貴女は私の巫女姫様 5
「私は、神崎絵梨衣。皆はエリィって呼んでる。ちなみに、あなたが現れたところね、水に濡れて、それから倒れた場所…。あそこ、私の家のお風呂場だから…。どうして、自分が気絶させられたのか、少し考えてもらえたら嬉しいかな。」
未だに、先ほどの恐怖からか、緊張したままの目の前の男が気の毒になってきて、最後に少し笑顔を向けてみた。
どうやら「私の家のお風呂場」という言葉に、大変失礼なことをしてしまったとでも思ったのか、真剣に反省している表情になった。
「レディ…、エリィ様とお呼びしても?」
「別に、様付けいらないから、エリィさんとかでいいんだけど…。」
「いや、お客様であるレディを気安く呼ぶことはできないからね。では、エリィさんと呼ばせて頂くね?」
「ええ、どうぞ。」
「では、エリィさん。まずは、心からの謝罪を…。大変申し訳なかった。僕が、あのようなことをされても……………当たり前だ…………。それは僕に非があることだ………。」
どうやら、気絶したときの痛みと恐怖に再び襲われたらしく、下を向き少し青白い表情になるが、すぐに気を取り直したらしい。
「僕の名前は、レイナード・ウィル・サフィーリアと言う。レイと呼んでくれ。」
そういうと、レイナードと名乗る男は、柔らかな笑みを浮かべた。
出会いさえ、お風呂場の不審者でなければ、すべてが整った顔立ちに、金髪碧眼の超美形男子で、ひとめぼれしていてもおかしくなかったと思う。
「じゃあ、遠慮なく…レイさん。」
「レイと呼び捨てで構わないよ。こちらの貴族の世界では、様付けされるか、呼び捨てされるか、どちらかの場合がほとんどだからね。」
「じゃあ、レイ。」
「様付けの選択肢は、全くなかったんだね。」
悩むことなく、呼び捨てを選択した私に、さわやかな笑顔を浮かべている。
なーんだ、お風呂場不審者だと警戒ばかりしていたけど、優しいし、良い人そう。
「レイ、確認なんだけど、この世界は、私とレイが会った、私の世界とは違うってことで間違いない?」
「そうだね。」
「さっき、妖精がどうとか、魔法がどうとか話してたと思うんだけど、ここって、妖精が実在してるの?」
「あぁ、今エリィさんの周りでも、風と水の妖精がダンスしてるね。」
「へっ!?」
周りにいるよと言われて、キョロキョロと探してみるけれど、『ここだよー♪』とか『エリィっていうんだー♪』とか、声は聞こえるも姿が見えない。
「妖精は、この世界には当たり前に、そして、全てのものに宿る存在なんだ。このサンドイッチにも妖精は宿るし、僕の指や爪にだって妖精が宿る。」
お皿の上の、ひと口サイズのサンドイッチ(って言ってたから私の知ってるサンドイッチと同じみたい)を手に取りながら、言い終えると、レイはパクりと食べる。
「確か、エリィさん達の世界にも、すべてのものに神が宿るみたいな教えがあったと聞いたことがあるが…。えーと確か…ヤオ、ヤオロ…」
「ひょっとして、『ヤオヨロズ』って言いたい?」
「それだ!先代の巫女姫が、ヤオヨロズに神様がいるような話をされていたんだ。すべてのものに、神が宿っているというようなことだったかな?」
両手をパン!と合わせ、曖昧な記憶に答えが出たのが嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべながら、「すべてのものに神が宿るなんて、すごい世界だ。しかし、神への信仰は、唯一神ではなく、全てのものに信仰をするということなのだろうか…」とか、また一人の世界へ旅立っている。
どれぐらい一人の世界にいるのか、少し様子を見ながら、レイが食べていたサンドイッチを、少し頂く。あ、ハムに似てる感じのお肉みたいなのが、何枚か挟んである。おいしー♪
そういえば、朝ごはん食べてなかったんだ。ひと口食べると、急にお腹が空いてきた。
隣のサンドイッチは、これは卵じゃないかな?黄色だし。うん、やっぱり卵サンドだー。でも、マヨネーズと混ぜたみたいな味じゃないなー。なんだろう?塩コショウの味付けに、何か混ぜてるのかな?
他にも何種類かあるけど、ちょっと他のものも食べてみたいしなー。
こっちは、カットフルーツみたいなやつ。これは、クッキーで間違いないよね、きっと。あとは、カップケーキみたいな感じの、でも色が緑混ざってる…。野菜みたいなのを練り込んでるのかな?
焼き菓子系が甘かったら、後でフルーツ食べると酸っぱく感じるかもしれなあし、まずは、このフルーツだと思うものを食べてみようかな♪
わー!これ、パイナップルみたいな黄色と思ったら、本当にパイナップルだー!じゃあ、こっちのリンゴらしきものは……おぉ!リンゴだー!もしかして、食べ物に関しては、異世界でもあんまり変わらないのかも…。名前が同じかはわからないけど。
よーし、じゃあ次はこっちの焼き菓子食べてみよーっと♪緑のケーキみたいなのは、どんな味なのかなぁ~
「あの、エリィさん、エリィさん!…僕の癖で、また一人で考え事をしてしまっていたようで、失礼しました。」
癖ってわかってるのなら、いいんだよレイ君。
お皿の上の食べ物は、かなり数を減らしていて、私の手には緑のカップケーキ。
「どれもお口に合いましたか?」
クスクス笑いながら、私のカップにお茶のおかわりをいれてくれている。ちなみに、お茶は紅茶系の味。砂糖やミルクは入れないみたいで、用意もされていないので、きっとこの世界では、これが定番なんだろう。
「どれも美味しくて、止まらなくなっちゃった♪私の世界にある食べ物と変わらないし、味もほとんど同じで、なんか不思議な感じ。ちなみに、これってどんな味?」
レイに、手に持ったカップケーキの味を聞くと、笑顔で「美味しいですよ。」とだけ言われる。
まぁ食べて見なきゃわかんないか!と思い、ひと口サイズにして、口の中に入れると………
「にーがーーーーっ!!!!!」
口の中に広がる、なんとも言えない苦味苦味苦味!!!
あれよあれ、ゴーヤだ!ニガウリだ!あの苦味の凝縮したやつだー!!!急いで隣のクッキーを食べると、甘くて美味しい~普通のクッキーで良かった~!
「クッ………プフッ…………クフフフッ………」
目の前には、必死で笑いをこらえているレイの姿。…後で覚えてろよ…。
「そ……プフッ………それは、目覚めの薬草を練り込んだ………クフフフ………ケーキですね。目覚めの悪い子ども向けの、定番の朝ごはんなんですよ!ありえない程、苦かったでしょう?僕も初めて食べた時は、小一時間泣きましたよ!身体にはとても良い薬草なんですがね、甘くしても苦味が消えないので、目覚ましの最終手段でもありますね(笑)」
笑いを堪えながらも、細々説明してくれているが、確信犯なので、間違いなく、気絶させた仕返しされたんだと思う。
優しい人かもとか思った私、さようなら。やっぱりこの人は警戒しよう。
「ケーキのことは、とりあえず許したげる。それよりも、大切なことを聞きたいの。」
「はい。」
「私は…自分の家に帰れるの?」
そこが一番重要な話だ。だって、早朝で、これから大学にも行かなきゃならない。いつ、電話やスマホやパソコンに、父から連絡が来るかもわからない。
大学にも来ていない、いつまでも家には不在では、スマホも家に置いたままで連絡がつかないとなれば、間違いなく捜索願を出されてしまうし、父は気が狂ったように私を探すのが、
目に見えている。
真剣な表情に戻ったレイは、少し考え込んだ後、優しく笑って答えた。
「ええ、帰ることはできると思いますよ。おそらくエリィさんは、僕の『巫女姫候補者』ですから。」