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第32話 初めての花火大会[思い出回]

宮島水中花火大会みやじますいちゅうはなびたいかいの時期が来た。

厳島いつくしま神社や大鳥居が花火の光で浮かび上がる様子が素晴らしく、大人気のイベントだ。


厳島いつくしまって?宮島の側にあるの?」

「現代では『神社の島』を意味する『宮島』は通称で、正式な名称は『厳島』なんだよ。どちらの呼び名も長い間併用されてきたんだけどねー。」

「そうなんだ!初めて知ったよ。オタク君は物知りだね!」

鳥居ちゃんの疑問にあっさりと答えたオタク神主が賞賛される。


「これは基本中の基本!」

「このくらいで褒められてはオタクが調子に乗ってしまう!」

先輩たちが割り込んできた。オタク神主と鳥居ちゃんが仲良く喋っていたのでヤキモチを焼いたようだ。先輩なのに大人気おとなげがない。

花火大会に向けて神社も忙しい。オタク神主は先輩たちに回収されてしまった。



「鳥居。」

1人残された鳥居ちゃんの前に、どろん!と祭神たちが現れた。


市杵島姫命いちきしまひめのみこと様!田心姫命たごりひめのみこと様!湍津姫命たぎつひめのみこと様!」

飼い主の帰宅を喜ぶワンコのように祭神たちにまとわりつく鳥居ちゃんが可愛い。

祭神たちも満更でもない様子だ。


「鳥居は愛らしいのう。」

「うむ。」

「可愛い鳥居にお小遣いじゃ。」

祭神たちが鳥居柄のガマ口を渡す。

「お小遣い?」

「そうじゃ。」

「明日は宮島水中花火大会みやじますいちゅうはなびたいかいの日じゃ。」

「屋台もいろいろ出るからのう。」

「同じ金額のお小遣いをミカエルも貰っておるから、2人で宮島水中花火大会みやじますいちゅうはなびたいかいと屋台を楽しむと良い。」

不動明王とも相談済みのようだ。

「ありがとう!」

鳥居ちゃんの尻尾がブンブン回る。


「やはり尻尾は付けて正解じゃったな!」

「うむ!」

「愛らしいな!」

生みの親の祭神たちは、鳥居ちゃんにメロメロだった。



「島の外から来た観光客が多いから気をつけてな!」

「屋台もいろいろ出ているが、メインストリートで売られているものもオススメだぞ。お小遣いの配分や使い方はあらかじめ、よく考えるのだぞ。」


夕暮れ時、祭神達と仏像達に見送られてミカエル君と鳥居ちゃんが元気よく出掛けていった。

神主や僧侶達は数日前から忙しく、2人に構えていなかった。


―― 人間達に相談していれば…祭神や仏像達は酷く後悔することとなった。


「わあ!人がいっぱい!」

「不動明王様達の言った通り、いつもの通りも活気があるね!」

「いろんなものを売ってるね!あっ揚げもみじがあるよ!市杵島姫命いちきしまひめのみこと様と田心姫命たごりひめのみこと様と湍津姫命たぎつひめのみこと様たちが作ってくれたのと見た目が違うね!」

「薬師如来様が、本物は黒くないし苦くないって言ってたよね。」

「わたし、あとで買う!」


言いつけ通り、まずは何も買わずに全部を見て回り、お小遣いの範囲内で買うものを決めてから買い物をするのだ。


「さすが我らの鳥居じゃ!」

「良い子じゃのう。」

「ミカエルもな!」

水鏡で2人のお出掛けを見守る祭神たちや仏像たちが誇らしそうだ。


「鳥居ちゃん、揚げもみじを嫌いにならなかったの?」

「うん!市杵島姫命いちきしまひめのみこと様と田心姫命たごりひめのみこと様と湍津姫命たぎつひめのみこと様が初めて作ってくださったお菓子だから!わたしの大好物だよ!」


2人の様子を見ていた薬師如来が祭神たちを振り返る。

「焦げ焦げの“焦げもみじ”を与えられた鳥居ちゃんは、ゾンビ色になってぶっ倒れたがな。」

鳥居ちゃんを治療した薬師如来が祭神たちを睨む。

「あれは悲しい事故じゃったな…。」

祭神たちは事故で済ませたいようだ。

あの後、祭神たちは神主達からめっちゃ怒られ、料理することを禁止された。


「ねえ、鳥居ちゃん!焼き牡蠣と穴子丼もあるよ。牡蠣カレーパンてどんなだろう?丸いおむすびに牡蠣を乗せた焼きおむすびもあるね!香ばしい匂いがたまらないな!僕はこの中の1つは決まりかな?」


「ねえ、牡蠣カレーパンと牡蠣の焼きおむすび、どっちがオススメか聞いてみようよ!

すみませーん!」

「……。」

返事をしてもらえない。

鳥居ちゃんのお耳が倒れた。

「ねえ、聞こえている?」

「……。」

鳥居ちゃんの尻尾が細くなった。

「お返事して?」

「……。」

鳥居ちゃんの尻尾がぺしょりと地面についた。


他の人たちにも鳥居ちゃんとミカエル君の声は届いていないし、姿も見えていないようだ。


「鳥居ちゃん…。」

実年齢数百歳のミカエル君が、お目目いっぱいに涙を溢れさせた鳥居ちゃんを気遣う。


鳥居ちゃんがグイッと目元を拭った。

「ねえ、ミカエル君!鳥居に登ろう!」

鳥居ちゃんに誘われて大鳥居に並んで座ると、鳥居ちゃんが神通力で何かを取り出した。


「はい!ミカエル君の分!」

鳥居ちゃんが穴子飯のおむすびとお茶を渡す。

「これ、どうしたの?」

「オタク君が今日のお弁当だって渡してくれたの忘れてた!」

オタク神主たちは、鳥居ちゃんたちが一般人から認識されないと分かっていたのだろう。

「オタク君の穴子飯、美味しいよね!」

「うん。僕も大好き。」



2人の様子を見ていた祭神たちと仏像たちが真っ青だ。

「忘れていた……。」

「ワシら一般人からは認識されないんじゃった……。」

「オタク君たちは分かっていたのじゃな…。」

「人間たちに相談しておけば良かった…。」

祭神たちと仏像たちが沈黙に包まれた。



「穴子飯、美味しかったね!」

「わたしも穴子飯大好き!ねえ、花火は少し遠くから見るのが綺麗だって言ってたよね。」

「オススメされた場所で観ようか。」


2人が人間にはたどり着けない絶景ポイントに移動する頃には日が落ちて空が暗くなり、島中が興奮に包まれる。

「いよいよかな。」

「うん。」

今か今かと待っていると、夜空と水面みなもで花火が炸裂した。

「わあ!」

「凄いや!」

花火と鳥居のコラボレーションが実に見事だ。

「鳥居ちゃんの鳥居越しにみる花火って綺麗だね!」

「世界遺産だからね!」

鳥居ちゃんが誇らしげだ。


船から海に仕掛け花火が打ち込まれる度に、水面で次々に花開いて水面みなもを揺らし、鳥居を輝かせる。あまりに素晴らしく、瞬きもできない。

次々と炸裂する連発花火で、花火大会はクライマックスを迎えると、島を包んでいた興奮が消え、ザワザワとした喧騒が戻ってきた。



楽しくお喋りしながら戻ってみると祭神たちと仏像たちが号泣しており、ミカエル君と鳥居ちゃんが慌てた。驚いた鳥居ちゃんの尻尾はいつもの2倍に膨らんでしまった。


2人ぼっちの花火大会は今年が最初で最後だ。祭神たちがミカエル君と鳥居ちゃんを、

お祭りの時だけ、一般人とも交流出来るようにしてくれたから。

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