12.澳門
倭寇と牛鬼の襲撃を乗り切ったリマ号は、十数日を経た後、最初の寄港地であるマカオに到着した。
「これが、マカオ……!」
船から降り立った私たち4人は、初めて地を踏む異国の様子に驚愕していた。
港は、スペイン人やポルトガル人と思わしき南蛮人のほか、聞き覚えの無い言語を声高に話す明の人々が多数行き交っており、異様な活気に満ちていた。
ヴァリニャーノ先生とメスキータ先生は、私たちにしばらく待っているように指示し、その後、マカオのイエズス会から迎えの者と一緒にどこかに消えてしまっていた。
「うわー、見てくださいよアレ。めっちゃ美味しそうじゃないですかっ!?」
港の所々に出店されている屋台の一つを指差して、マルチノが叫んだ。
見ると、何種類もの香辛料が塗り付けられた鶏肉がジュウジュウと焼かれており、これまで嗅いだ事もないような芳醇な匂いを放っていた。
私は、涎が出そうになるのを必死に堪えた。
リマ号では魚料理こそたくさん食べられたけれど、それ以外は、焼き締められた固いパンと酢漬けの酸っぱい野菜ばかりの日々が続いていたのだ。
「あぁ……一度でいいから、あんなお肉を口一杯に頬張ってみたいわねぇ……」
私も思わず声が出てしまった。
「先生がここで大人しく待ってなさいと仰られたでしょう? 我慢なさいっ! (私だって食べたいんだから……)」
「ん? マンショ、最後に小声で何か言った?」
「言ってませんっ!」
こんなやり取りをしていた時だった。
「みんな、あそこ……」
屋台とは別の方角を見つめながら、ジュリアンが囁いた。
私たちは一斉にジュリアンの視線の方向に振り向く。
(あれは……侍?)
編笠を目深くかぶり日本刀を脇に差した複数の侍が、私たちの方に対峙しているのが見えた。
押し黙ったその侍たちは、港にいる他の人々とは全く異なる佇まいを醸し出している。
その数、6人。
全員編笠で顔が見えないが、明らかに私たちを意識しているのが分かる。
「こんなにたくさん人がいる中で、堂々と野盗でも仕掛けようってつもりかしら……?」
私は、そっと刀の柄に手を添えた。
「あいつらの狙いは分からないけど、こんな異国じゃ何があってもおかしくないわね……」
小声でそう呟くと、マンショも鍔に親指をかける。
マルチノとジュリアンも、それぞれ静かに構えを取った。
こちらの動きを察した侍たちは、にわかに動揺を見せ、私たち同様、各自刀に手をかけた。
港の熱気と騒がしい喧騒の中、私たちの間にだけ異様な冷たい緊張感が漂う。
睨み合いはしばらく続いたが、どちらも微動だにしない。
ビュウウウゥゥゥーーーーーー
一陣の強い風が両者の間を吹き抜け、地面の中に砂をかぶって隠れていた使い古しのゴザが舞い上がった。
お互いの視界が、ほんの一瞬遮られる。
これが合図となった。
私たち4人は素早い動きで抜刀し、それぞれパッと侍たちの方へと飛びかかった。
侍たちはそれでもピクリとも動かない。
(ん……何かおかしいっ!? でももう、やるしか無いわっ……!!)
「破っ!」
私の刀が侍の一人の胴を捉えた。
侍の体が横一文字に真っ二つに分かれる。
(違うっ!?)
私が捉えたのは人間の体ではなく、丸太の感触のそれであった。
そう考えた刹那、足下の地面からバッと砂埃を上げて編笠姿の侍が飛び上がり、私の背後を捉えた。
「くっ! 変わり身の術!?」
先ほど一瞬視界が遮られた時、侍たちは瞬時にでく人形と入れ替わっていたのだ。
「まずいっ!」
私は体を強引にひねって、刀をグルん! と旋回させた。
相手はその刀を避けるために背中を逸らし、そのまま後方に一回転して退いた。
だが、その侍と入れ替わる形で別の侍が飛びかかってくる。
私は両腕で体を守るようにし、防御体勢を取った。
(この一撃を耐えて、返す刀で反撃するしか無い……!)
しかし、その考えはすぐに裏切られることになった。
「なっ!?」
てっきり斬りかかってくると思っていた相手の手には刀が握られておらず、代わりに、掌から白い粉末が勢いよく飛び出した。
私の顔に大量の白い粉がぶつかる。
「ぐっ!?」
粉で視界が白く曇った。
更に、鼻腔に入った微細な粉末が肺に入り、全身の毛細血管がビリビリと痙攣を始めると、身動きが一切取れなくなった。
(これって……金縛りの術!?)
体中の筋肉という筋肉が硬直し、手から刀がカランと落ちる。
私は、そのまま膝から地面に崩れ落ちてしまった。
◆
「ワタシは、大人しく待っててクダサイと言ったでショウ?」
私たち4人はひたすらに頭を下げて、ヴァリニャーノ先生のお説教を受けていた。
「す、すいません……まさか、あの人たちが私たちの用心棒をして下さる方々だなんて思いもよらず……」
マンショが、私たちを代表して謝罪の言葉を述べる。
私たちは、マカオにある聖パウロ教会の一室にいた。
ここはイエズス会がマカオでの布教活動の拠点としている教会であり、北風が吹いてリマ号が再び出航できるようになるまで、ここで寝泊りをさせてもらう事になっていた。
ヴァリニャーノ先生の話をまとめるとこうだ。
鬼の襲撃を心配したマカオの教会は、日本人侍を20名ばかり雇って、リマ号が出航するまでの間、私たちを守る手筈を取ってくれていた。
ローマにいる酒呑童子などとは異なり、マカオの鬼は西洋の悪魔との交わりが無いため、洗礼を受けていなくても日本刀で倒すことができる。
このマカオには貿易関係者以外にも、各国から流れ着いて来た剣士やごろつき、遊女、奴隷商、奴隷などが大勢たむろしているらしい。
日本からも、戦国の争いで敗れた侍の一部がマカオに逃れて来ており、彼等もそうした者たちであるとの事であった。
「港にいた6人は、アナタたちを無事にコノ教会まで護衛する人たちだったのデス」
私たち4人は港での戦いで全員が金縛りの術にはまり、荷車に載せられてこの教会まで運ばれるという失態を演じていた。
「しかし、あの者たちは本当にただの落武者なのでしょうか……?」
ジュリアンが怪訝な顔をして聞いた。
その疑問は、彼等と戦った私たち全員が思っていた事であった。
あの侍たちの素早い身のこなしは、ただの侍のそれとは明らかに異なっていた。
何より、変わり身の術や金縛りの術を繰り出していた事からも、よく鍛錬された忍びの者である事は明白だった。
「フム。教会の話では、彼等はあまり自分たちのコトを語ろうとしないソウデスガ……恐らく、コウカの者だろうと言ってマシタ」
(コウカの者……なるほど、あの侍たちは甲賀衆だったのね)
この戦国時代には、多くの大名が忍や乱破と呼ばれる隠密部隊を抱えており、甲賀衆と云われる忍の集団は、かつては近江を支配していた六角氏の下で暗躍していた。
だが、その六角氏が織田信長に降った後は、甲賀衆も織田方に組み込まれたと聞いている。
信長の下で働く事を良しとしない一部の者たちが、信長の手の及ばない海外に逃げていたとしてもおかしくはない。
「えぇ!? あの人たち、甲賀流の忍者ってことですか? そんな人たちに守ってもらえるんなら、安全間違いなしじゃないですかぁ!」
「マルチノの言う通りね。牛鬼の襲撃以来ずっと神経がピリピリしちゃってたけど、マカオにいる間は枕を高くして寝られそうね」
マンショが、あくびを噛み殺しながらそう言った。




