第72話 お料理したい
「こんなところにおったか。」
「お土産じゃ。」
「ありがとう、市杵島姫命様!田心姫命様!湍津姫命様!」
「姫さま、ありがとう。」
鳥居ちゃん、ミカエル、兄カラス、弟カラスで遊んでいると祭神たちがホカホカの包みを持って現れた。
「カラスたちの好物じゃ。」
商店街の穴子まんと牛まんだった。
「僕、これ好き!」
「僕も。」
「鳥居とミカエル君は初めてか?熱いうちにガブっといくのじゃ。」
「いただきまーす!」
ガブ!
―― 穴子まんも牛まんも美味しかった。
先日ののど自慢大会でキャンディーズに扮した祭神たち。熱烈なキャンディーズのファンだったという商店街の店主に貰ったらしい。
「あげられなくてゴメンね。メイちゃんにはササミだよ。」
ミカエル君が愛犬のメイちゃんにササミのジャーキーを食べさせる。
「もぐもぐするメイちゃん、可愛いね!」
「トリのもぐもぐも可愛いよ。」
シスコンの2人には牛まんを4口で完食する姿も可愛かったらしい。
「ねえねえ市杵島姫命様、田心姫命様、湍津姫命様?」
「なんじゃ?」
「私もお料理してみたい!」
キラキラと祭神たちを見上げる鳥居ちゃん。
祭神たちが凍りついて無言だ。
「トリィ、そのお願いはイッチーたちにしてはダメだよ。」
「どうして?」
「トリは揚げ紅葉を貰ったことがあるだろう?」
「うん!私の大好物だよ!市杵島姫命様と田心姫命様と湍津姫命様が初めて作ってくれたお料理だから!」
「鳥居…。」
「我らの鳥居が良い子過ぎる。」
ワンコのように尻尾をぶん回す鳥居ちゃんを蕩けそうな表情で撫でまくる祭神たち。
「トリィ、イッチーたちに手作りをねだってはダメだ。」
「またポンポンを痛くしちゃうからね。」
カラス兄弟が、ミカエル君には言えない事をはっきりと言った。
「ぐぬぬぬぬ……。」
悔しいが言い返せない祭神たち。
焦げ焦げの焦げ紅葉を鳥居ちゃんに食べさせた祭神たちは、薬師如来や神主たちに叱られたのだ。
「という訳なんです。」
カラス兄弟が鳥居ちゃんを連れてやってきたのは子育て観音様のところだった。
料理上手な子育て観音様なら頼って安心だ。
「そう、鳥居ちゃんはお料理を作ってみたいのね?」
「うん!」
尻尾をブンブン回す鳥居ちゃん。
「何がいいかしら?」
子育て観音は中国四大仏教聖地のひとつ普陀山の出身だ。
普陀山は東シナ海海上に浮かぶ群島に位置する。海に囲まれた場所なので海産物の調理はもちろん、上海料理も得意だし、料理上手なので大抵のものは作れる。
―― 春巻き……いいえ、揚げ物はダメ。
―― 小籠包…間違いなく火傷するわね。
―― 蒸し物も蒸篭をひっくり返しそうだわ。
「上海炒麺、 いわゆる上海焼きそばを作りましょう。」
「うん!」
ブンブン!
―― 鳥居ちゃんの尻尾が大喜びだ。
上海焼きそばは、うどんより細いモチっとした麺を炒めて中国醤油で味付けした上海名物の料理だ。
具材はチンゲンサイと細切り肉のみが基本で、味付けは中国醤油。日本の醤油と違って色が濃くて塩分は薄くて砂糖が入っていて甘い醤油だ。ここでは中国醤油は手に入らないので子育て観音オリジナルのレシピでやる。
「みんな手を洗った?」
「洗いました!」
「今日の具材はチンゲンサイと、もやしとニンジン、チャーシューです。
カラスたちはチンゲンサイと人参を千切りにして。ミカエル君はチャーシューを千切りにしてね。鳥居ちゃんは私と一緒にもやしを洗ってヒゲをとりましょう。」
「出来た!」
「はい、みんな上手に出来ました。これでテーブルに材料が全部揃いました。
まずはホットプレートで麺を蒸し焼きにします。鳥居ちゃん、ホットプレートに麺を出して。」
ボテン!
麺の入った容器をホットプレートの上で逆さまにした。
―― 揚げ物にしないで正解だったわ。
「麺をほぐしてお水を少し入れて、ほぐしまーす。よくほぐれたら両面を香ばしく焼きます。焼けたらお皿に取って、油と微塵切りの葱、生姜、ニンニクを香りが出るまで炒めてから野菜を入れてさらに炒める。麺を戻して全体を炒めたら調味料と中華スープを入れて味を整えます。」
醤油とオイスターソースに酒や砂糖など一般的な調味料だが子育て観音の手にかかると絶品料理になるから不思議だ。
「仕上げにチャーシューを加えて、ざっと混ぜたら、香りづけにごま油とお酢を少し。これで完成よ。」
ホットプレートが大皿代わりで食欲をそそる匂いと見た目だ。
「さあ、いただきましょう。みんな好きなだけ自分のお皿に取ってね。」
「トリィ、お兄ちゃんが取ってあげよう。」
「トリ、これをどうぞ。お肉が多めだよ。」
カラスたちが鳥居ちゃんに構っている間に、さっさと自分の分を確保するミカエル君。
「子育て観音様の料理は美味しいね!」
子育て観音の上海焼きそばは絶品だった。子供たちが大喜びで子育て観音も嬉しい一日だった。
一方、楽しくない時間を過ごしたのはオタク神主だった。
「姫さまたちは姫なのですよ、どうして急に料理なんて…。」
「烏たちに馬鹿にされたのじゃ…。」
美味しい料理を作れるようになって見返してやりたいという祭神たちに付き合わされ、疲労困憊だった。