第64話 子育て観音に預けられる刑
厳島神社の入り口に設置されている左右一対の大きな石灯籠にはブロンズ製の烏がちょこんと乗っている。
この烏は神烏と呼ばれており、祭神たちを宮島に導いた弥山に住む烏一家の子供達がモデルのブロンズ像だ。(その後、親烏は熊野に向かい、今も熊野で暮らしている。)
ちなみに、この烏像は、狛犬と同様に左のカラスは嘴を閉じ、右のカラスは嘴を開けている。
いま祭神たちの前に座っている少年たちは神烏の兄弟だ。
この不貞腐れ様……長い間、祭神たちと共に、この島を見守ってきた烏の兄弟が鳥居ちゃんの尻尾を毟ったのは間違いないようだ。
「どうして、あのように残酷なことをしたのじゃ？」
「鳥居は生まれたばかりの赤子のような存在なのじゃぞ？」
「長い時間、我らと共にこの島を見守ってきた其方たちが、なぜ……。」
―― 兄カラスと弟カラスが反抗的な表情で祭神たちを睨む。
「イッチーと、たごちゃんと、たぎちゃんのバカ！」
「最近、あの子ばっかりかまって！」
二羽の烏が、黒い瞳いっぱいに涙を溜めて祭神たちを責める。
「……。」
「……。」
「……。」
祭神たちは言い返せなかった。
何故ならカラス兄弟のことを忘れていたから。
「わ、忘れる訳がないではないか。」
「うむ。」
「その通りじゃ。」
「……嘘。」
弟カラスが信じられないという表情で反抗する。
「……。」
「……。」
「……。」
―― ほぼ嘘だったので下手な言い訳をしない祭神たち。
鳥居ちゃんとミカエル君のドタバタを眺めるのが楽し過ぎた。
それに湍津姫命と不動明王の問題に振り回され、忙しかったのだ。
「僕たちのこと、忘れていたでしょう。」
兄カラスが悲しそうだ。
「た、湍津のことで、このところちょっとな……。」
「我らがバタバタしていたことに気づいていたじゃろう？」
「……。」
姉妹の突然の裏切りに無言の湍津姫命。
「たぎちゃんのせいにするのはダメだよ…。」
弟カラスの言葉に激しく肯く湍津姫命。
「まあ実際にアレだったのは確かみたいだけど……。」
兄カラスの言葉に真っ赤になる湍津姫命。
「其方たちが我らに不満があるのなら、我らの髪を毟るのが筋であろう。」
「そんな！」
「イッチーの髪を毟るなんて出来ないよ！」
市杵島姫命の言葉に過剰に反応する兄カラスと弟カラス。
「其方らは、それほど酷いことをしたのじゃぞ！」
プイッ！
市杵島姫命の言葉なんて聞こえないとばかりに顔を背ける兄カラスと弟カラス。
「……。」
「……。」
「……。」
市杵島姫命と睨み合うカラスの兄弟。
がし！
ぎゅう！
市杵島姫命に気を取られている間に背後に回った田心姫命と湍津姫命が烏たちを捕獲して鳥籠に押し込めた。
「ちょ！出してよ！」
「酷いよ！」
「酷いのは其方らじゃ！」
「朝まで、そこで反省するのじゃ！」
もちろん烏たちは反省しなかったし、それは祭神たちも分かっていた。
―― 分かっていたので翌朝、鳥籠ごと子育て観音を訪ねた。
「出してよ！」
「閉じ込めるのは朝までって言ったじゃないか！」
鳥籠の中で暴れる兄カラスと弟カラス。
「いらっしゃい、2人とも元気で口が悪いわねえ。」
楽しそうな子育て観音が出迎える。
「これが其方たちへの罰じゃ。」
「其方たちが自らの意思で鳥居に謝罪したいと思うようになるまで。」
「さらに、其方たちが心から反省したと子育て観音が判断するまで。」
「其方たちは子育て観音の従者として隷属するのじゃ。」
嬉しそうな子育て観音が二羽を鳥籠から出し、烏化を無理矢理 解くと、黒髪の和風美少年が2人、抱き合って震えていた。
「美少年(烏)に無理矢理、術を掛けたり解いたりするのって楽しいわね！」
子育て観音が、ちょっとハアハアしている様子を見て美少年たちの黒い瞳に涙が溢れる。
「あ、忘れないうちに伝えておくわ。鳥居ちゃんは薬師如来のところよ。心の傷の治療が必要だそうよ……。朝一番に薬師如来が鳥居ちゃんを迎えに来たの。」
「鳥居……。」
この一言で烏兄弟の運命が決まった。
「本当に、この子たちを好きにしていいのね？」
「もちろんじゃ！」
「じゃあ、まずはこの衣装に着替えましょうか。」
子育て観音が差し出したのは『幽☆遊☆白書』の蔵馬の衣装と、『キャプテン翼』の日向小次郎の衣装だった。
