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無事に……終わった………のかな………。
水晶珠が割れたという事件のあと、高齢の男性が、「初代の再来かもしれんぞ!」と興奮して、建物の他の部屋にいた、数十人の人みんなを呼んできてしまった為、小一時間程大騒ぎになってしまった。
そして今も、次々に正式な礼と、祝福の言葉を受けている…。
まわりでは、水晶珠で量りきれない魔力のキャパシティならば、結婚せずとも初代のように、コントロールができるのではないか?とか、このままレイナード様と巫女の塔に来てもらうのがいいんじゃないか?とか、レイナード様でもいいが、興味が無いならハーレムを作ってはどうかとか、どんどん話がヒートアップしていて、恐怖しかない…。
候補者として認定されたのはいいけど、これはもう、巫女姫扱いをされてないだろうか…。
元の世界に帰りたいとか言ったら、監禁されそうな勢いですけど……。
でも、認定は受けられたから、帰ることはできるんだと思うと、ホッとして少しお腹が空いてきたりしていた。
欲求は、こんなときにも正直だわ…。
「皆様お喜びわき溢れる中、申し訳ございませんが、無事に僕の姫君が候補者となられましたので、そろそろ二人の時間を頂きたく思いますが…。よろしいですよね?」
次から次に、いろいろと話しかけられる中、凛とした声が建物の中に響く。私から少し離されてしまっていたレイが、横に割り込み、後ろから私の両肩に手を置いて、そう言うと、周りの人々を見渡した。
「僕の姫君に…愛を語り合う時間を…今すぐにでも頂きたくて。」
そう言い終えると、私をくるっと自分の方に向けさせて、右手で私の顎にそっと触れ、碧い瞳がうるんで、私を愛しそうに見つめる。
…………これがレオさんだったら、顔面が爆発してたと思う。
今すぐ手を叩き落としてやりたい気持ちと、見つめられて少し恥ずかしい気持ちとが混ざりあって、ほんのり赤らんだ頬という、初々しさが出てくれたらしい。
周りからは、「おぉ……既にお二人は…」とか「お熱いですなぁ。」とか声が上がっている。
「わたくしどもとしたことが、あまりのことに肝心のことに気づかず、申し訳ございませんでした。巫女姫認定は無事に登録されておりますので、深い愛の時間をお過ごしくださいませ。」
試験の対応をしてくれた女性が、長机の向こうで、満面の笑みで一礼をしてくれた。
他の人達も、通路の両脇の席にさっと並び、両手を胸に頭を下げている。
「行こう、僕の巫女姫様…。」
相変わらず私を見つめたまま、右手で私の肩を抱き寄せて、真ん中の通路を扉に向かって歩く。
これ、結婚式のだったかな?愛を誓いあって、出てくやつじゃない?逆バージンロードじゃない?
「皆様…これからの僕達を、静かに温かく見守って頂けましたら、嬉しく思います…。」
扉の前につくと、そっと私を胸の中に抱き締めて、礼を続ける人達に、甘い声で語りかけた。
「それでは、失礼致します。」
「あ、失礼しました…。」
レイが私をゆっくりと離して、正式な礼をしたので、私も慣れないながら、両手を胸に当てて、礼をした。
そして、警備の人が開けてくれた扉から、レイのエスコートを受けて退出した。
扉が閉まると、建物の中から、ワーッ!と盛り上がる声が聞こえたのは、もう知らないフリをしようと思います…。
目の前には馬車が待っていてくれたので、エスコートされたまま、馬車に乗り込んで、来るときと同じ席に座る。
すると、レイがウインクをして、馬車のカーテンを開け、なぜか左隣に座った。
そして、私の肩を自分に抱き寄せる。
…なるほど…何人かが建物の中から出てきてたのか…。
レイは、見送りに出てきた人に、片手を上げて笑顔で手を降る。
私は、レイの胸元に寄り添っているそうな体勢になっていて、たぶん外からだと「あなたから離れたくない!」みたいな感じに映ってると思う…。
そうして、馬車はゆっくりと動き出した。
「はい!お疲れ様でした。」
建物から少し距離が離れると、レイはカーテンを閉め、向かいの席に座り直した。
「無事に候補者に認定されて、良かったね。エリィさん。」
「嬉しそうね、レイ…。」
「嬉しいよ、もちろん。これで、エリィさんを無事に元の世界へ帰してあげられそうだから。」
「ついでに、私とラブラブでーす!ってアピールできたもんね。」
「それをわかって、茶番に付き合ってくれたことに、心から感謝するよ。…殴りとばされたらどうしようって、ドキドキしてたからね…。」
最後のセリフは、横を向いてブツブツ言っていた。
あの、私を見つめる潤んだ瞳は、怯えた半泣きの瞳だったのか?もしかして…。
「これで、エリィさんは無事に元の世界へ帰れるよ。まさか、水晶珠を壊してしまう程のキャパシティがあるとは思わなかったから、少し…心配ではあるけどね。」
「心配?レイのところに、経過をしつこく聞きに来そうとかってこと?あ、そういえば、今後のことは候補者認定を受けてからって言ってたわよね。」
「そうだね…。じゃあまずは、僕がエリィさんにお願いしたい、今後の話をしてもいいかな?」
「わかった。それを受け入れられるかどうかはわからないけどね。」
「認定試験でイレギュラーな事があったおかげで、さっきエリィさんが言った通り、僕とエリィさんが、もう既に親密な関係であるように見せられたのは、僕としては本当に助かったんだ。あれだけ大事になれば、秘密主義の塔支部でも、噂は漏れるだろう。母の耳にも入れば、僕としては万々歳だ。」
「そうだね。エリザベスさんの耳にも入るだろうけど。」
「エリー、いやエリザベスなら、そんな噂一切気にすることはないよ。僕はエリザベスから、巫女姫と結ばれそうなら、私との婚約は破棄してって、ハッキリと言われてるから。」
エリザベスさんとの婚約破棄の話を、意外と淡々と話すレイに、少し驚く。
「『私達が暮らす世界の平和を叶えて下さる方と愛を誓うことと、私と愛を誓うこと、どちらが大切かがわからない方なんて、こちらから願い下げです!』って、それはもうハッキリと…何度も言われてるんだ………。」
あっ!涙目!やっぱり、平気じゃなかったんじゃないーっ!
「ほらまあ!それはさ!あくまで候補者と恋に落ちたら…って話でしょ?元々、候補者と愛を誓う気がないんだから、気にすることないよ、ねっ!?」
「わかってる…。エリザベスは、視野の広い素敵な女性なんだ。自分の幸せだけを考える人間じゃない。尊敬できる自立した女性なんだ…。それは、誰よりも僕がわかってる…。だけどさ、わかっていても、愛するじ」
「あーでー!私はどうしたらいいのかなぁ~!?」
レイの話の流れをぶったぎるのも、得意になってきた気がするなぁ…。
「………できれば、元の世界に帰ってからも、時々でいいから、僕の所に…こちらの世界に来てくれないかと思ってる。」
レイはバツの悪そうな顔をして、少し私から目をそらした。
自分にばかり都合の良い話をしている…と、思っているのかもしれない。
「いいよ?それぐらいなら。あのお風呂場から、レイの部屋に来て、またすぐ帰っていいんだよね?」
「いいのかい………?僕は、エリィさんは巫女姫になるつもりは全く無いと思っていたから、てっきり断られると思ってたよ…。」
「巫女姫になってもいいとか、なりたいとかは、正直まだわからないの…。今はとにかく、元の世界……自分の家に帰りたい…。」
驚いた顔で見つめるレイに、今の正直な思いを伝える。
「だからね、もしかしたら…やっぱりこっちの世界には来たくないって、帰ったら思うかも…。その時は、ごめん…。」
「もちろん、無理強いするつもりはないから、大丈夫だ。…ありがとう。エリィさんの意思とは関係なく、こちらの世界に連れてきてしまったのに…。」
「エリザベスさんと、早く『真実の愛』を交わせるといいね。………できれば、お母様からも認められて…。」
「…エリィさんも、やっぱり僕は甘いと思うかい?フィリアのように…。」
泣くのを我慢したような表情のレイに、少し胸が締め付けられる。
たぶん、彼は幼い頃の私と似てるんだ。
もう手に入らない愛情を、なぜ手に入れられないのか…。理由はわかってるのに、自分の中で葛藤してるんだ。
「ものすごーーーく甘いとは思うけど…。手に入らないものを、自分が頑張れば、もしかしたら手に入るのかもしれないって思う気持ちは、少しだけわかるから。」
そう、側にいない母の愛情を、もう手に入らないとわかっていて、それでも泣かずに、わがままを言わずに良い子で頑張れば、手に入るんじゃないかって…そう思う気持ち。
レイは、お母様が側にいるのに、真っ直ぐな愛情を手にいれられなくて、期待に応える良い子でいようとしてる。
でも、そろそろ諦めなきゃいけないだろうことも…わかってる。
だから、どっち付かずの行動と思える中で、もがいてる。
「きっと…レイは頭ではわかってるから…。いつか、自分で諦められる時が来ると思う。それまで、私が何か手伝えるなら、できる範囲では力になりたいと思うよ。出来ないことは、無理って断るけどね。」
「………ありがとう………エリィさん………。」
レイは、子どものような笑顔で、そう言ってくれた。




