貴女は私の巫女姫様 7
今すぐには…帰れない…。それは困る。っていうか、そもそも私はこちらの世界に来ようと思って『扉』とかいうものを通ったわけじゃない。
向かいに座る、元不審者男を縛り上げようと思って手に触れて、光に包まれたと思ったら、もうここにいたんだから。
「レイ、私さぁ…別に異世界に行きたーい!!とかって思ってたわけじゃないんだけど、ただレイの手に触っただけで、何でここに来れちゃったんだろう。考察が好きそうなレイなら、予想がつくんじゃないかと思って。」
私は両手で顔を包み込み、大きなため息をついた。
「…………恐らくそれは、僕が命の危機を感じていたからだと思う。……あのさ、えっと…その…エリィさんが僕にやったことってさ………男性にとっては地獄のように痛くて………死ぬほど苦しいことだったのでね……。僕の魂が、生きるために必要な、正しい魂の場所へ引っ張られることで、勝手に扉の魔法が作動したんだと思う。」
出会ってまだ1時間程の体感だけれど、少しずつレイの口調が、やわらかくなってきた気がする。
少し前までは、私のことを、どちらかといえば怯えていたけれど、私の口調に巻き込まれてきたのかな。その方が、警戒心を持たなくて済むから、少し気が楽になって嬉しい。
「魂は、常に自分の正しい場所へ帰ろうとするからね。僕の場合はこの世界。エリィさんの場合は、あちらの世界。ただ、魔力さえ充分に確保ができていれば、魂が強制的に引きずられるようなことは無い…はず。まぁ、過去の巫女姫や、迷い子達の…。あ、迷い子っていうのは、次元の綻び、僕らは『穴』って呼んでるんだけど、偶然こちらに来てしまった、エリィさんの世界の人のことを言うんだけどね。その人達の話が記録されたものには、あちらの世界に戻った人はいなかったはずだよ。」
「その迷い子さんたちは、ここでずっと暮らしたってこと?巫女姫って人も?」
「そうだね。記録を見る限りは、迷い子達は、こちらの世界で命を女神に返したようだよ。僕の考えでは、『穴』に落ちて、こちらの世界に来てしまったとしても、妖精から魔力の自然に補給できるから、魔力が枯渇することはないしね。それに、偶然『穴』に落ちた場合は『道』ができていないから、こちらから『扉』を開けて『道』を繋ぐには、魔力も必要だし、扉の魔法も使えなきゃならない。しかも、巫女姫がいらっしゃる世では、新たな『扉の魔法』は作動しないんだ。」
一気に話し終えたレイは、ポットからお茶をそそぎ、ゆっくりと飲み干した。そして、再度口を開く。
「巫女姫については、すごく特殊な条件があるから、エリィさんが候補者認定を受けたら、またゆっくり説明するよ。」
ん?なんか今、新たなワードが飛び出した気がするけど…。
「候補者認定って、何…?」
「あぁ!候補者認定はね、各国にある巫女の塔の支部があってね。そこにある水晶珠で、魔力のキャパシティを調べられるんだ。キャパシティが水晶珠を満たした人は、巫女姫候補者になるんだ。」
「へー………巫女の塔とか水晶珠とか………RPGか何かの世界みたいねー………。」
急にたくさんの情報を得すぎたかな…。少し頭が痛くなってきた…。
カップを持って、レイのずっと先にある窓を見つめて、少し…不安な気持ちが襲ってきていた。
視界に入るレイは、心配そうな顔をして私を見つめている。
「…エリィさん。とりあえず今日は休むといい。部屋は先ほど、侍女に客間を準備させたから、もう用意はできているはずだ。こちらで過ごす為の準備は、すべてこちらで用意するが、必要なもので、この世界で手に入るものなら、侍女にでも僕にでも伝えてくれれば、できる限り用意しよう。…………大丈夫かい?エリィさん。」
レイは、相変わらず心配そうに私を見ているけれど、強気でいた私の心も、少し限界が来たようだった。
遠くを見つめながら、自然と涙がポロポロとこぼれる。
「あっ、ごめんねー!気にしないで、ちょっと色々朝からありすぎてさー。美味しいもの食べて満腹になったら、気が抜けちゃっただけだから!」
手で涙を拭って、強がりの作り笑いをする。
父が旅に出て、これから当分一人で生活するのかと、少し不安になっていたところに、お風呂事件からの、想像もできなかった異世界転移…。
誰かに少し甘えたいと思った。不安な時は、父が側にいてくれて、悲しい時は、なぜか父の方がたくさん泣いていた。辛い時は、そっと頭を撫でて一緒にいてくれた。
そのおかげで、私は狭くて苦しい現実の中で、生きて来られたんだなぁ…。
「本当に申し訳ない…。元はといえば、僕が不審者に誤解されるような行動を取らなければ、エリィさんが身を守る必要も…強制的にこちらに連れてくることもなかったんだ。」
「いやもう、本当に気にしないで!大丈夫だから、ねっ!私だって、飛び膝蹴りしたし、お互い様ってことで、ねっ!ただ、こっちにいる間は、何にもわからないから、レイに甘えさせてもらおうと思いますので、よろしくお願いしますっ!」
急に、少し前のしっかりモードのレイに戻ってしまい、泣いてしまったことで、酷く気を使わせしまった…。
この雰囲気をかえたくて、レイにやった飛び膝蹴りのことも言っちゃったけど、レイは顔色を変えることはなかった。
泣いている照れ隠しをしようと頑張っているのを、見透かされているみたいで、恥ずかしすぎる。
「………エリィさん、泣きたいときは泣いた方がいい。」
そう言うと、レイは立ちあがり、私の右に座る。
元々、私が二人がけのソファの真ん中に座っていたので、ものすごく距離が近い。
「涙を我慢をすれば、それだけ次に泣けなくなる。泣けなくなれば、心は……凍るよ。」
レイの両手が、私の頬を包み込む。親指で、流れた涙をそっと拭ってくれる。
急なことに、顔が真っ赤になるのがわかる。こんなことされたの、父や祖父母以外で初めてだし!
「え、あ、ちょっ、あのレイ…さん?あの大丈夫だから、手を、あの離してもらっても…………あっ!?」
しどろもどろになりながら、どうしていいかわからなくて、ただ真っ赤になっていると、その両手がそっと背中に回され、レイの胸の中に、包み込まれるように抱き締められた。
「誰も見てない、僕も見てない。だから、今は泣くといい。」
そう言うと、右手で私の髪をそっと撫でてくれる。その優しい触れ方に、先ほど無理やり止めた涙が…止まることなく流れ出る。
そっか…私…。こんなに不安でいっぱいだったのか…。
レイの温もりに包まれながら、私は静かに泣いた。
小さい頃、ママがいないことに、どうしても納得できなくて、どうしていないの?と泣き続ける私を、パパが抱き締めてくれて、いつまでも撫でてくれたことを思い出した。
そんなことを思いながら、安心しきって泣いていたので、私はレイの、酷く無機質なつぶやきを聞き逃してしまっていた。
「必ず…必ず帰してあげるよ、エリィ。僕の大事な巫女姫様…。」




