16.伴侶
「この後、ワタシはイエズス会に、御前とのやり取りを報告シマシタ」
ヴァリニャーノ先生は過去を思い出しているのか、ずっと目を閉じながら話をしていた。
信じられないが、この目の前の絶世の美女は紛れもなく鬼であるということであり、しかも退治に行った先生は押し倒されて、鬼である自分を受け入れろと言われたということであった。
(海外に渡った鬼の中には、人間との戦いに敗れて移っていった者も多いと聞くけど……この女性は追われ続けることに疲れて、先生に助けを求めたのかしら?)
「先生、会は何と……?」
ジュリアンが先生に先を促した。
「会が下した判断は、御前をワタシの伴侶とする事デシタ」
「なっ!?」
私は驚きのあまり声を発した。
「だって先生は神父様でしょ? 婚姻は認められていないはずでは!?」
言うまでもなく、いくつかあるキリスト教の宗派の中でも、カトリック教会の神父には結婚が禁じられている。
私たちの前で常に神に敬虔な態度を取っていたヴァリニャーノ先生が、その禁を破るとは全く考えられなかった。
(それに……)
私は横目でマンショの様子を伺った。
一見気丈な態度を取っているが、表情の微かな歪みから、内心深く傷ついているのが分かる。
「イエズス会はヴァリニャーノに、鈴鹿御前の近くにイテ、鬼の情報を集めるコトを命じたのデス……」
ヴァリニャーノ先生の横でじっと沈黙を守っていたメスキータ先生が、私の問いに答えた。
「既に、会は酒呑童子退治の計画を秘密裏に進めているところデシタ。その為には、何としても日本の鬼について知ることが必要だったのデス」
ヴァリニャーノ先生が続けた。
「ソコデ、特別な許可が出たワタシは御前と婚姻生活を始め、ソノ期間は3年に及びマシタ」
「さ、3年も……」
今度は、マルチノの声が漏れた。
「ワタシは御前からたくさんのコトを学びマシタ。鬼のコトはもちろん、日本の歴史や文化、日本人の性格、難しい日本語まで、ありとあらゆるコトを教えてもらいマシタ……」
そう言う先生の目元には、何かを懐かしむ様な表情が浮かんでいた。
「ソシテ、イヨイヨ計画が実行に移される時が来まシタ。アナタたちをキリシタンに育て上げ、ローマに来てもらい、酒呑童子を倒す計画デス。ソノ実現の為、私が日本に派遣されるコトになりマシタ」
「先生が日本への派遣に選ばれたのは、そちらの女性と夫婦であった事も大きかったのですね……」
ジュリアンは静かにそう言った。
夫婦という言葉に私とマルチノはピクリと反応し、マンショの顔を見ないよう顔を背ける。
「その通りデス。ソレと、会はもう一つワタシに指示を伝えマシタ……」
ヴァリニャーノ先生が言い淀む。
「それは、用が無くなった私を殺せ、というものです」
鈴鹿御前が先生の言葉を引き取る形で言った。
「ヴァリニャーノはある日私を連れて、馬でローマの町に出かけてました。夕暮れ時になり、両方を高い家々に挟まれた狭い道を進んでいた時、不意に四方から日本から輸入した槍や刀が飛んできました。私は空高く舞い上がり、ヴァリニャーノとはそれ以来会うことはありませんでしたわ……」
再び沈黙が流れた。
先生は、この美しい鬼女と3年もの間夫婦として過ごし、鬼の情報を得た上で暗殺を図った。
(まさか先生にそんな過去があったなんて……)
キリスト教の精神を他の誰よりも説いて来た先生に師事する私たちにとって、この事実は大きな衝撃だった。
そしてそれ以上に、先生に淡い恋心を抱くマンショの気持ちを考えると、いたたまれなかった。
「それにしても……なぜそんな因縁を持つあなたが先生を訪ねて来られたのですか? 先ほど、私たちの事を聞いて来たと仰っておりましたが……」
ジュリアンが沈黙を破った。
(そうだ……なぜ夫だった男に殺されかけた鬼女が、先生の所に会いに来たの?)
「あなたたちは大嶽丸に狙われて困っているのでしょう? ですから、ヴァリニャーノとの昔のよしみで助けて差し上げようかと思いまして」
鈴鹿御前は、僅かに微笑みながら答えた。
「大嶽丸のコト、知っているのデスカ?」
「大嶽丸は……私の元夫ですもの」
「えーーーーーーっ!?」
その場にいる者は、鈴鹿御前を除いて皆が絶句してしまった。
「大嶽丸が元夫!? さっき、ヴァリニャーノ先生と結婚してたって言ってたのにぃ!?」
私は、再び声をあげて言った。
「そんなに驚く事でもございませんわ。私、名前の通り、あの男と同じ鈴鹿山を根城としていましたのよ。同じ場所に男と女がいれば、自然と結ばれるのは人間と変わりがないもの……まあ大嶽丸の場合は、あいつが余りにもしつこいから一時の迷いで結ばれただけで、すぐに別れましたけれど」
(そうか……)
大嶽丸もこの女も、共に鈴鹿山に縁のある者同士。
どちらも鬼の眷属である以上、そうした関係があってもおかしくはない。
「アナタは、ワタシに日本の鬼の話を色々してくれマシタ。デモ、一度も大嶽丸の話はしなかったではないデスカ」
「あら……付き合っている相手に昔の恋人の話をするなんて……そんな野暮な真似を、私がする訳がないではありませんか」
(うーん、それは確かに…今のは先生の質問の方が不粋だったわね。でも……)
「あなたは先生に殺されかけたのでしょう? それなのに、なぜ私たちを助けてくれるの?」
私は自分の疑問をぶつけた。
「ふふふ……この子たちが酒呑童子と戦う手札という訳ですね、ヴァリニャーノ。まだ幼くて、可愛くて、でも頼もしくもあって……」
鈴鹿御前は、そっと私を見て言った。
「あなたももう少し大人になれば、愛の複雑さが理解出来る様になりますよ」
(ん……? これは私の質問がはぐらかされた? それとも、子供には分からないって馬鹿にされたのかしら……?)
「ええっと、仮に鈴鹿御前さんが助けてくれるって話が本当だとしてですね。一体どうやってあの大嶽丸と戦おうってお考えなんですか?」
マルチノが話を引き取り、前に進めた。
「大嶽丸は、三明の剣という三振りの霊剣に守られています」
私は、甲賀衆と闘った時に大嶽丸が腰に付けていた、あの刀の事を思い出した。
「以前、その剣は大嶽丸の力の源であり、あいつに致命傷を負わせる事が出来るのもその剣のみと本人から聞いた事があります。ですからその剣を奪って、大嶽丸を退治するのです」
「で、でも、あんな大鬼からどうやって剣を?」
マルチノが更に追求するが、それももっともであった。
大嶽丸を倒す術が分かったのは良いが、新たに、如何にしてあいつに近づいて、三明の剣とやらを奪えばよいのかという問題が生じてしまったためだ。
「うふふ、それは簡単です。私が大嶽丸の所に行けば、あいつは必ず油断するはず……その隙を突いて剣を奪ってしまうのですわ。何と言ってもあの大男は、まだ私に惚れていますからね」
「うーん、男心を上手くくすぐるって訳ですか……まあ、男なんてバカな生き物って言いますからねぇ」
マルチノがしたり顔で言う。
「でも、さっき甲賀衆から聞いた話だと、大嶽丸の根城には他にも女性の鬼がいるんでしょ? だとすると……鈴鹿御前さんには悪いけど、もう別の相手に気持ちが移ってるんじゃない?」
私は、自分だったらそうだろうと思って聞いた。
「あ、でも、女の人は好きな相手が出来るとすぐに前の相手の事なんて忘れちゃうけど、男の人は、今の相手とは別に昔の人の事をずっと記憶してて、いつでも思い出せるんだって! 私のお母さんが昔そんなこと言ってました!」
「えーーっ、なにそれ!? 気色わるぅ」
私とマルチノのやり取りを聞いてなのか、先生たち男2人が顔を赤くした。
「モ、モシ、まだ大嶽丸がアナタのコトを好いていたとシテ、どうやってアイツに近づくのデスカ?」
「私は大嶽丸の城の場所を知っています」
「エェッ!?」
「ふふふふ……じゃの道は蛇。鬼同士、いくらでも話は入ってきますわ」
鈴鹿御前は、ヴァリニャーノ先生が狼狽する姿を見て、楽しそうに言った。
「大嶽丸の城に私とあなたの可愛い剣士さんたちと一緒に参ります。この子たちは……そう、私の従者といたしましょう。鬼の着物を貸して差し上げますわ。それを目深に羽織っていれば、人間だとばれないはずです……」




