14.襲撃
鬼の襲撃は突然だった。
私たちが聖パウロ教会に着いてから、7日目の夜。
マカオの気候や食事にも慣れてきた私たちは、次の出航までの時間を無駄にしないため、その日の朝から剣術の訓練を始めていた。
久しぶりの特訓のため、その日の夜は皆深い眠りについていた。
「……きてくださいっ!」
「んんんっ……? 何なのぉ……まだ寝かせてぇ……」
誰かに揺り起こされたが、寝ぼけ眼の私はまだ何が起きているのかに気付いていなかった。
「どいてマルチノ、私がやるわ! ミゲル、起きなさいっ!!」
マンショの声がしたかと思うと、ボフンという音を立てて、枕が顔に投げつけられた。
「ぶわっ! ちょ、ちょっとぉ! 酷いことするわねぇ。なんなのよ一体?」
目をはっきり開くと、そこにはマンショとマルチノの姿があった。
「外を見て!!」
マンショが私の手を引っ張り、窓際に連れていく。
窓の淵には、姿が見られないように身を隠しながら外の様子を伺っているジュリアンがいた。
私とマンショ、マルチノの三人も同様に身を低くして、覗き込むように外を眺めた。
「あ、あれはっ!?」
教会の外には、2本の角が生えた鬼や、複数の頭と4つの目を持った鳥の姿をした鬼など、ざっと20数体ほど押し寄せており、彼らを相手に甲賀衆が戦っているのが見えた。
「あいつらは獄卒鬼……」
ジュリアンが、外の鬼たちに聞こえないようになのか、小さな声で囁いた。
「あの角が二本ある方が役鬼、鳥みたいな方が羅刹です」
「獄卒鬼って……閻魔大王のところで働いてるっていう、使い魔みたいな奴でしょ?」
私もなるべく声を落として話をした。
「地獄に来た亡者に、罪に応じて罰を与えるとかいう……」
獄卒鬼とは、よく仏教絵などに描かれている亡者に鞭打つ鬼の総称であり、いくつかの種族に分かれている。
役鬼は一般的な鬼の姿をしているが、羅刹の方はフクロウやハゲタカといった鳥の姿をして、手に角が生えているという特徴を持っている。
どちらも地獄の獄卒であるが、人間界でも悪行を働くことがあり、日本中に出没していると聞いている。
「ジュリアン、甲賀衆は勝てそうなの?」
マンショは、すでに自分の刀を手元に持ってきていた。
もし彼らが劣勢であれば加勢する気なのであろう。
「外の様子に気付いて様子を見た時は、不意を突かれて慌ただしい感じだったけど、今は徐々に押し返しているみたい……」
見ると、私たちの部屋の向かいに見える屋根の上には、2体の役鬼を相手に一人で闘っている甲賀衆がいた。
役鬼はそれぞれ手に金棒を持っており、甲賀衆を左右から挟む形で迫っている。
「ギャワァーーーーッ!!」
二体の役鬼が、同時に甲賀衆に飛びかかった。
「噴っ!」
甲賀衆は高く飛び上がって2体の攻撃をかわすと、黒い霧のようなものを口から噴き出して、役鬼の頭上に撒き散らす。
霧を受けた役鬼たちはたちまちの内にのたうち回り、叫び声を上げながら屋根から転落していった。
(あれは……毒霧!?)
「あぁ、上っ!」
マルチノが指差す方向を見上げると、その甲賀衆を目掛けて、羽を大きく広げた羅刹が空中から襲いかかって来ているのが見えた。
これに対し、甲賀衆はすぐさま掌から鋼色の物体を取り出し、素早く数回、天空へと撃ち放った。
手裏剣であった。
甲賀衆が放った3枚の手裏剣は、羅刹の眉間と両翼の付け根に突き刺さり、羽がもげた鬼はそのまま地上へと落下していった。
(強い……!!)
流石に、伊賀流と並んで忍の双璧をなすと言われた甲賀衆であった。
獄卒鬼もそれなりの強さを持つとされる鬼であるが、甲賀衆が相手では全くお話にならない。
「ミナサン、無事デスカッ!?」
騒ぎに気付いたヴァリニャーノ先生が、私たちの部屋に入ってきた。
「大丈夫です先生。甲賀衆の皆さんが、鬼を追い払ってくれています」
マンショが先生の側に駆け寄り答えた。
(先生の姿を見て、マンショが少し嬉しそうに見えるのは、気のせいかしら……?)
「(みんな、静かにっ!)」
ずっと外の様子を伺っていたジュリアンが、先程よりもさらに小さな声で私たちを制した。
「あれを……」
私たちはジュリアンが指差す方角を見た。
最初は、真っ黒な虚空しか見えなかった。
だがよく目を凝らすと、そこには確かに、ギラギラと琥珀のように輝く両眼が確認できた。
さらに凝視して見ていると、闇の中から、教会の最上階にまで届こうかという程の大きな巨体がヌッと現れた。
「ヴォォォォォォォォーーーーッ!!!!!」
マカオ中に響かんばかりの大声が出されたかと思うと、その巨体の主は天高く跳躍し、教会の敷地内に地響きを轟かせて着地した。
「な、何よあいつ!?」
私は驚きのあまり、思わず声を張り上げてしまった。
かがり火に照らし出された真っ赤な皮膚と、鋭く尖った二本の角……
それは確かに鬼であった。
だが、あれ程までに大きな鬼を、私はこれまで見た事が無い。
また両方の腰には、鬼の巨体と遜色のない、やはりとても大きな大刀が2本ぶら下がっている。
私たちが驚いているのとは対照的に、甲賀衆の動きは早かった。
異形の鬼が現れるや10名程が連携を取り、相手を刀で包み込むようにして跳びかかった。
(あれは……刀籠の陣……!?)
鳥籠の中にでも閉じ込めるかのように、無数の刀がその鬼の上下左右を取り囲む。
しかし。
大木ほどの太さを持ったその鬼の左腕が一振りされると、甲賀衆のほとんどが薙ぎ払われてしまった。
2名の甲賀衆が身をかわしてその攻撃を逃れたと思うと、一人が近くのかがり火の上に飛び移り、松明を脚で蹴飛ばして攻撃を行った。
燃え盛る真っ赤な炭が、いくつも鬼の顔面に当たる。
視界を奪われた鬼は、まぶたの辺りをしきりに手で払って火の粉を落としているのが見えた。
甲賀衆はこの隙を見逃さなかった。
先ほどの1名が、刀を構えて鬼に突撃をかける。
火の粉を落とした鬼は、鋭い爪を立てて甲賀衆を叩き落とそうとした。
この時、もう一人の甲賀衆が鬼の足下の土中から刀を回転させながら出現し、鬼の右手を貫いた。
今度は土遁の術であった。
(やった! これでもう、奴は右手が使えないわ!!)
2名の甲賀衆は刀を構え直し、とどめを刺そうと鬼に飛びかかった。
だが、彼等の反撃もここまでだった。
鬼は左手を反対側の腰に回したかと思うと、その巨体に似合わぬ素早さで腰の大刀を引き抜き、そのまま甲賀衆の2人を真っ二つに切り裂いてしまった。
「あぁ……こ、甲賀衆の皆さんが……」
マルチノが、震える声で戦慄した。
無理もない。
あれ程の身体能力と忍術を持った甲賀衆をしても、あの鬼には敵わなかったのだ。
牛鬼に圧倒的な強さを見せたマルチノでも、恐怖して当然である。
しかし、このままこの部屋に隠れていても、すぐに鬼たちが教会の中に踏み込んで来ることは必定であった。
「ええいっ! 強敵だけど、やるしかないわっ!!」
私はベッドに走って枕元に置いていた刀を取ると、窓から飛び出そうとした。
しかし、そんな私を、ヴァリニャーノ先生とマンショが必死で止めた。
「マチナサイ! 相手の強さは、尋常ではアリマセン! ここは一旦逃げるのデス!」
「そうよミゲル! 戦うにしても、何か策を練らないとあいつには勝てないわよ!!」
「逃げるって言っても獄卒鬼に囲まれてるし……策って、何かいい作戦でもあるのっ!?」
「それは……」
マンショが言い淀んだ。
「待って……!」
混乱する私たちを他所に、一人じっと窓の外を見続けていたジュリアンが言った。
「あの鬼が……引いていく……」
見ると、異形の鬼は、先程甲賀衆に貫かれた右腕を庇いながらのっそりと踵を返し、教会から離れていった。
それに合わせるかのように、獄卒鬼たちも静かに後を着いていくのが見えた。
「多分、あの傷はかなり深くまで及んでいたはず……あの鬼も、一旦体制を立て直すために引いたのだと思う……」
ジュリアンが、冷静に状況を分析した。




