15.過去
「あの鬼は、大嶽丸だ……」
昨晩の鬼の襲撃で辛うじて生き残った甲賀衆の一人、本智という忍者が口を開いた。
私たちは聖パウロ教会の礼拝堂を即席の野戦病院として、夜を徹して負傷した甲賀衆の手当てを行なった。
手当てには、教会の人たちが「メス」と呼ぶ彫刻刀のような器具を使って外科的措置まで施したのだが、20人いた甲賀衆の中で手当を終えて生き延びることができたのは、わずかに数名という惨状であった。
(あれが、大嶽丸……)
大嶽丸と言えば、伊勢の鈴鹿山とかいう場所を根城に周辺諸国を荒らし回り、遂には朝廷直々の軍が出て討伐されたと言われている大物の鬼である。
ただ、一度斬り殺されたはずの大嶽丸は、再び黄泉の国から舞い戻ったとも噂されていた。
まさかその大嶽丸がこのマカオに巣喰っていようとは、考えもつかなかった。
「日本から落ち延びた大嶽丸は、マカオ郊外の山中に自らの城を築いていると聞いている。同じく日本から追い出された獄卒鬼や鬼女たちを集めて手下にし、時折貿易商などを襲って生き続けているらしい……」
「その大嶽丸の所に、酒呑童子から指示が飛んだって訳ね……」
本智の話を聞いて、マンショがほぞを噛んだ。
私たち4人は、怪我人の手当ての最中にも必死に打開策を考えていた。
だが、あれ程の大きな鬼を相手にどう戦えば撃退できるのか、誰も見当がつかなかった。
敵は腕の傷が癒え次第、すぐにでも再度襲って来るだろう。
マンショの焦りは当然であった。
「せめて大嶽丸の根城がどこにあるか分かれば、奇襲でもかけられるんですけどね……」
マルチノが呟いた。
確かに相手の虚を突くのは、あらゆる戦いの常套手段である。
しかし、マカオに流れ着いてそれなりに根を張っている甲賀衆でも、大嶽丸の根城は掴めていないとの事であった。
「リマ号が出航するための北風が吹くマデ、まだ時間がありマス。マカオから逃げる訳にもいきまセンネ……」
ヴァリニャーノ先生は胸元のロザリオを握り締めて天を仰いだ。
そこに、メスキータ先生が礼拝堂の扉を開けて現れた。
「センセイ。お客様ガ、お見えになってイマス……」
見ると、メスキータ先生の隣には、女性の私でも驚くほど容姿の整った、見るも美しい着物姿の日本人女性が立っていた。
(誰……?)
「ナッ!? ナゼあなたがこんな所にいるのデスカッ?」
ヴァリニャーノ先生は、明らかに狼狽しながら言った。
どうやら、ヴァリニャーノ先生とこの女性は顔見知りのようだ。
「お久しぶりです、ヴァリニャーノ。あなたの噂を聞き付けて、不躾ながら連絡も入れずに訪問してしまいましたわ」
「ウワサ……? ウワサとは何ですカ?」
「うふふ……あなたが日本からキリシタンの女性剣士を連れて、酒呑童子を倒しに行くというもの。またその道中で、大嶽丸に襲われ困っているというものです」
(何っ!? この女性は私たちの事どころか、酒呑童子や大嶽丸の事まで知っているの?)
「先生、この女性はどちらの方ですか?」
怪訝な顔をしてマンショが聞いた。
「隠していても仕方ありまセンネ……この人は鈴鹿御前……いや、人ではナイ。鬼デス」
「なっ!?」
驚いた私たちは、すぐさま刀に手をかけた。
「マチナサイ! 彼女は……とりあえず、今は……大丈夫デス……」
ヴァリニャーノ先生は頭をうなだれて、低く呟いた。
このやり取りの後、私たちはこの女性と共に教会の一室に腰を下ろした。
しばらく沈黙が続いたが、先生は諦めた様に口を開いた。
◆
先生の話はこうだった。
かつて先生がまだローマにいた頃、町に水晶のような光の玉が出現し、荷馬車が襲われたり、教会の宝物庫から金銀が奪われるという事件が起きた。
イエズス会が調べたところ、この所業は日本から来た一匹の鬼によるものであると分かり、ヴァリニャーノ先生にその退治が命じられた。
先生は教会が芸術品として所蔵していた日本刀の中から一本を借り受け、ローマ中を探し回り、遂にその鬼の棲家を見つける事に成功した。
「ワタシが彼女の隠れ家に入ったトキ、この人は琴を奏でながら、歌を歌ってイマシタ……」
先生は、相手が人間、しかも女性の姿をしていた事から一瞬躊躇したが、すぐに気を取り直して持っていた日本刀を投げつけたとの事であった。
しかし、この鬼女も、すぐさま傍らにあった刀を放ったため、2本の刀は空中で激しくぶつかって床に落ちてしまった。
その後、鈴鹿御前は着物をはためかせて空中に飛び上がり、あっという間にヴァリニャーノ先生を押し倒した。
「汝……何ゆえ力をもって、我が静寂を破らんとするか」
「人間に仇なすためダ!」
「その格好……お前はイエズス会の者であろう? 博愛を謳うお前たちの神も、ずいぶん度量が狭いな」
「ダマレッ! 神の御名において命ズル! 立ち去れ、鬼ヨ!」
「我は日出ずる国より来たりし者……お前たちの神の言葉は通じぬ」
鈴鹿御前は近くに落ちた日本刀を神通力を使って手元に引き寄せ、その刀身をヴァリニャーノ先生の喉元に押し当てた。
「もう一度問う。なぜ力で我が静寂を破るのか。お前はキリストの使いであろう? なぜ愛を持って我を受け入れぬのか?」
そう言うやそっと刀を喉から離し、血が滴るヴァリニャーノ先生の傷口を、その唇で優しく包容したという。
「何をするのデスカ……」
「この日本の刀……噂で聞いておる。お前たちは日本から来た酒呑童子を倒そうとしているのであろう? だが、我はあんな乱暴者とは違う……生きる為に狼藉を働きはしたが、我を受け入れるのであれば二度とせぬ事を誓おう……」
「受け入れるトハ……?」
「我を、お前たちの言う愛で包むがよい……私はもう疲れた……」




