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「あらそう~?急がないなら、まだゆっくり話してても平気よ?」
「エリィさんには、なるべく早く元の世界に戻って頂く約束をしておりますので、残念ですがここで失礼致します。料理のお代は僕が…」
「だーいじょうぶ♪お姉さんが奢ってあげるから。」
「いえ、女神様といえど、レディに奢っていただくわけにはまいりません。お店の方に渡してまいります。エリィさん、少し待っててくれ。」
レイがジョーおじさんの屋台に向かったので、私とライザ様二人が残される…。沈黙が少し辛い…。
「酷い女神様でしょ?誰を助けることもしないなんて。」
「そうですね…。でも、ライザ様がおっしゃっている気持ちもわからないではないです…。」
「絵梨衣ちゃんの世界では、色んな時に神様に願うからね~。ま、あたしはそれを助けるわけじゃないけど、時々、奇跡みたいなことが起こったりもするでしょ?」
「不治の病が治ったとか…そういうのですか…?」
「そうそう。たまにねー、あたしの力を思い出しちゃう子が現れちゃうみたいなのよね。人間は、あたしを元に作り出した命だから、素質は誰にでもあるんだけど…。魔力や魔法が存在しないだけに、目立っちゃうし。そういうのを現実に見ると、奇跡を信じて、神様にもすがりたくなるわよね。」
「なります…。どうにもならないことも、もしかしたらって…。」
私だって願った。
母が私を生んで、死ななかった世界を。
どうしてこんな髪や瞳の色なのかって、普通に生活がしたいって。
「…レイナードの家に戻る途中にでも、この世界の人が病気にかかったときどうするのか、聞いてみるといいわ。」
「え?」
「あたしはねー、この世界も、絵梨衣ちゃんの世界も、我が子のように愛してるのよ、手助けはしなくてもね。だから、絵梨衣ちゃんの世界の、特別な力が無いなら、より快適な世界になるようにって、新しいことを生み出していくの、好きなのよ。だから、レイナードに聞いてみて、この世界の人は病気で困った時、どうするのか。それが一番、この世界を知るにはわかりやすいと思うから。」
「はい…。」
「レイナードの答えを聞いてから、巫女姫になることを目指すかどうか、考えてみても良いと思うわ。巫女姫は、力を持つことができるから、私の…ね。」
ライザ様がそういい終えた頃、レイがちょうどこちらに戻ってきた。
両腕に紙袋をかけ、両手でも布のかかった大きなかごを持っている。
「お待たせしました。お話は済んだかな?」
「レイ、すごい量だね。ひとつ持つよ。」
「エリィさんが、お土産をって言ってたから、御者達の昼ごはんと、フィリア達にも家で食べられるお菓子をね。ジョーさんがサービスしてくれたんだ。」
「あ!ごめんね…。言い出したの私なのに、すっかり忘れてて…。ありがとう、レイ。」
「どういたしまして。こちらこそ、エリィさんと一緒にいたことで、素晴らしいお話を聞くことができたんだ!」
レイが両手に抱えていたかごを受け取ると、布の下からは良い匂いがする。もしかしたら、ジャンボ焼き鳥かもしれない。
ついでに、お礼を言った私の言葉に、レイの碧い瞳が、少年みたいにキラキラしてる。
よっぽどうれしかったのね、神様のレアなお話聞けたのが…。
「さて、それでは行こうか、エリィさん。」
「うん。ライザ様、色々教えて頂いて、ありがとうございました。」
「絵梨衣ちゃん、またね♪ペンダント、大事にしなさいよ~?」
「えっ!?あっ、はい!」
「フフフ…♪じゃあね。」
「では、ライザ様、失礼致します。」
「失礼します。」
ライザ様は、私達の挨拶に、大ジョッキを飲みながら、ひらひらと笑顔で手を振ってくれた。
ジョーおじさんも、また来てくれよー!と声をかけてくれたので、かごがあって手を振れなかったので、お辞儀をして挨拶をした。
それにしても、いきなりペンダントのこと言われて驚いた…。もしかして、私の心の中、色んな意味で丸見えだったのかもしれない。
馬車を停めているところまでは、そんなに距離はなかった。
カフェのようなところや、お土産物屋さんなのか、可愛い雑貨屋さんが並ぶ場所に、柵で囲われた、芝生で出来た広場があった。
そこが駐車場のようなところらしく、小さな小屋が建てられていて、外には馬が休める場所がある。
御者さん達は、小屋の中で休憩できるらしくて、レイと一緒に中には入ると、他の御者さんはおらず、二人だけだった。
私達を見つけ、立ち上がって礼をして、すぐに用意をと言われたので、かごを渡して、お昼ごはんを食べてもらうことにした。
「ありがとうございます!のちほど帰りましたら頂きます!」
「出来立ての方が美味しいと思うので、今ゆっくり召し上がってください。待たせてしまったので、お腹空いてますよね、ごめんなさい。」
「そんな!とんでもない!私達の仕事ですので、お気になさらず…。」
「かまわないよ。エリィさんが二人に食べてほしいからと買ってきたんだ。僕達は、少し隣の土産物店を見ているから、食べ終わって馬を繋いだら迎えに来てくれ。」
「あ、ちょっと見たいと思ってたから嬉しいかも!急がなくて大丈夫なので、ゆっくり召し上がってくださいね。」
「ありがとうございます!」
「いい匂いで実は腹が鳴ってて…。ありがたく頂きます!」
二人が、かごに入っていた、ジャンボ焼き鳥やサンドイッチを取り出したところで、レイと一緒に隣にあった雑貨屋さんのようなお店に向かう。
見た目は、本当に街中にある、かわいい雑貨屋さんだった。
窓にレースのカフェカーテンがあったり、鳥モチーフの看板が掲げてあったりと、女子が好きそうな感じである。
「どうぞ、エリィさん。」
「ありがとう。わっ!かわいいーっ!」
レイが木の扉を開けて、私を先に店へいれてくれた。
中には、木で出来た小さな動物や、ポプリで作った飾りのようなものや、リボンやペンダントのようなかわいいアクセサリーまで、色んなものがあった。
「エリィさん、これが香りの透かし細工だね。模様は作る職人によって全て違うから、ここのは鳥の模様のようだね。」
「本当だ…お花の透かし模様じゃない。でも、これもかわいい。」
レイが陳列台のケースに、サイズごとに分けて置かれた透かし細工を見つけると、私の手のひらに乗せてくれた。
ここのものは、金属ではなく木で出来ているようで、小さなインコのような模様が細工されている。
「細工がしやすいこともあって、お土産には木で出来たものが多いね。価格もお手頃だし、定番のお土産だよ。」
「こっちの木の人形は、飾っておくものなの?」
隣に並ぶ、手のひらに乗るぐらいの小さな木で出来た動物や鳥は、綺麗な柄で塗られていて、かわいい。
「それは、妖精達の遊び道具だね。香木で出来ているから、妖精が好んで周りに遊びに来るんだ。妖精も香りに好みがあるから、色んな香木で作られているんだ。今も、乗ったりして遊んでるよ。子どもが手元に置いて、妖精と遊んだりもするみたいだね。」
「そうなんだ!………確かに楽しそうな声は聞こえるかも。」
「エリィさんは、どの動物が好きかな?」
「え、うーん…。この中だと…この鳥かなぁ。白地に青の柄が綺麗だから。」
「じゃあ、これは僕からのプレゼントにしよう。エリィさんのおかげで、ライザ様から素晴らしいお話をうかがうことが出来たお礼だよ。」
「えっ!別にいいよー!私は何にもしてないし。」
「これ、実は隣の赤い柄の鳥とペアなんだよね。夫婦になるとずっと離れず2羽で行動する鳥で、恋人に大人気だよ。実はこれ、僕も以前、エリザベスに銀の夫婦鳥のアクセサリーを、僕とペアでプレゼントしたんだけどね、エリザベスがイヤリングで、僕はチェーン留めにしたんだけど、エリザベスが、啄む2羽の夫婦鳥のデザインは恥ずかしすぎるでしょ!って怒っちゃってね……」
「わかった!夫婦鳥ね!買ってもらうー嬉しいー!ありがとね!」
「これだけで良いかい?他にも選んでくれて構わないよ。たくさん集める人もいるからね。」
「いいの?………あの、じゃあ…これもお願いしてもいいかな…。ライオンみたいなやつ。」
「獅子だね。……あぁ、なるほど。毛と瞳の色が似ているね。」
「へっ!?あっ、やっぱり夫婦の鳥さんだけで大丈夫です!」
「ペンダントと一緒に大事にしてあげてくれ、この獅子も。」
レイは王子様かと思うようなウインクをひとつして、夫婦鳥と獅子と、いつから目をつけていたのか、棚にかけられていた、綺麗な刺繍のほどこされた大きな赤いリボンを、お店の人へと持っていった。
薄茶色に青い瞳のライオンは、レオさんを思い出させる色だった。




