11.逆転
「しゅ、酒呑童子!? まさか、この海の上でその名を聞くなんて……この女は、酒呑童子が放った追手の鬼の一人ってこと?」
「こいつは、恐らく牛鬼……」
ジュリアンが女を睨みながら、私の言葉を引き取る形でそう言った。
「牛鬼?」
牛鬼は、頭が鬼、体が蜘蛛の姿をしており、中級程度の力を持つとされている鬼である。
「海や川に棲んでいて、日本各地に出没しては悪さをする輩……最近は瀬戸内海辺りを根城にしていると噂で聞いていたけど、こんな沖合にまで現れるとは……」
ジュリアンの言葉を受けて、私は女を凝視した。
闇のように見えた女の下半身は、よく見ると、紛れもなく蜘蛛のそれであった。
その体から伸びた蜘蛛の脚が、甲板中を這って倭寇をからめ取っているのである。
「倭寇どもをうまく利用して、貴さまらを酒呑童子さまの元に送ってやろうと思っていたが……まあ、身動きを封じられただけでも上出来か」
そう言うと、女は天を仰ぎ、口を大きく開いた。
クカカカカカッ! という音が喉の奥から聞こえたかと思うと、女の顔の皮膚が崩れ、その下から真っ赤な鬼の顔が現れた。
「おい女ども。私の言葉を船乗りどもに伝えろ。私が言う通りに船を動かして、上陸させるのだ。そこに酒呑童子さまのお迎えが来ておるからのう。カカカカカッ!」
今や完全にその姿を現した牛鬼が、高らかに笑った。
「私たちが、そう簡単に鬼の言うことを聞くとでも思っているの!?」
私は少しでも抵抗しようと、牛鬼に言い放った。
「ふんっ! なぁに……貴様らの刀は全てここにある」
牛鬼は、隣に積み上げられた武器の山を蜘蛛の脚で撫でながら言った。
そこには、先程まで武器の上で眠りこけていた倭寇の血がベットリとついている。
「お前たちがそれなりの使い手である事は百も承知じゃ。酒呑童子さまからも、気を付けるようお達しが来ておるからのう。じゃが、こうして刀を奪われ、手枷足枷が付けられている以上、文字どおり手も足もでまい!」
そう言うと、牛鬼は再びカラカラと声高に笑った。
(くうぅぅ……!)
牛鬼の言う通り、この手足の枷がある以上、跳躍の術で飛びかかり、触手をかいくぐって刀に近づく事は不可能だ。
(まだ最初の寄港地にも着いていないのに……このまま、鬼の虜になってしまう……?)
「カカカカカッ……ん? おい、貴様っ! そこで一体何をしている!?」
私は、自分の背後にいるマルチノの方に振りかえった。
マルチノは両手を高く天に掲げ、夜空を見上げていた。
「な、何……? まさか、この状況下で神様にでも祈っているの?」
「ああっ!」
マンショが、同じく夜空を見上げて大きく叫んだ。
その方向を見ると、マルチノの二本の短刀、鎧通しがフワリと浮かんでこちらに向かって飛翔してきた。
鎧通しは、そのままマルチノの手中に落ちた。
「おのれ貴様っ!! 妖の術か!!」
(違うわっ……!)
牛鬼のような鬼や狐狸妖怪の類ならともかく、マルチノはれっきとした人間である。
今のような、まるで神通力かの如くの技を使える訳がない。
「それは……釣り糸!?」
マルチノの側に駆け寄ったジュリアンが、二本の鎧通しを見ながら呟いた。
マルチノは小刀を器用に使い、最初に手錠を、続いて足枷を捻じ切っていく。
その両手に握られた短刀には、よく見ると、かがり火の明かりでぼんやりと煌めく釣り糸が結び付けられていた。
「あーーっ! それって、昼間のやつ!?」
「当たりです、ミゲ姉! 倭寇が船を制圧した時、こりゃヤバいって、慌てて細工をしておきました!」
眼鏡をチョイッとずり上げて、マルチノは得意げに種明かしをしてくれた。
「こ、このっ……小癪な小娘がっ!!」
私たち全員目掛けて、牛鬼が己の蜘蛛の脚を猛然と突き立ててきた。
「散っ!」
マンショの号令一下、私たちはバラバラに分かれて脚の攻撃をかわす。
「マルチノ、次!」
「はいっ!」
マルチノはピョンピョンと跳ねて牛鬼の脚をかわし、素早く私たち3人や先生たちの手足の錠を切り落としていった。
「よし、これで自由に動けるわ! 後は刀があれば……!』
マンショ、ジュリアン、私の三人が、一斉に武器の山に向かおうとしたその時。
「させぬわっ!」
牛鬼は複数の脚を私たちの刀の山に絡み付け、蜘蛛の脚で完全に覆い尽くしてしまった。
「し、しまった! 私の鬼丸が……!」
「儂の脚に生えている棘の一本一本には猛毒が含まれておる。お前らには、刀に指一本触れさせぬぞっ!」
見ると、確かに脚からは無数の棘が突き出しており、気色の悪いぬらぬらとしたら液体が滴っていた。
(くそっ、ここまで来て……)
「フハハハハッ……たとえ手足の枷が無くとも、刀を持たぬ貴様らなど恐るるに足りぬ! この勝負、そこのチョロチョロ動き回る小鼠一匹を屠れば終わりじゃ!」
そう言うと、牛鬼は残りの脚をしならせてマルチノに攻撃を仕掛けた。
マルチノも負けじと、身かわしを続ける。
「おのれ、いつまでもちょこまかと……これで終わりだ!!」
そう言うと、牛鬼はその体をブルブルと振るわせ始めた。
体からは更に新しい脚が何本も生えはじめ、その脚でマルチノを十重二十重に囲んでしまった。
「まずいわっ! あれじゃあ、いくらマルチノだって避けきれない!!」
「くたばれっ!」
蜘蛛の脚が先端の棘をギラつかせ、四方八方からマルチノに襲いかかった。
「マルチノーーーーッ!!」
私とマンショが同時に叫んだ。
その刹那。
マルチノの眼鏡がキラリと光ったかと思うと、二本の鎧通しが繋がる糸を高速で振り回し始めた。
「行きますよぉ……刀舞!!」
マルチノが技の名を叫ぶと同時に、凄まじい勢いで回転する二本の短刀が牛鬼に絡み付き、蜘蛛の脚をことごとく切り裂いていった。
「ぎゃああああああーーーーっっ!!!」
斬られた脚からは青黒い液体が吹き出し、牛鬼は大声を上げた。
「鼠は鼠でも、針鼠ってとこですかねぇ?」
マルチノが、返り血をドップリと浴びながらも、刀を回し続けて言い放った。
「お、お前ごときの小娘に、わ、儂が、やられるものかぁーーーーっ!!」
「こっちだって負けませんよっ! うおおおぉぉぉーーーーっ!!!」
牛鬼とマルチノが、最後の一撃をかけて前に踏み出す。
「角槍!」
マルチノが、二本の小刀を勢いよく前方に投げ放つ。
「止めてくれるわっ!」
牛鬼は、まだ斬り落とされずに残っている数本の脚で刀を防ごうとした。
しかし、マルチノが鎧通しから伸びる釣り糸を操ると、真っ直ぐに放たれていた刀は蝸牛の角のようにグニャリとその軌道を変化させ、蜘蛛の脚をすり抜けていった。
「ぐわああぁぁーーーーーーーーっ!!」
マルチノの二本の刀は、牛鬼の両目を貫いた。
牛鬼は一瞬体が硬直したかと思うと、甲板に仰向けになる形でドウッと崩れ落ちた。
牛鬼の体からは黒煙が立ち、蜘蛛の脚はボロボロと急激に腐り始めているのが見える。
「お、終わった……」
私は安堵のあまり、そう呟いた。
マルチノの機転のお陰で、何とか追っ手の鬼の攻撃を凌ぐことが出来たのだ。
私とジュリアンがマルチノの所に駆け寄る。
「ひえぇ……あんたの体中、あいつの血で真っ青になってるけど……大丈夫?」
「口の中に、奴の血がちょっと入っちゃいましたよ……苦くてキモいですけど、まあ大丈夫ですよ、ミゲ姉!」
「大丈夫ならいいけど……それにしても、マルチノったら、すっごい技持ってるじゃないっ!」
「その剣技はどこで……?」
ジュリアンの問い掛けに、やや照れながらも、誇らしげにマルチノが答えた。
「へへへ……私、体がまだお姉さまたちほど大きくないんで、短刀しか使えないじゃないですか? だから、相手と距離を取って戦うにはどうしたもんかなぁって。刀を飛び道具として投げつけちゃうと、一回外したらお終いだし……んで、悩んだ末に編み出したのが、この技って訳です!!」
(自己流でここまでの術を身に付けられるなんて……さすが、最年少ながら、ヴァリニャーノ先生に選ばれるだけの事はあるわね)
先生の方を見ると、マンショに介抱を受けているところであった。
「身を呈して私なんかを守ってくださって……本当に申し訳ございません、先生」
「気にすることはアリマセン、マンショ。無事で何よりデシタ。ソレヨリモ……」
マンショの肩を借りて立ち上がった先生は、モクモクとした黒煙を上げ始めている牛鬼へと近付いて行った。
「さまよえるタマシイヨ、汝に問いマス……酒呑童子は、オマエ以外にも手下を差し向けてイルノカ?」
「ク、クハハハ……わ、儂は酒呑童子の手下ではないわ……! 莫大な褒美欲しさに、お前らを襲ったまで……酒呑童子は世界中に、貴様らの事を触れ回っているからな……お前たちは、必ず酒呑童子の虜になるに相違ないわっ……!」
そう言い残すと、牛鬼は完全なる塵となり、海風に吹かれて消え去っていった。
今回で、第3部 リマ号編は終了です。
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