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9.出航

 長崎に帰ってからは、慌ただしく時間が過ぎた。


 私は有馬城主有馬晴信(ありまはるのぶ)様に、マンショたちもそれぞれの主君に信長との謁見内容を報告し、ローマへの派遣の最終調整を行った。


 また、同じセミナリオの教師を務める宣教師のメスキータ先生が、それと並行してローマ行きの船の手配に奔走してくれた。

 当然ながら、私たち使節団専用の船など用意出来るわけも無い。

 日本との貿易を終えて出国するポルトガルの商船に乗せてもらい、輸出品を積んだ船室の一部を間借りするのである。


 ローマまでは、まず長崎港を出発した後、海を渡りマカオに入る。

 その後、インドのゴアを経て、アフリカの希望峰をぐるっと回ってポルトガルの港に入り、その後は陸路でローマを目指すことになる。


 まさに、想像を絶するほどの長旅だ。


 ◆




 いよいよ出航の日。


 朝早くセミナリオを出た私たち4人とヴァリニャーノ、メスキータ両先生は、昼過ぎに長崎港に到着した。


「うわぁ、これが私たちの乗るリマ号ですか。立派だなぁ」


 雲一つない晴天の中、太陽に照らされて輝く海に浮かぶ巨大な船体を前に、マルチノが目を見張って呟いた。


 私たちが乗るリマ号と名付けられた船は、キャラック船と呼ばれる三枚の大きな帆が張られたポルトガルの船である。

 見るからに荒くれ者と分かる南蛮人の船員たちが、せっせと日本からの輸出品や食料などを積み込んでいた。

 よく見ると、船の甲板には鉄砲を携えた船員がちらほら見受けられる。

 荷積みを行ってる時に賊に襲われないよう、警戒しているのであろう。


 すでに家族との別れの挨拶も済ませていた私たちは、そのまま船に乗り込んだ。


「ココが、あなたたちの部屋にナリマス」


 ヴァリニャーノ先生が船長と交渉してくれた結果、私たちには船長室を貸してもらえる事になった。


「ふむ、悪くない部屋ねぇ。女の子にはありがたいわ」

「ですねぇ、ミゲ姉! 船で寝泊まりするなんて、なんかワクワクしてきましたぁ」

「物見湯山に行くんじゃないのよ、マルチノ。私たちは鬼退治に行くんだから、浮ついた事言ってると先生たちに怒られるわよ」


 荷解(にほど)きをしながらマンショがたしなめるが、言ってる本人も楽しげな様子だ。


 ジュリアンを見ると、すでに荷物の整理は終わったようで、自分の刀を鞘から払い刃こぼれが無いかを確認していた。

 無言ではあったが、それでもどことなく出発を喜んでいるのが、雰囲気から伝わってくる。

 かく言う私も、これからの事を考えると一抹の不安を覚えなくはなかったものの、やはりどこかで心おどるものがあった。


 安土で受けた傷も、織田勢の薬師から貰った特別な塗り薬のお陰か、既に完治していた。

 心身共に気力が充実しているのを感じる。


「まあまあ。まだ初日なんだし、別にいいんじゃない、マンショ。この船なら余程の嵐も耐えられるだろうし、船長たちも見た目に似合わず良い人たちみたいだし。天気もよくって、これ以上ないくらい幸先が良いわよ」

「うーん、そうねぇ……まあミゲルの言うことも、もっともかな。海の上なら酒呑童子の追手も手が出せないだろうしね。それじゃまあ、マカオに着くまで、船の旅を楽しんじゃいましょーか!」

「おぅーーーーっっ!!」


 私とマルチノは笑顔で答えた。


 ◆




「おぅぇーーーーっっ!!」


 出航から数日が経過したが、その間私たちは、連日の船酔いで甲板から海へと胃の中のものを戻していた。

 まさか船酔いがこんなに酷いものだとは、これまで思いもよらなかった。


「ミゲ姉……貴重な()()、あ、ありがとうございます……」


 近くで夕飯のための魚釣りをしていたマルチノが、少し青い顔をしながらも冗談めかして言った。

 語学が堪能なマルチノは他の船員ともいち早く打ち解け、釣りのやり方などを教えてもらっていたのだ。


「しゃ、洒落にならないわよ、マルチノ……こんなんじゃ、鬼と対峙する前に船酔いでやられちゃうわ……」


 私は、船の縁につかまりながら呻いた。


「マカオまで、まだ半分以上距離があるんでしょ……? ミゲルの言う通り、今は鬼どころじゃないわね……」


 そう言うと、マンショは甲板にグッタリと横になってしまった。

 ジュリアンに至っては、出航からずっと船室で寝込んでしまっている。


(みんな、満身創痍(まんしんそうい)って感じね……早く船の揺れに慣れないといけないわ……)


 胃の不快感に耐えながらそんな事をぼんやりと考えていた時、帆先にある監視台にいた船員の一人が、海の上を指差しながら何かを叫んだ。

 指差す方向を見ると、ボロボロの小舟に乗った女が一人、波に揺られながらこちらに近付いて来る。

 女の腕には、赤児が包まれていると思わしき布切れが抱かれていた。


「どうかしたのデスカ?」


 甲板が騒がしくなったためか、ヴァリニャーノ先生とメスキータ先生も船室から出てきた。


「詳しくは分かりませんが、どうやら遭難した女性のようです。赤ちゃんも抱えているみたいで……」


 様子を見ていたマンショが答えた。


 小舟の上の女が、弱々しげに手を振りながらこちらに近づいてくる。

 リマ号の近くまで小舟が来ると、船員の一人が甲板から縄梯子(なわばしご)を垂らし、スルスルと女の方に降りて手を伸ばした。

 女が手に持った布切れの塊を船員に差し出す。


 それは、船員が包みを受け取った次の瞬間だった。


 女は布切れの中から鉄製の手錠を取り出し、船員の手にサッとはめると、隠し持っていた鉄球を海にドボン! と投げ入れた。

 鉄球は鎖で手錠とつながっており、船員はそのまま海の中に引き摺り込まれてしまった。

 私たちが呆気に取られていると、女は小舟の上で奇声を発した。


 これが合図であった。


 リマ号は、海の色に似せて青色に塗られた油紙に覆われていた早船(はやぶね)十数艘に、いつの間にか取り囲まれていた。

 油紙がバサッと剥ぎ取られると、中から武装した集団が跳躍し、あっという間に甲板に乗り込んできた。


 倭寇であった。


(くっ……! この辺りには貿易品を狙った海賊集団が出るって聞いてたけど、まさか実際に遭遇するなんて……)


 敵の数は20人程度。


 そこそこ俊敏な動きを見せているものの、この程度なら私たち4人の方が動きは速い。

 剣の扱い方を見ても、正規の訓練を受けているこちらの方が腕は格段に上だろう。


「(考えている事は一緒ね、ミゲル)」


 すでに刀の(つか)に手をかけて臨戦体勢を取っていたマンショが、私に小声で囁いた。

 私はコクリとうなずき、相手に気取られぬよう刀を鞘から払おうとした。


 だが。


「マチナサイ、あれヲ!」


 メスキータ先生が、私たちの動きをグッと押し留める。


 見ると、船に飛び乗ってきた倭寇の一人が、船長の首元に錆びついた刀を突きつけていた。

 火縄銃やサーベルを取り出して倭寇と闘おうとしていた船員たちも、これを見て固まってしまっている。


「全員、早く武器を捨てやがれっ!」


 船長を抑え込んだ倭寇が、船一杯に響き渡るような怒号を飛ばした。


 船員たちは尚も抵抗の構えを見せていたが、船長が外国語で何か指示をすると、渋々と手に持っていた装備を床に置いた。

 その動きを確認するや否や、倭寇たちはさっさと武器を回収して、甲板の上に積み上げていった。


「おいっ! そこの女たちも、持ってる刀をこっちによこせ!」


 私たちに気付いた倭寇が叫んだ。


 私とマンショは先生たちの顔を見たが、ヴァリニャーノ先生が苦渋の表情を浮かべながら頷くのを確認すると、刀から手を離して床に置かざるを得なかった。


「ようし、それでいい……うん? おい、そこの眼鏡! 何をゴソゴソやってるんだっ!?」


 見ると、私たちの後ろにいたマルチノが、倭寇から見えないよう姿勢を低くして隠れていた。


「お前も持っている刀を渡せ!」


 見つかったマルチノが、ビクッと縮み上がる。


「は、はいっ! す、すぐにお渡しいたしまぁす!」


 観念したのか、マルチノも二本の短刀を倭寇に手渡した。


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