貴女は私の巫女姫様 4
…うーん、どうしようかな………。
男が寝室から出ていき、隣の部屋から誰かを呼ぶような声が聞こえる。
私はひとり、不審者の寝室にいるわけだけれど、ソファでゆっくり座ってという気にもなれない。
だって、侍女を呼びにいくとかなんとか言って、仲間を連れてくる気なのかもしれないし、臨戦態勢をとっている方がいいんじゃないかなとか考えている。
ただ、話している感じでは、あの不審者の男が悪意を持っているようには思えなかった。
寝室から逃げようと思えば、いくらでも逃げられそうではあるが、ここがどこなのかわからない以上、外に出て新たな不審者に会うとも限らない。
…まぁ…格闘技を極めてる相手とかじゃなければ、勝てる自信はあるんだけどね…祖母に色々仕込まれたから。(何をとは言わないけれど…)
「うーん…。ここで待って、様子を見るのが一番かなぁ…。」
服装もパジャマ兼部屋着のままだし。外に逃げるにも裸足だし。なんか疲れたし。いいや、ソファ座ろ…。
「わっ…!」
ローテーブルに、二人がけソファと、一人がけの椅子が2脚ある、簡易の応接セットの、二人がけのソファの真ん中に座ると、フワフワだけれど沈み混まない弾力で、すごく座り心地が良かったので、思わず嬉しい声がこぼれた。
『ウフフフ♪ねぇねぇ、このソファ気持ちいい?僕たちが中の綿をいつもフワフワにしてるんだよ!』
「え!?誰!?」
ソファのフワフワが気持ちよくて、お行儀が悪いと思いつつ、座りながら少しだけピョンピョンとしていたら、急に子どものような声で話しかけられる。
立ちあがり、キョロキョロと周りを確認するが、誰もいない…。何…なんなの誰なの。とりあえずソファから離れようとすると、『待って待って~!』と焦ったような声がする。
ん?この声って、私のすぐ側からしてるような…。
『こんなに魔力があるのに、どうして僕たちが見えないの~?不思議だな~。』
『不思議な服を着てる、巫女姫様もこんな服着てるよね~♪』
『ねぇねぇ、ソファに座って座って♪フワフワでピョンピョンしてもらうの、大好きなの~♪』
声の主は、一人ではないらしい。そして、ソファに座って貰いたいようで、周りから次々と『座って~』『フワフワピョーン!』等々の声が聞こえる。
何?何なの?オバケ?幽霊?そういうのは怖くはないけど、ここまでハッキリとたくさんのお喋りの声が聞こえると、さすがに少し恐怖を感じる…。
トントントンッ!
ソファの前に立ち、声の主はどこなのか、どうしたらいいものかと考え込んでいると、先ほど男がでていった寝室の扉がノックされる。
「僕だ。入って大丈夫かい、レディ?」
と男の声がした。
「どうぞ!」と少し大きな声で応えると、男がお茶と、パンやお菓子のようなものを装飾が素晴らしい台にのせて入ってきた。
あれだ、ホテルとかでルームサービス持ってきてくれるやつの、豪華なバージョンだ!あの台!
「お待たせして申し訳ない。侍女は隣の部屋で待機させている。知らない人間がたくさんいると、詳しい話もできないのでね。」
そう言いながら、応接セットのテーブルに、お茶セットと軽食を並べて行く。
ティーポットとカップ&ソーサーは、真っ白の中に大きな何かの紋様が入った、シンプルで素敵なものだった。
軽食も、サンドイッチみたいなものや、クッキー等の焼き菓子、あとは、日本で見たことのない、フルーツと思われるようなものが、カットされて並んでいる。
並び終えると、男はソファ向いの一人がけ椅子の向かって右側に座る。
「…ソファ、座らないのかい?それともまだ………警戒しているかな?」
男は、ソファの前で突っ立ったままの私の心配というより、警戒されて自分がまた先ほどのようなことをされたらどうしよう…と不安に思っているのが見てとれる。額から汗が垂れてますよー。
「えっ、いや……あの……座ったんですけど、子どもみたいな声で話しかけられて。」
「あぁ、妖精達かい?ソファをフワフワにするのが趣味のようだよ。ソファの妖精には、話をするような力は無いだろうから、恐らく風の妖精と水の妖精じゃないかな。湿度と乾燥の調整が難しいらしいよ。」
ティーポットのお茶を、私と自分の分と注ぎ入れ、どうぞと手で勧める。
「…妖精…?」
なぜここで、父の追い求める妖精なんて言葉が出てくるんだと思いながら、座る様子のない私をみて、長くため息をはき、男は話を続ける。
「この世界には、全てのものに妖精が宿る。人が作った物であれ、植物であれ、動物であれ、そして人であれ、生まれたその時に妖精が宿り、魔力を持って生まれるんだ。そして、人は妖精の生み出す魔力を使い、魔法を使う。魔力をどこまで蓄えられるか、その容量は人により違うが、使えない人間はいないよ。なぜなら、人自体に妖精が宿るから、魔力がなくなることがないからだ。そして、異世界から来る者も、例外ではない。まぁ、元々生まれもった魔力がある者が、この世界との次元の切れ目のような場所に、偶然迷い込んでやってくるのは、稀だけれどもね。確か、レディ達の世界では、『神隠し』とか言うと先代が仰っていた気がするな。ただ、異世界の人間は、偶然来ることが出来ても、帰ることは出来ない。帰る為の扉を開く魔法に使う魔力が、圧倒的に足りないからだ。例外を除いてね。」
時々お茶を飲みながら、椅子に座る男は、未だに「しかし、僕は帰りの扉を開くような魔法を使った覚えはないのだが…」とか、「命の危険が迫ると、正しい世界に魂が引っ張られるとか記述にあったような覚えがあるな…。ということは、僕はレディにあのような恐ろしい行為を受けて、魂が命の危険を感じたから勝手に引っ張られたのだろうか…。」とか、つぶやき始めている。
「いや、しかし魂が引っ張られただけであれば、僕はともかく、レディまでこちらの世界に共に来ることはできないはず…。ということは、」
「あのー、もしもしー」
「開いた扉に触れずとも、道さえできればどこからでも戻ることができる可能性もあるということか。だが、扉に入ることができるのは、魔力が」
「ちょっと、人の話を聞いてもらっていいですか?………ねっ?」
一人の世界に入ってしまった男の後ろから、両肩に手をおき、少しだけ、ほんの少しだけ力をこめ、後ろから男の顔をのぞきこむ。
なんちゅう綺麗な顔立ち…。近くでみても、欠点なんてひとつも見つからない。
そして、今にも吸い込まれそうな碧い瞳が、半泣きになったことで、深い森の奥にある美しい泉のようになっている。
「はっはっはっはっ、はいっ!申し訳ございません!どうぞレディ!」
真横にある私の笑顔に、半泣き&恐怖に震えだした男は、上半身をピシッとし、ようやく話を聞いてくれる状態になってくれた。
…このまま話すのはかわいそうすぎるので、向かいのソファに座ってあげよう…。
肩から手を離すと、あからさまにホッとした様子で、お茶に手を伸ばすところを見ると、私に倒されたことが、相当トラウマになっているらしい。
ソファに座ると、周りから『わーい♪フワフワでしょー!』『レイはいつも、フワフワでピョンピョンしてくれるんだよー!』と楽しそうな声が聞こえてくる。
「この世界が、私がいた日本とは違うことはなんとなくわかったわ。でも、とりあえず、お互いに自己紹介をしましょ。このままじゃ、あなた、お風呂場に現れた、ただの不審者なんだけど。」