第73話 モン・サン=ミッシェルでもお料理
「こんにちはー!」
「遊びに来ましたー!」
今日も「鳥居のようなもの」を通って鳥居ちゃんとミカエル君がモン・サン=ミッシェルにやってきた。
「いらっしゃーい。」
いつもの3人組とスーツ男が2人を出迎える。
「この間、初めてお料理をしたんだよ!」
「……。」
以前、話に聞いたカフェ・オ・レ パスタとかいう悪夢のような料理を思い出して無言の4人。
「中国出身の子育て観音様は、とても料理が上手でね。上海焼きそばを一緒に作ったんだよ。」
4人の雰囲気を察したミカエル君、ナイスなサポート発言だ。
「そ、そう!」
「お手伝いしたの!」
「偉いなあ。」
「あれはシンプルだが上手く作るには、少しコツがいるんだぞ。」
「そうなの?」
「ああ、油っこくさせずに麺がハラリとほぐれるように作るのは慣れが必要だ。」
「子育て観音様はとっても料理上手で有名なんだって。初めてアジアの料理を頂いた時は見た目も全然違うし、ちょっと怖かったんだけど美味しくてびっくりしたんだ。」
「ほう……。」
スーツ男が挑戦的なため息をつく。
「アジア料理にヤキモチですか?」
スーツ男が立った。
「鳥居ちゃん、Petiteミカエル様、一緒にキッシュを作ろう。」
―― ヤキモチだった。
「皆、手を洗ったな。今日はキッシュ・ロレーヌLa quiche lorraineを作る。」
鳥居ちゃんが期待に満ちた顔でスーツ男を見上げている。
―― くっ!なんという試練だ!鳥居ちゃんが目の前で尻尾をあんなに振って……おお、神よ!
―― 冷静さをキープするのに必死だね。
―― 最後まで持つかな…
―― 頑張れ!
「きょ、今日は冷凍のパイ生地を使う…。
Petiteミカエル様、鳥居ちゃん、薄く伸ばして、この型に敷き詰めるのを頼めるかな?」
―― ニヤけるのを我慢してるね。
「Tres bien!とても上手だ!ではこのフォークで底の部分に穴を開けて。……素晴らしい!」
―― 褒めすぎだよ!
「ボールに卵、生クリーム、牛乳を入れたらホイッパーで勢いよく混ぜる!塩、コショウ、ナツメグで味を調える。」
―― 手際がいいな、あっという間だ。
「用意したベーコン全部と摩り下ろしたチーズの半分を並べたら生地を注ぐ。残りのチーズを満遍なく散らしてオーブンで20〜30分ほど焼いたら完成だ。」
―― オーブンに入れたら、もうやる事ないね。
―― そうだね。
―― 簡単過ぎて、もう一緒にやることがない……。
スーツ男が淋しそうだ。
しかし鳥居ちゃんとミカエル君は、まだまだ楽しいようで、オーブンの前で中を覗き込んでいる。
「鳥居ちゃん!Petiteミカエル様!」
「まだ時間が掛かるから、その間に街を散策してきたら?」
「1時間くらい散策したら戻っておいでよ!」
「そうさせてもらおうよ、鳥居ちゃん。」
「うん!」
どろん!
キツネに化けた鳥居ちゃんとミカエル君が出掛けていった。
「付け合わせはサラダ?」
「僕ら、菜園で食べごろな野菜を摘んでくるよ。」
「すまない、ありがとう。」
最近では3人組とスーツ男の距離が縮まった上に事前の相談無しでの連携も上手くいっている。
「ただいまー!」
「お腹空いたー!」
ぴったり1時間後、Petiteミカエル君と鳥居ちゃんキツネが戻ってきた。
「おかえりー!」
「鳥居ちゃんは人型に戻らないの?」
「戻るの忘れてた!」
どろん!
「手を洗おうか。」
「うん!」
人間ではないので、手洗いなどが必要なのか分からないが2人とも素直に手を洗う。
カットしたキッシュをグリーンサラダと共に盛り付けたお皿が配られるとPetiteミカエル様と鳥居ちゃんの顔が輝く。
「さあ、どうぞ。」
「いただきます!」
ベーコンとチーズと生クリームがたっぷりのキッシュは、ほんのりと暖かく、こってりとした旨味の塊だ。
「美味しいね!」
鳥居ちゃんの尻尾がブンブン揺れる。
「うん、フランスのご飯も美味しいんだよ。」
Petiteミカエル様が誇らしそうだ。
「この間、作ってくれたほうれん草のキッシュも美味しかったね。」
「そうか?」
「うん、でも寒くなってくると今日みたいな、こってりが美味しいよね。」
3人組とスーツ男が自然と会話する。
「もっと寒くなったらアレが美味しいよね。」
「ポテか?」
「それ!」
「もう季節は充分だろうから、今度作ろう。」
3人組とスーツ男が視線を感じて振り返ると、嬉しそうなPetiteミカエル様と鳥居ちゃんに、めっちゃ見られていた。
「2人とも、どうしたの?」
「美味しくなかった?」
ガチャ! ← 動揺したスーツ男
「キッシュは美味しいよ。」
「でも2人とも進んでいないけど……。」
「みんなを見ていたら手が止まっちゃった。」
どうして?と心配そうな3人組とスーツ男。
「お友達だね!」
「4人が仲良くて嬉しい!」
「……。」
「そうだった……。」
「そういえば……。」
すっかり忘れていたが、もともと鳥居ちゃんは友達のいないスーツ男のことを心配してモン・サン=ミッシェルに通っていたのだ。
人間には友達が必要だから、スーツ男が友達を得て、より豊かな人生を生きるようにと応援していた。
自分がモン・サン=ミッシェルに来られなくなる前にスーツ男にお友達ができて欲しい、それを見届けたいと願って泣いていた…。
「ま、まさか!」
「鳥居ちゃん!この方にお友達が出来たら、ここに来られなくなるんじゃ!?」
「そういうことなら、この方とは友達じゃないぞ!」
「落ち着いて!」
「だってPetiteミカエル様!」
「鳥居ちゃんは遊びにくるよ!」
「……。」
「来るの?」
「うん!」
「良かった〜!」
「ねえ、さっきのお話のお料理は?」
「ポテは陶製の鍋に大量の肉、キャベツ、カブ、セロリ、ジャガイモなど季節の野菜を入れてブイヨンでじっくり煮込んだ料理だよ。」
「フランスの田舎でよく作られる料理で、特に冬に作られるんだよ。」
「お肉と野菜がたくさん入るから栄養満点でね、地方ごとにその土地の味があるんだ。」
「今度、食べに来てもいい?」
「もちろんだ。」
「お友達と一緒に食べると、いつもより美味しいよね?」
「……ああ、鳥居ちゃんの言う通りだ。」
鳥居ちゃんとスーツ男のやり取りに顔を綻ばせるPetiteミカエル様と3人組。
「お土産ありがとう!またね!」
キッシュの残りをお土産に、鳥居ちゃんとPetiteミカエル様が日本に帰っていった。




