ミエナとミレフレルの事情
「ごめんな、ミエナ。俺が力不足なばっかりに……。」
「私こそごめんね。いつも力の加減がきかなくて…。」
ルシェルと絵梨衣が去った後、ミレフレルは、その場にいた者達にてきぱきと指示を出し、事後処理を行っていた。
巫女姫が亡くなってからというもの、ほぼ毎日このように魔物が綻びから入ってくる。
元々、物理的な攻撃方法や、攻撃魔法が得意な物達で、肉の調達に外に出て魔物を狩ることはあるが、魔力が満ち足りた中で群れを成さない魔物をほふるのは、それほど危険な仕事ではなかった。
しかし、今は違う。城内に入り込む魔物は、魔力が弱くなっていることを見抜き、我先にと綻びから侵入してくる。
それを倒し、肉を分け、清掃までを行うのがミレフレルの日課だった。
しかし、今日はいつもより数が多く、防御魔法を得意とするミレフレルは、防戦一方となってしまった。
それは、仕方がない。ルシェルに、ミレフレルとミエナや、あと数人しか、妖精から満足に魔力を得ているものはいない。
日々減っていく魔力を温存しながら魔物と戦うのは、無理な話なのだ。
ミエナの炎で燃え尽きていない、食べられる部分の肉は既に取り分けてある。
隣り合っている、ミレフレルとミエナは、ミエナが火の妖精の力を借りて魔物の残りを燃やし尽くし、それをミレフレルは水と風の妖精の力を借りて、綺麗にしていくという作業を繰り返していた。
「俺がもっと強ければ、ルシェル様に助けてもらわなくても、しっかりやれるんだ…。クソッ…!」
「ミールはすごいよ!すごく強くなったよ!幼なじみとして、すごく誇らしいんだよ!」
悔しそうな顔を見せるミレフレルに、ミエナは作業の手を止めて、ミレフレルに力強く伝える。
しかし、ミレフレルは納得がいかない顔をしている。
「俺は、ミエナを守れるぐらい強くなりたいんだよっ!危ないときは、いつもミエナに助けてもらってばっかりだ…。それじゃダメなんだ!!」
「ミール…」
水の妖精の力が、大きく弾けてまわりに飛び散った。
ミエナは驚いてミレフレルの顔を見つめる。
「ミールは、すごく強いじゃない…。魔術学校に入った時は全然魔法も魔術も使えなかったのに、一生懸命頑張って、2年生から今までずっと首席じゃない!宰相にまで選ばれて、何だかちょっぴりミールが遠くの人になっちゃったなって思って淋しいぐらいだよ…。」
作業を再開しながら、目を潤ませるミエナに、ミレフレルは焦ってしまう。
泣かせようと思った訳じゃなかった。まさか、自分が頑張って来たことで、ミエナが淋しい思いをさせたかったわけではない。
…もう絶対泣かせたくないと思ったから、ミレフレルは魔術学校で死ぬもの狂いで努力したのだ。
「えっ!??いや!俺はいつでも隣に住んでるし!!」
「そういうことじゃないよ、ミールってば…フフッ。」
慌ててミエナに言うと、彼女は瞳に溜まった涙を片手で拭いながら、声を出して笑った。
生まれた頃からお隣同士の二人は、物心ついた頃からいつも一緒にいた。
ミエナの父親が、他国に派遣される魔術師だったこともあり、ストリアに戻るのは数ヶ月から数年に1回だった。
ストリアは、結婚しようがしまいが、性別関係なく皆が協力して働いている。
それに漏れず、ミエナの母もミレフレルの両親達と共に、農園の管理を行っていたので、ミエナとミレフレルも手伝っていたので、朝から晩まで共に過ごすことも多かった。
しかし、幼い頃のミレフレルは、体も小さく、気も弱かったので、よく近所の子ども達から弄られていた為、その頃から魔法の才能を発揮していた(しかし、本人に自覚は無かったが)ミエナに助けられていたのだ。
「俺は…守れるぐらい強くならなきゃいけねぇのに…。」
「そうだね!ストリアを守れるぐらい、強くなりたいね。頑張ろうね!私も頑張るね。」
「そういうことじゃねぇ………いや………おぉ…。」
「そろそろ、これで清掃作業終わったかな?」
「あっ、おぉ…。ありがとな、ミエナ。」
「ミールと一緒なら、いつでも手伝うから言ってね。」
「おぉ…ありがとな。」
二人は肩を並べて上層階の通路がある場所へと向かって歩いていく。
ミエナより頭ひとつ身長の高いミレフレルは、幼い頃は小さかったが、魔術学校に入った後は、成長期を迎えてすくすくと大きくなり、また本人の密かな鍛練の成果もあって、ほどよくたくましい青年へと成長していた。
「………あ、そういや、巫女姫候補者様の付き人なんだよな?あの候補者様は、巫女姫になってくれそうか?」
「わからない…。でも、エリイ様は私とほとんど同い年で、ルシェル様とも気さくに話してたから…なってくださるといいけど…。でも…巫女姫様になる為には、結婚が条件なんだよね…。」
「まぁ別に結婚しなくても、愛し合った上で契りさえ交わせば、問題ないらしいけどな。」
ミレフレルの、特に何も気にしない、魔術師らしい含みの無いあっけらかんとした物言いに、ミエナは思わず頬を染めてうつむいた。
「そういうのは……やっぱり結婚して一生一緒にいようねって約束してからが…いいんじゃないかな…。ミールは、あんまり気にしない…?」
「えっ………?まぁ、巫女姫になれるなら……あっ!!!いやっ!!!そうだよな!!!そういうのは、結婚前じゃダメだよな!!!ほらっ!!家族に挨拶とかして、きちんとした方がいいと思うぞ!俺も!」
ミエナの伺うような視線に気付き、ミレフレルは大慌てで否定する。
ホッとしたように小さく息を吐いたミエナに、ミレフレルも短く息を吐いた。
「やっぱり、お互いの気持ちを確かめあって、愛を育んでから、結婚したいよね…。だから、エリイ様に巫女姫様に今すぐなって欲しいとは思っても、無理強いはできないよねって思って…。」
「でも、巫女姫様がいなければ、ストリアは長くは持たない。俺もミエナも、ここに住まなければ、岩山に住むからこそ得られた魔力のキャパシティ減少するだろう。派遣魔術師達の仕事にも関わってくる。そして……本当に、故郷を捨てることになる…。」
国の未来の話になり、じっと前を見据え語るミレフレルは、まだまだ若いが宰相の風格か漂っていた。
ミエナは、そんなミレフレルを、少し熱のこもった、眩しいものでも見るような視線で見つめる。
「俺は、ミエナを守って、ここで生きていく為には、巫女姫様を何とかして迎えるか、魔術工機を、何とかして実用化するしかないと思う。」
「えっ…?」
話に熱くなりすぎたのか、思わず本音が漏れているのに気づかないミレフレルに、ミエナは驚いたように声を出した後、なんとなく彼から目をそらし、反対側を向いた。
「いや、だからミエナと一緒に生きる為にも、巫女姫様ダメなら、俺が研究所の工機の開発を進め………おっ!あっ!!そっ!あっ!わーーーーーーっ!!」
熱く自分が語っていた言葉に気付き、ミレフレルの顔が爆発しそうな程赤くなる。
赤くなるというか、もう茹でダコより赤い。
「あれだから!あのっ、ほらっ!!!隣同士で一緒に協力して生きていこうなっていうなっていう、なっ!!!」
「うん、そうだね…。一緒にいつまでも協力していけたら…いいよね。」
焦っていいわけをしているミレフレルを見ながら、ミエナは一瞬、寂しげな表情を浮かべ、また普通の笑顔に戻った。
それに気付いたミレフレルは、思わずミエナの左手首を掴む。
掴まれたことに驚いたミエナは思わず立ち止まり、ミレフレルはミエナを見つめる。
「俺……俺が色々頑張ったのは、その……ミエナのせいだからなっ!!!」
「私のせいなの…?何か…私と一緒にいて嫌な思いしてた…?」
「ちっ違う違う違う違う違った違ったーっ!!!ミエナのせいじゃなくて、ミエナの為だっ!」
「えっ………?」
「ミエナを…………俺の力で守りたかったからっ………!!だからっ!」
ミエナを見つめるミレフレルは、いつになく真剣だった。
いつもなら、少し茶化して話を流すミレフレルだったが、今日は違うらしい。
ミレフレルは、ミエナを掴んだ手を離し、真っ正面から彼女の両肩を力強く掴んだ。
「俺は、ミエナがっ!」
「ミール…………お前…………こんなとこで何やってんだい………。」
「かっ!かぁちゃん!!!!!」
「あ、おばさま!怪我はないですか!?農園も大丈夫でしたかっ!?」
現れたのは、グレーの髪を大きなおだんご頭にした、恰幅の良い肝っ玉母さんを思わせる、鬼の形相のミレフレルの母親だった。
街には、事後処理にあたっていた他の魔術師が、ふたりと同じように上階へ戻ろうとして移動していたし、避難していた住人が戻ってきていたので、周囲の人も、ミレフレル宰相と、若手ナンバーワン魔術師のやりとりを、チラチラ見てはいたのだが…。
ミエナは、顔面を真っ青に染めたミレフレルから離れ、彼の母親に抱きつきに行った。
「聞いたよ!ミエナちゃんが、また魔物をやっつけてくれたんだろ?ミエナちゃんこそ、怪我はないかい?」
「うん、大丈夫。ミールも皆を守ってくれて、大活躍だったのよ!」
「そうかい!あのバカ息子が、ちょっとでも役に立って良かったよ!あぁ、ミエナちゃんのお母さんも、もちろん無事だからね!農園も、皆で何とかしたから大丈夫さ。」
「良かった………!」
「………それよりも………わざわざ緊急に個人宛の呼び出しをしたってのに………すぐ来なかった宰相様はどこのどいつかねぇ…。」
優しくぎゅっとミエナを抱き締め返しながら、怪しく光る瞳でミレフレルを見据えた。
「いやっ……はいっ……ごめん、かあちゃん………。」
「どうせまた、目先のことに気をとられて、忘れてたんだろ?全く……。」
「おばさま、それは許してあげて!ルシェル様が巫女姫候補者をお連れになったの。それで、緊急連絡が来た後に、偶然候補者様と会ってしまって…。」
「巫女姫様をお連れになったのかい!?ルシェル様が!?」
「そうなの!びっくりするでしょ!?だからね、ミールはお会いしたからには失礼がないようにって、挨拶をしてくれてたの。だから、緊急事態だったのに、遅れてしまってのは許してあげて…。ごめんなさい、本当に…。」
ミエナは、ミレフレルの母親から離れると、真っ青から真っ白の表情をして、深々と謝るミレフレルの側に駆け寄り、そっと彼の腕を両手で掴んで、一緒に深々と頭を下げた。
「…全く。毎度ミエナちゃんに助け船出してもらって…。巫女姫様とミエナちゃんに免じて、今回は許してやるよ。」
「ありがとーっ!!!かあちゃん!!!ミエナも、ありがとなっ!」
「良かったね、ミール♪」
大きなため息をついたミレフレルの母親は、ミエナの両手を自分の両手でしっかりと包みこんでお礼を言う息子の姿を、目を細めて見つめていた。
「じゃあ、あたしは家に戻るからね!ミール!巫女姫様に失礼のないようにするんだよ!!!ミエナちゃん、またね。」
「わかってるよ!」
「はーい!夜、またうかがいますねー。」
家路につくミレフレルの母親を、二人で見送るが、その手は先ほどのままだった。
先にその事に気付いたのはミエナで、思わず顔を赤らめる。
「ミール…あの……」
「えっ?あっ!悪いっ!」
二人して顔を真っ赤にして、ミレフレルは、ミエナの小さな両手を包み込んでいた手を、慌てて離した。
「いつまでも掴んでて、ごめんな。宰相になったなら、人との距離を気をつけろって言われてばっかなのに…。」
「そうなの?」
「あんまり気軽に触れるのは、よくないらしい…。俺は近すぎるらしい。特に女性には恋人以外に触れないって言われたばっかなのに…。」
ミレフレルは下を向き、自分の手のひらを見つめる。
すると、そこにそっと手がのせられた。
ミエナの手だった。
「幼なじみなら………触れても平気だよ?」
「ミエナ…?」
「小さい時は、毎日手を繋いでたんだから、今だって大丈夫だよ!ねっ♪」
ミレフレルは、のせられた手を優しく手のひらで握りしめる。
そうすると、ミエナの顔がポンッ!と音がなったように、赤く染まった。
「ミエナ?」
「…自分で言っときながら、なんだか照れちゃうね。もう…子どもじゃないから…。」
「……っ!!」
ミエナの、潤んだ瞳で包まれた手を見つめる様子に、ミレフレルの心臓も急激に動機を激しくした。
そして、ドキドキしすぎて、顔をどんどん火照らせながら、硬直してしまっていた。
その時だった…。
「私にも、ミールを守らせてね…。」
ミエナは、一歩前に踏み出し、ミレフレルの胸に頭をコツンと預けた。
その事に驚いて、ミールは慌てて手を離してしまい、ミエナが前に倒れそうになるのを、ギュッと抱き締めた。
「ミエミエミエミエナッ!?」
「……ミールの一番近くの女の子が………私だったらいいな。」
ミエナが、ミレフレルに聞こえるか聞こえないかの声で呟いたそれは、しっかりとミレフレルに届いていた。
「俺の一番近くの女の子は……あの…それは…あれだ、あれ。」
「あれ?」
「ーーーっ!!!おっ!お前しかいないだろっ!!!」
ミレフレルは、道の真ん中でおもいっきり叫ぶ。
二人が幼い頃から暮らすこの街の人間は、ミレフレル宰相のことも、ミエナのこともよく知る人ばかりだったので、皆、、笑顔で見ないふりをしてくれていた。




