は?)
マンショを追って教会の外を出たところで、ほんの小さくではあったが、何かを奏でる音が聞こえた。
それは、琴の音であった。
マンショが、教会の敷地内にある小さな離れの中に入って行く。
離れからはぼんやりと蝋燭の火が漏れており、部屋の中をゆらゆらと照らしているのが見える。
そこは、鈴鹿御前に一夜の宿として貸し与えられた部屋であった。
(琴は、鈴鹿御前が奏でていたのね……)
私は離れの窓の下にそっとかがみ込み、聞き耳を立てた。
「……な夜中にお邪魔して申し訳ございません」
「いいえ、私もちょうど話し相手が欲しかったのよ」
琴を弾く音が止まる。
「いきなりですけど、単刀直入にお聞きいたします……あなたは、ヴァリニャーノ先生に復讐するためここに来たのではないですか? 自分を裏切った夫に仕返しするため私たちを言いくるめ、大嶽丸に差し出そうとしているのでは!?」
「ふふふふふ。突然現れた鬼の女の言う事なんて、信じられなくて当然よね」
「誤魔化さないで私の質問に答えてください!!」
「では言いましょう。答えは否です。本心から、ヴァリニャーノを助けたいと思っているわ」
しばらく沈黙が続いた。
「でもあなたは、ずっと騙された挙句に殺されかけたのでしょう? 恨んでも、それは当然なのではないですか?」
「ヴァリニャーノがイエズス会から鬼の情報を引き出すため偽りの結婚をするよう言われていたのは、最初から承知の上……いずれ用が無くなった際に暗殺命令が出されることもね。恨むも何もないでしょう?」
「そんな……知っていたのならなぜ先生と一緒になるような真似をしたの?」
「私ならあの人の気持ちを変えられると、勘違いしたのかしら……」
再び、琴を弾く音が聞こえ始めた。
「ヴァリニャーノと別れた後は、ずっと琴を奏でてばかりいたわ。琴を弾いている時だけ心が穏やかになるの……」
「素敵な旋律でいらっしゃいますね。私たちの寝床まで、よく聞こえました」
(よく聞こえた? 私の耳には、少なくとも教会内にいた間は全く聞こえなかったけれど……)
「ふふふ……この音は、あなたの耳にだけよく聞こえるよう調律したものなのよ」
「私にだけ? それで……それで誰も起きなかったのね。一体、何の為ですか?」
「今日の席でのあなたの態度、お友たちがあなたを見る目……あなた、ヴァリニャーノに惚れていらっしゃるのね」
中の様子を見る事は出来ないが、ハッとしたマンショの息遣いが聞こえたような気がした。
「ふふっ、同じ女同士、それぐらいは鬼でなくても分かります。あなた、ヴァリニャーノを師と仰いで今までやって来たのでしょう? 教師に生徒が惚れる事はよくあるもの……別に悪い事では無いわ」
「そ、そんなんじゃありません! 私は……私は、父親を早くに亡くしています。ですから、先生は私にとって父のような方なんです!!」
マンショが必死で否定する声が聞こえる。
「ふーん、師弟愛と父性を求める感情が交錯しているのね。これは拗らせるわけねぇ」
「あ、あなたはそんな事を言うために、私をここにおびき寄せたのですかっ!!」
図星を突かれたのか、マンショの声は一段と大きくなっていた。
「いいえ。ヴァリニャーノに惚れた者同士、お友たちになれるんじゃないかと思ってね。あなたも昔の彼の話を聞いてみたいんじゃない?」
「そんな事……」
これ以上2人の話を聞く無神経さを、私は持ち合わせていなかった。
とりあえず、鈴鹿御前が私たちを罠に嵌めようとしているのではなさそうということが分かっただけで十分だ。
後は2人で話し合えば良い。
私はそっと離れを後にした。




