第71話 いよいよ本番です!
「下り最終便は17:30です!
最終便に遅れますと、徒歩で下山となりますのでご注意くださーい!」
ロープウェイの従業員が観光客全員を早めに下山させようと声を張る。
「すみませんね、皆さん。」
「いえいえ、年に一度のことですし。」
「協力は惜しみませんよ。」
「僕らも楽しみにしているんですよ。」
「これが終わらないと冬を迎える気になれませんから。」
ロープウェイを運営する会社の従業員や、本土と島を繋ぐフェリーの従業員は秘密を共有する島民で固められている。彼らも県内寺院対抗バンド自慢&のど自慢大会を観客として楽しむのだ。
1人の観光客も残さず時間内に下山させた。
県内寺院対抗バンド自慢&のど自慢大会に参加する仏様や観音様たちは自由に飛んで来るが、僧侶たちは人間なのでフェリーに乗ってやってくる。
観光客の消えたロープウェイ乗り場に正装した僧侶たちが夜フェスに向けて続々と集まる。
「向上寺さん、お久しぶりです。」
「1年ぶりですね、浄土寺さん。」
「耕三寺さん、調子が良さそうですね。」
「明王院さんこそ。」
ライバルたちの戦いは、もう始まっているようだ。ロープウェイ乗り場がバチバチだ。
―― みなさん、やる気だな。
―― 今年も楽しみだな!
ロープウェイ会社の従業員たちの表情が期待に輝く。
「ミカエル君は飛べるよね。」
「うん。」
「トリィはお兄ちゃんが抱っこしていくからね、ぎゅーって掴まって。」
「ぎゅー!」
…めき……。
「鳥居ちゃん!ゆるめて!ゆるめて!」
運動神経バツグンの鳥居ちゃんは力も強い。
慌てたミカエル君の指示で事なきを得た。
「鳥居ちゃん、兄カラスを壊さない程度にしがみついて。」
「うん。」
ミカエル君の的確な指示で鳥居ちゃんを抱っこした兄カラスとソロ飛行のミカエル君と弟カラスが山頂に着いた。
「トリィはやんちゃだなあ、ハハハ。」
「兄さん、青ざめてるけど…。」
まだちょっと肋骨が痛いらしい。ヒビくらいは入っているかもしれない。
「よく来たな!お汁粉を食べてゆかぬか?」
「不動明王様!」
「ワシら、今日はボランティアじゃ。」
「もう11月じゃからのう、冷える夜に食すお汁粉は美味だぞ。」
不動明王のお汁粉は美味しくて暖かくて大好評だった。
「お、始まるぞ!」
ステージ代わりの展望台からノリが良く印象的な『runner』のイントロが鳴り響く。
「浄土寺の爆風スラ○プだ!」
「浄土寺のサンプ○ザ中野だ!」
「坊主頭を活かした選曲だ!」
浄土寺のエントリー曲は全曲がノリの良い楽曲で会場を盛り上げた。
1番手に、ここまでやられては…とライバルたちが拳を握る。
「向上寺のC-C-Bだ!」
坊主頭にカラフルなカツラをかぶってポップな楽曲を披露すると、観客のRomanticが止まらなかった。
「他のお寺は人間が演奏してるね!」
「うちはみんな出たがってな…、人間たちは裏方に回るようになってしまったのじゃ。」
鳥居ちゃんの疑問に不動明王が答える。少し恥ずかしそうだ。
そしていよいよ大聖院の出番だ。今年も大聖院は『出演を望む仏像たちを全員出す』を目的としたステージ構成だった。
「さあ、鳥居ちゃんこれを。」
不動明王が鳥居ちゃんにサイリウムを渡す。
「トリ、ミカエル、こっちだよ。」
「お兄ちゃんと一緒に応援しようね。」
カラス兄弟に手を引かれ応援席に着くと、スモークの中から祭神たちが現れた。
「厳島神社のキャンデ○ーズだ!」
「市杵島姫命様!田心姫命様!湍津姫命様!」
「イッチー!タゴちゃん!タギちゃん!」
鳥居ちゃんとカラス兄弟がサイリウムをぶん回して声援を送る。
間髪入れず次の曲が始まった。
「薬師如来様と愛染明王様!」
「大聖院のバービーボー○ズだ!」
「大聖院のキョウコー!」
「大聖院のコンター!」
演奏は六波羅密地蔵バンドとYKSと十二神将たちのバカテク激ウマ混合バンドだ。
残る持ち時間全部で三十三変化観音と三十六童子と十六善神による「オペラ座の怪人」だ。
全員出場が目的で、もはや優勝を目指してはいないが出演者が人間ではないのでセットや道具無しで何でもできるので見応えはある。
観客はもはやストーリーを追ってはいなかった。怪人が宙を舞う度に「よっ!怪人〜!」と声援が送られた。
耕三寺は今年も人数で攻めてきた。ルパン3世に扮したヴォーカルと銭型警部に扮した伴奏者、その他大勢のバックダンサーたちは銭型警部の部下のコスプレ演奏だった。
そして今年のトリは明王院だった。
「明王院のフレディだ!」
「明王院がフレディの御魂を憑依させたぞ!」
「フレディが蘇ったぞー!」
「高音パート担当のフレディと、低音パート担当のフレディと、明王院がフレディを2人用意してきたぞー!」
「明王院のQueenだ!」
2人のフレディが観客を煽りまくる。
あの大ヒット映画のラスト20分を少し短めに再現した明王院のステージは控えめに言って最高だった。
「フレディ!」
「フレディ!」
鳴り止まないフレディコール。
ロープウェイ会社とフェリー会社の全中高年が泣いた。
今年の優勝は明王院のQueenだった。
全中高年を味方につけたことが勝因だ。
参加した僧侶たちはロープウェイ会社とフェリー会社の従業員たちから暖かく送り出され、それぞれの寺院に帰っていった。
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「新宿三井ビル 会社対抗のど自慢大会」がモチーフのネタなため、昭和の楽曲ばかりになっています。