12
「早く帰りたいとは思うけれど、少し準備があるから、部屋で待っていてくれるかい?」
玄関を入ると、レイは雑貨屋の紙袋から小さな箱を取り出すと、紙袋をフィリアさんに渡して、スチュアートさんと応接室に行ってしまった。
そして、私はフィリアさんと一緒に、自分の部屋へと戻った。
部屋に入ると、フィリアさんが紙袋を書斎机にそっと置いて、お茶の準備をしてくれた。
応接セットのソファに座って、フィリアさんのいれてくれたハーブティーを飲むと、何だか家に帰ってきたような気持ちになって、ホッとした。
「エリィ様、無事に候補者になられて、安心致しました。」
「はい…。ちょっとトラブルはあったんですけど、合格出来て良かったです。」
「あら、トラブルが?大丈夫でしたか?」
「私は特に何も問題なかったんですけど…。レイが、これから大変かも…?」
「あら、エリィちゃんが無事なら、レイはどうでもいいわよ。」
急に素のフィリアさんに戻ったので、ちょっとお茶を吹き出しそうになったのを、なんとかこらえた。
「でも、エリィちゃんが帰っちゃうのは、少し淋しいかな…。勝手に、妹が出来たような気持ちでいたから…。男ばっかりでむさ苦しいしね、ここ。」
「フィリアさん…本音がだだ漏れてます…。でも、私もフィリアさんに会えないのは淋しいです。」
「ありがとう、エリィちゃん。でも、一番会いたいのは、レオよねー…。明後日までは、宿舎で待機だから帰ってこられないのよね。」
「あの…もしよかったら、フィリアさんも座って下さい。一緒にお茶を飲めたら…と思ったんですけど、立場的に、ダメ…ですか?」
フィリアさんは、応接セットのテーブルの横にずっと立っているので、私としては座ってもらって一緒におしゃべりしたいけれど…。
侍女長さんって立場を考えると、よくわからないけど、ダメなのかも…。
「本当は、お客様と一緒に座ってお茶なんて、絶対ダメなんだけどね。こっそりお茶しちゃおうかな♪」
「内緒ですね♪」
「スチュアートにバレたら、大目玉だから。ちょっと待っててね。」
フィリアさんは、自分のティーセットをテーブルに置いてから、書斎机に置いた雑貨屋さんの紙袋を持ってきてくれた。
私にそれを渡した後、向かいの椅子に座った。
「レイからエリィちゃんへのお土産?」
「はい、ちょっと色々あって、それのお礼だって。」
フィリアさんは、そう言うと、私のお茶のおかわりと、自分の分のお茶を注ぐ。
私は、紙袋から、小さな箱を2つ取り出して、テーブルに置いた。
箱を開けると、それぞれ、夫婦鳥と獅子が、白い布に包まれて入っていた。
「あら、香木の人形ね。私も小さい頃、レオのお母様に頂いて、レオとおままごとして遊んだわ。今も部屋に飾ってあるけれど。こっちは、夫婦鳥なのね。」
「はじめにかわいいなと思ったのが青い鳥だったんですけど…。レイから、2羽でひとつだって聞きました。」
「こっちは獅子ね。…あぁ、なるほどぉ~。」
待って!フィリアさん!その満面の笑みは何ですか!?
台詞と笑顔があんまり合ってないです!
「獅子の妖精は、強く気高いことで有名なの。本物に出会うことは、そんなに無いけどね。でも、きっとエリィちゃんのことを守ってくれると思うわ。」
「そうなんだ…。お守りみたいに、持ち歩こうかな。」
「おうちに飾るのも良いけど、妖精に好まれるから、持ち歩いてる人も多いわよ。子どものおもちゃにもなるし。」
「学校に行くときに、バッグにいれてみようかな。いい香りもするし。」
「………エリィちゃん。もし良かったら、ひとつ提案があるんだけど…。」
フィリアさんは、フフフ…と手を口に当てて笑っている。
何か…たくらんでる…?
「夫婦鳥なんだけど、ひとつはエリィちゃんの手元に残して、もうひとつを、レオナルドにプレゼントしない?」
「へっ!?」
「ペンダントのお礼にって渡せば、おかしくはないでしょう?それに、香木の人形もお土産や、子どもへのプレゼントの定番だから、気軽に贈れるしね。」
「レオさんに…プレゼント…」
レオさんのことを思い出すと、帰りの馬車で見た夢がフラッシュバックして、一気に顔が爆発した。
それを見てフィリアさんが、またフフッと可愛く笑った。
「もちろん、エリィちゃんが夫婦鳥を離れ離れにしたくないようなら、無理にすすめたりしないから。」
「あの…………もし渡して頂けるようなら………渡したいデス…。」
「かわいく包装して、渡しましょう!あとはカードもね♪」
「えっでも、私、この世界の文字は書けないから、カードは…。」
「読めなくても、妖精の手助けがあれば、伝わるんじゃないかしら。エリィちゃんもそうやって本を読んだでしょ?レオも妖精には好かれるタイプだから、きっと大丈夫よ。」
フィリアさんは「少し待っててね♪」と言って、部屋を出ていった。
…プレゼント…レイに買ってもらったものなのに、あげてしまってもいいのかな…。少し罪悪感がわいてきてしまう。
でも、何か私も、ペンダントのように、レオさんの心に残りたいと…思ってしまう。
「別宅にあるものを、いくつか持ってきたんだけど、エリィちゃんの気に入るものがあるかしら…。」
ノックをして入ってきたフィリアさんは、色んな包装紙や袋、リボンやカードをかごに入れて持ってきてくれた。
「レイが来るまでに、準備してしまいましょう♪」
「ありがとうございます、フィリアさん。」
「かわいくラッピングしましょうね♪レオ、絶対驚くから。」
二人で顔を見合わせて、クスクスと笑い合う。
私は…これまで女の子の友達と、こんな風に過ごした経験がなかったから。
何となく…くすぐったい気持ちになっていた。
あまり悩める時間も無さそうなので、薄水色の小さな布袋と、白いリボンに、ラベンダーのようなハーブの飾りを選んだ。
カードには、
―ペンダントありがとうございました。とても嬉しかったです。
毎日着けて、大切にします。
ペンダントのお返しに、私が持っているものと、色違いの香木の鳥を贈ります。
もし良かったら、お部屋に置いてください。
絵梨衣―
と書いた。
そのカードと、夫婦鳥の赤い柄の鳥を木箱に入れて、選んだ袋とリボンとハーブでラッピングをした。
「できた…!」
コンコンッ!
そう声をあげて、フィリアさんと小さくハイタッチしていると、ノックの音がした。
「僕だ。入ってもいいかい?」
レイの声だった。
そう、ついに元の世界へ戻れる時が来たんだ…。




