第49話 お不動さんのアップルパイ
「オタクよ、久しいな!」
不動明王がさり気なさを装いながらオタク神主に声をかけた。
「お不動さん。ぼく、ちょっと引きこもってしまって…。」
「何か悩みでもあるのか?」
「いえいえ、そういうんじゃないのです。兄が実家から長編漫画を全巻送ってくれたから読み返すのに時間がかかって…。でも、やっぱり面白くて読み出したら止まらなくて!」
「そうか、楽しかったのなら良いのだ。」
不満をぶつけずオタク神主を労わる不動明王。
「それよりも僕を探していたって聞きましたよ?」
「うむ。ワシのスイーツ作りも最近は上達してきただろう。」
「そうですね、お不動さんは軽量をキッチリするし、レシピに忠実ですからスイーツ作りに向いていますよね。」
「それでな、もう一つ段階を進めたいのじゃ。」
「というと?」
「アップルパイじゃ!」
「ああ、湍津姫命様の大好物ですよね!」
「いやいやいや!なななな何を言うのじゃ!」
「え?だって…。」
「ワシは!……秋だし!リンゴが!旬!だから!」
真っ赤になって必死な不動明王に、このことは突っ込んではいけないんだなと察した。
「うん、確かにパイは難易度が高いって言うよね。」
「そそそそそそうじゃろう!」
まだ動揺しているな…。
「本日の材料はこちらでーす。」
エプロン姿のオタク神主が不動明王に説明する。
「先日2人で打ち合わせたレシピのとおりに材料を準備しました。」
「うむ。いつもすまぬな。」
「軽量済みの強力粉と薄力粉をフードプロセッサーにいれて、ガーっと混ぜます。粉ふるいでふるってもいいみたいだけど、この方が周りが汚れないので良いよね。」
「うむ。混ざったぞ。」
「1センチ角くらいにカットして冷やしておいたバターを粉に加えて、ガッ、ガッ、ガッと小刻みに回します。絶対に練らないように。バターの塊が残った状態でOKです。」
「これで良いのか!?」
「はい。これから折り返していくので、今はこれくらいでいいらしいです。」
「……信じているぞ……。」
まったく信じていないような口ぶりだ。
「四角く成型してラップで包んで冷蔵庫で1時間ほど寝かせます。」
「いい夢、見ろよ。」
パタン。
「では、寝かせている間に中に入れるリンゴを準備しましょうか。リンゴは紅玉を用意しました。」
「皮をむいてカットだな?」
「そうです。りんごと砂糖、お好みで洋酒を入れて炒めて…砂糖が溶けたら蓋をして煮込みます。煮込んだら蓋をあけて水分を飛ばしてバター を加えます。お好みでシナモンを振り入れてもいいですね。」
「甘い香りがするのう。」
「このままバニラアイスと一緒に食べても美味しいでしょうね。」
「それもいいな!」
「そろそろ生地も良さそうですね。作業台の上に出して、綿棒で生地を伸ばします。必要なら打ち粉用の粉をふります。
伸ばしたら空気が入らないように生地を3つに折って重ねて、90度回転させます。また同じようにめん棒で伸ばして90度回転させて…これを5〜6回繰り返します。」
「これは、なかなか難しいな。」
「上手ですよ。」
「だんだん生地が滑らかになってきたぞ。」
「生地が赤ちゃんの肌のようになってきたらオッケーです。ラップして冷蔵庫で1時間以上寝かせます。」
「いい夢、見ろよ。」
パタン
「この間に汚れた道具をあらっちゃいましょう。オーブンの余熱も始めましょうね。今日は180度です。」
「アップルパイというのは、随分と手間がかかるのう。」
「きっと、その分 美味しいですよ。」
「そろそろ良さそうですね。
パイ生地を伸ばして型に乗せたらフォークで生地に穴をあけます。」
グサグサ!
「煮たリンゴを放射状に並べて、残った生地を格子状に編み込んで…ふちの生地は、折り込みましょう。艶出しに卵黄を塗って、余熱しておいたオーブンで焼きます。
途中で焦げ防止にホイルをかぶせましょうね。」
出来上がったアップルパイは美しかった。
「お疲れさまです。上手に焼けましたね。」
「うむ。オタクのおかげじゃ!」
「いえいえ。それじゃ僕はこれで。」
飲んでいた紅茶のカップを持って立ち上がろうとするオタク神主。
「まて!共に試食するまでがスイーツ作りではないか!」
手ぶらで帰ろうとするオタク神主を必死で引き止める不動明王。
「え…でも、湍津姫命様をご招待して2人で召し上がるのでしょう?」
ナチュラルに、お前らラブラブじゃねえの?発言が飛び出す。
ぶっはー!
不動明王の口から飲みかけの紅茶が吹き出す。
結局3柱の祭神全員と鳥居ちゃんとミカエル君を招いた。
今回も湍津姫命様のお皿だけ、美しくデコレーションされて明らかに本命向けだった。
アップルパイは美味しく焼けており、全員から高評価だったが、不動明王は帰り際に市杵島姫命様と田心姫命様から、「次回は2人で食せ。」とうんざり顔で凄まれた。




