ここはどこ
女の子にちやほやされたい人生だった。
「あっ」
やばいと思うった頃にはもう遅かった。
周りから聞こえる危ない‼の声。
脳裏にこだますクラクション、まぶしい光、その直後スローモーションに反転する視界、そして一拍遅れに体中を包んだ鈍痛。地面にたたきつけられた振動で体がぐしゃりした感覚と突き飛ばした愛犬のふわふわの毛並みのその感触がまだ手に残っている。
視界の隅に移る灰色のコンクリートがやけに赤い。
「お、女の子が引かれたぞ!!!」「だれかきゅっ、救急車ッ……‼」とぼんやりした意識の中で恐らく交差点にいた通行人たちの悲鳴と「ワンワン!きゅん」と耳元で聞こえたあの子の鳴き声。
その声がいつもより随分と悲しげで、私の顔をまるで「寝たらだめ!!」と必死に舐める愛犬の小さな体を「大丈夫」と抱きしめてあげたいのに、痛いどころか痛すぎてむしろ感覚がなくなったのであろう日々オタ活オールナイト酷使をし続けて二十一年間付き合ってきた自分の体がここぞとばかりに謀反を起こしている。もう正直、本当にすまないとは思ってはいる。
(あ、これは、死ぬ……)
どこか他人事のようそう感じるとともに、頭の中で『生まれ変われるなら、べらぼーのイケメンになって女の子にちやほやされたい。目指せ!ハーレム‼』と高らかに叫ぶ自分がいた。バカだろお前。どうしたの。
ツッコむ暇すら与えないブラックアウトしていく意識の中、死ぬ間際に自分がかなりおかしいことに気が付いた。できれば気づきたくはなかった。
「……………」
……つまり何が言いたいのかというと、お分かりいただけたであろうか。
寝起きの時のぼんやりとした頭に響いた夏になるたびによく見ていたホラー番組の定番の声。
普通のサラリーマンの父親に、専業主婦の母親。社会人になったばかりの兄に、大学生の私。それと家族全員で溺愛している我が家のヒエラルキー、食物連鎖の頂点に君臨する真っ白なポメラニアンの愛犬。
ありふれた一般家庭に生まれ何もなくすくすく育った私は決してこんな世界史の資料集にでてきそうな天井知らない。知らないったら知らない。
(なんだ、ゆめか……)
なんて夢だ……そう思って恐らく死んだ魚のように無になっているであろう目を再びつむるが、一向に眠れないし、逆に頭がさえてきたので諦めた。
どこだここ……。これはもしやオタク界隈で有名なあれか……。
人間という生き物は限界に達すると笑うが、色々あきらめると悟りを開く。
何とか『もしや』『もしや』とざわつく頭の中を落ち着かせ、空を見つめ心を無になること数分。
起き上がろうにも、自分の体がまるで長い間眠り続けて硬直してしまった、または寝相が悪すぎたせいであちこち痛く動かない。
……しかし、かろうじて首を動かし周囲を見ても、広い部屋には人おろか家具すらあまりあかれていなく、それがなぜだか異様に恐ろしく感じ不安になる。すべてが大きく見えるのだ。もう二十一にもなるのになぜだか涙がこぼれそうになる。
一人は嫌だ。怖い。寂しい。そんな感情が胸を占めた。
誰か人を探さなければいけない、必然的にそう思う。何度も何度も動かない体に呵責を入れる。
だから、やっとのことで上半身を起こしても非常にゆっくりとしたぎごちない動きになってしまい、支えている自分の腕が震えていることに気か付かなかったのだ。
そして、昔から自分がよくベッドの上から落ちることもついでに忘れていた。
まぁこれから起きることは想像に難くない。
「ッ……!」
「エミリアっ!!」
もはやお約束ともいえる転倒。
自分の声にならない悲鳴にかぶさるように誰かの胸を締め付けるような悲痛な叫びが恐らく部屋の荘厳な扉があった付近から耳に届いた。
はっきり言って十数分にわたり二回目の地面との抱擁を覚悟する。
いつか見たようなスローモーション。なんかとてつもなく綺麗な顔立ちをした美少年を記憶の最後に私の意識はブラックアウトする。おいおいおい。なんかデジャブだぞ、これ。
頭のどこかで『これがトラ転……』としんみりつぶやく自分がいた。