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10.首領

「わはははははっ! もっと酒だ! 船室から酒を持ってこいっ!!」


 リマ号を制圧した倭寇たちは、積荷の葡萄酒(ぶどうしゅ)や食糧を持ち出して、甲板の上で酒宴を開いていた。

 辺りは既に真っ暗になっていたが、船中にかがり火が焚かれており、広い海原の中でリマ号だけが異様に赤く照らし出されている。


 倭寇たちは、甲板上の私たちや船員の武器を奪うと同時に抜け目なく船内の捜索も行い、わずかに船の中に残っていた船員やジュリアンも見つけ出されてしまっていた。

 甲板での異常を察したジュリアンは最下層の船室に身を潜めていたが、倭寇は拘束した船長を案内役として船内の捜索を行っており、あっさりと見つかって捕縛されてしまったとのことであった。


 捕らえられた私たちや船員たちには鉄球付きの手錠と足枷(あしかせ)が付けられ、全員集められて甲板の角に座らされていた。

 これでは鉄球に邪魔されて、奴らに飛びかかることもできない。


 私たちの刀は、他の船員の火縄銃などと共に無造作に甲板上に積み上げられていた。

 倭寇の一人がそこに寄りかかる形で酔い潰れている。

 鬼丸国綱(おにまるくにつな)も、蘭丸からもらった小刀も、体の下に見えていた。


(せめて刀があれば、手錠を切り落として反撃できるのに……)


 倭寇の首領と思われる人物は、船の中央に坐して葡萄酒をしきりにあおっていた。

 横には、最初に遭難者を装っていた女をはべらしている。


 あいつは首領の女なのだろう。

 着物の片方が肌けて露出しており、淫らな雰囲気を(かも)し出していた。


「アノ男、ずっとあなたたちを見ていマスネ……」


 ヴァリニャーノ先生が、首領の方を見ながら苦々しげに呟いた。


(まずいわね……)


 確かにあいつは、先ほどから酒を飲みながらも、ねっとりとした目付きでこちらを見続けていた。


 戦国の世において、一度家の外に出れば、女子供の安全など存在しない。

 まして、倭寇などという無法者集団が相手では尚更である。


 首領がぬっくと立ち上がると、こちらに近づいてくる。

 倭寇の集団には、首領の女房と思われる者以外に女はいなかった。


(くっ……)


「こんな貿易船に女がいるなんて、ヒィック。へへへへ、思ってもいない収穫だったな」


 酒で、完全に目が座っている。 


「お前さん、お()しよ! そんなガキんちょ相手にみっともない!」


 首領の女が遠方から声をかける。


「うるせぇ! お前は黙ってろっ!」

「船に女がいたら、女郎屋に売るって決めてたじゃないか。傷物にすると高く売れないよ!」

「うるせぇったら、うるせぇ! この船は俺のもんだっ!! ヒィック。積んでいる荷物は、(いかり)から鉄砲の弾一発まで、全部儂のもんじゃ!!」


 首領がグイッと私たち4人に近づき、嫌らしい目で品定めをしてきた。


「へっ! よく見りゃホント、子供ばっかりじゃねえか。まともな女はいねえの……」


 首領はそこで言い淀むと、じっとマンショを睨み、気持ち悪い笑みを浮かべた。


「この4人の中じゃ、こいつが一番大人か……まあ少しは楽しめんだろう。こっちへ来い!」


 首領がマンショの腕をグッと掴む。


「やめナサイッ!」


 ヴァリニャーノ先生が、両手足の手錠も気にせず首領に体当たりを食らわせた。

 酒で足元が覚束なかった首領は少しよろけたが、すぐに体勢を立て直し、逆に先生を殴り飛ばした。

 先生は二間(にけん)あまり吹き飛ばされて、音を立てて甲板にめり込んだ。


「先生っ!」


 手錠を引きずりながら、先生の元にマンショがすり寄る。

 先生の頬は、血を流して大きく膨れ上がっていた。


「くっ! よくも先生を!!」


 怒りに駆られたマンショが甲板を力強く蹴り、首領に飛びかかろうとする。

 しかし、鉄球に足を取られてしまい、そのまま地面へと落下してしまった。


「へっ! 南蛮人といいこのクソ女といい、俺様に逆らおうっていうのか! 盾つく奴は、全員鮫の餌にしてやるからな!!」


 そう言うと、首領は腰に挿していた赤銅色(しゃくどういろ)に錆びた刀を、ジャリッという音を立てて抜いた。

 首領が、マンショとヴァリニャーノ先生に近づいていく。


「まずいっ! 2人がやられるわっ!」


 私は腕に力を込めて手錠を外そうとするが、鋼鉄で出来たそれはビクともしない。

 首領の刀が、倒れているマンショを目掛けて振り下ろされた。


 私は、思わず目をギュッと閉じた。


「う、うわああああああっ!?」


 倭寇の誰かが叫ぶ声が聞こえた。


(今のは……叫び声? 血など見慣れているはずの倭寇が、なぜマンショが斬られて叫ぶの……?)


 私は目を見開いた。


「なっ!?」


 甲板の上は、私が一瞬目を瞑っていた間に、阿鼻叫喚の世界に変化していた。


 ドス黒く太い触手のような物体が甲板中に張り巡らされ、ウネウネと(うごめ)いているのが見える。

 その一本一本が倭寇の体を縛り上げ、あるいは突き刺すなどして、それぞれ血祭りにあげていた。


「ゴッ、ゴボッ…… ゔ、お、お前……なんで……?」


 血が喉に混じり、声にならない声を出している首領の言葉が、私たちの頭上で聞こえた。

 その声の方を見上げると、触手に肺を貫かれて空中に持ち上げられた首領の姿が見えた。

 首領の目線の先には女房の姿があった。


 否。


 女房の体は、今や、首から下が漆黒の闇と化していた。

 その闇の中から、複数の黒い触手が生え出しているのである。


「女どもは生かしておくようにとあれほど言ったのに……愚かな人間めが……!」


 女房の目は充血して釣り上がり、真っ赤な宝玉のようにギラギラと光っていた。


「貴様が下手な真似をせねば、このまま何事もなく上陸できた……酒呑童子さまに女どもを差し出して褒美を頂戴できたのに……あぁ、面倒くさい!!」


 そう言うと、女房は首領を甲板に叩きつけた。

 首領の頭はスイカのようにパクリと割れ、頭蓋骨や脳味噌が無惨に甲板にぶち撒けられた。


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