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もう少し話を聞きたかったけれど、レイは「さぁ、横になって。」と言うだけで、結局、私はすぐにうとうとして寝てしまった。
「エリィさん…エリィさん!もうそろそろ着く頃だよ。」
レイの声がしたけれど、全然目が開かない…。眠い…。
何度も名前を呼ばれて、肩を叩かれたような気もする。でも眠い。
「仕方ないな…。水の妖精よ、力を貸してくれるかい?」
レイがそう呟くと、私の顔に、冷たいミストのようなものが、フワッとかかった。
「わっっ!!冷たっ!!」
「おはよう。気持ちよく眠れたかな?水の妖精のイタズラは、起こすのに最適なんだよね。」
飛び起きた私に、レイが笑顔を向ける。
水がかかったと思ったけれど、冷たく感じただけのようで、特に濡れてはいなかった。
イタズラなのか。魔法でもなく、イタズラで起こされたのか…。
「イタズラで起こされるとは思わなかったけど、ちょっとすっきりした。ありがとう、水の妖精さん。うちに毎朝来てほしいぐらいだよ、本当に。」
「馬車の中には、あまり水の妖精がいないから、イタズラも可愛いものだったけど、水か多いところだと、びしょ濡れになるから気をつけて。」
そうなのか…。それだと、日本の梅雨とかは危険なことになりそう…。どっちにしても、連れて帰ることはできないけど。
冷たいミストの目覚ましは、心から欲しくなった。
「レイナード様、間もなく到着致します。」
馬車の外の御者さんから、声がかかる。
「気になるようなら、少し外をのぞいても構わないよ。」
「本当に?見てみる!」
カーテンを少し開けて、窓の外を見ると、かなり広い道を走っているようだった。近くには道に沿って、たくさんの石作りや木造のお店のようなものが建物と、その遠くに向こうに、大きなお城が見えた。
「すごく大きなお城がある!お店もかわいいー!」
建物はヨーロッパの街並みのようで、しかし、色とりどりの花が飾られた歩道が整備されていて、人通りも多く、少し日本の繁華街を思い出す、そんなところだった。
「ここが花の王国フレールの城下町だ。僕や兄は、その大きなお城にある王立騎士団に所属している。僕は魔法騎士団、兄は騎馬隊の隊長で、親衛隊にも属している。ちなみに、父はその騎士団の統括隊長で、全ての騎士を取りまとめている。」
「すごいね…。あんな大きなお城で働いてるなんて…。」
「城も大きいけれど、フレールは国土も大きいからね。大半の騎士は、領土の要所に配置されているよ。僕は騎士団とはいっても、主に魔法の研究や、魔力を使った剣技の開発等を…。着いたようだね。」
窓から見る景色が、少しずつゆっくりと移動して、馬車が止まった。
御者さんが、外から扉を開けてくれて、レイが先に降りて、手を貸してくれて、馬車を降りた。
その目の前には、石造りの小さな教会のような建物があった。
教会の十字架のかわりに、青い半透明の円が、真ん中で少し重なってできたような装飾がある。
「ここが、巫女の塔フレール支部だ。心の準備は大丈夫かな?エリィさん。」
「大丈夫。早く終わらせて帰りたいから。」
「わかった。じゃあ行こうか。」
少し苦笑いをしたレイが、右手で、私の左手を下から掬い、軽く握る。
「騎士のマナーだから。」
警備の人なのか、扉の両脇に立つ、ローブのようなものを身にまとった男の人が支部の扉を開けてくれる。
中に入ると、やっぱり教会のような作りだった。真ん中の通路の両脇に、たくさんの席がある。席の前にテーブルがあるのは、教会とは違うかもしれない。
真ん中の通路の先には、装飾が施された5~6人は座れそうな長机があって、真ん中に女性が1人と、男性が1人右端に離れて座っていた。
ここから見える場所には、他に人は見当たらない。
女性の前には、サッカーボールよりも大きそうな、水晶玉のような物がおかれている。これが、宝珠って言ってたやつなのかな?
「レイナード・ウィル・サフィーリア。召喚の儀式を成功し、巫女姫候補者を連れ帰りました。」
長机に座る女性は、60歳ぐらいだろうか、真剣な表情ではあるが、とても優しい雰囲気だった。
レイは、彼女の目の前に着くより少し手前で、私の手をそっと離し、一歩前に出て、両手を胸に当て軽く膝を曲げ、礼をとる。
フィリアさんと初めて会ったときに、彼女がしていた礼だった。
「おはようございます、レイナード様。儀式の成功を、心からお喜び申し上げます。」
「ありがとうございます。彼女が、わたくしが連れて参りました巫女姫候補者、カンザキ・エリイ様です。」
レイが、右手をそっと私の背中に当て、前へ進むように促した。
女性は、手元にある書類の束から、レイのものと思われる書類を取り出し、そこになにかを書き留めていた。
それを見つめていると、私の名前を書いたことがわかった。
「おはよう…ございます。はじめまして、神崎絵梨衣です。」
「はじめまして。そんなに緊張しなくても、大丈夫ですよ。とって食ったりしませんから。」
緊張しながら日本式の挨拶をすると、目の前の女性はそう言って、フフフと笑った。とても可愛く笑う女性で、こちらまで思わず笑顔になってしまう。
「さっそくですが、候補者認定を受けさせて頂きたく思いますが…。」
「そうですね。話していても始まりませんから、まずは、水晶珠の試験を受けて頂きましょうね。カンザキ・エリイ様。」
「あ…はい、お願いします。」
「試験は簡単です。この目の前にある、大きな水晶珠に両手を当てて、貴女の魔力のキャパシティを調べるだけですから。では、さっそく、両手を当てていただけますか?」
「わかりました…。」
女性の目の前にある、綺麗な装飾のついた台に乗せられた、透明な水晶珠と呼ばれるものに、指からそっと触れて、手のひらをつける。
冷たかった水晶珠が、ほんのりと少しずつあったかくなる。
使い始めたカイロに、手を当てているような感じだった。
そして、水晶珠の色も、透明だったのが、少しずつ薄紫色に変わっていく。
…私の……髪の色に似てる…。
レイも目の前の女性も、水晶珠をじっと見つめているので、まだ離してはいけないみたい。
ただ、水晶珠はかなり温かくなっていて、使いすぎたスマホの本体ぐらい熱さがある。
「えっと…まだこのままでいいんですか?」
「キャパシティをはかり終えましたら、水晶珠が輝きますから、もう少しこのままでお願い致します。」
女性は水晶珠から目をそらさず、先程の優しそうな雰囲気はなく、真剣な表情だった。
レイも見るのは初めてなのか、じっと水晶珠から目を離さない。
…さすがにちょっと熱いぐらいになってきたけど…。
どんどん熱を帯びてくる水晶珠をこれ以上触っていると、低温やけどを起こしそうな気がする。
色はすっかり薄紫色になり、中にキラキラ光るものが見え始めていた。妖精さんが喜んだ時に似てるかもしれない。
それにしても、キラキラが増していくに連れて、かなり熱い。
そろそろ、ずっと触れているのが辛くなってきた。
「すいません…さすがにちょっと熱くなってきたんですけど…」
「えっ!熱い!?そんなはずは…」
女性が、驚きの声を発したその時だった。
シャーン!!!!
綺麗な音と共に、水晶珠が形をなくして、砂のようになったそれは、キラキラと台と長机に降り積もった。
……………え…………?
「そんなまさか…………。」
「あり得ないだろう!キャパシティを調べるだけなんだぞ!」
目の前の女性と、水晶珠の異常に駆けつけた右端の高齢の男性も声をあげる。
「あの、すいません!私、もしかして何かしてしまいましたか?壊してしまったみたいで、申し訳ありません!」
触っていたものが急になくなって、さっと両手でペンダントを握りしめて、頭を下げる。
どうしよう…帰れないかもしれない…!
謝りながら、帰れなかったらどうしようという不安で、嫌な汗が出てくる。
怖い…!レオさん、怖い…どうしよう!
「まさか、水晶珠が壊れるなんて…。信じられないわ…。」
「こんなことは、これまでの巫女姫の歴史にもなかったぞ?キャパシティが量れないなど…。」
「キャパシティが量れなかったんですか?それは、魔力のキャパシティが大きすぎたということでしょうか?」
砂のようになった水晶珠を見つめながら、話し合う女性と男性に、レイが冷静に質問を投げかける。
「水晶珠は、大まかなキャパシティを量るだけの道具ですが、おそらく量りきれない大きさに、水晶珠に写し出すことに限界がきてしまったんでしょうね…。」
「水晶珠は、今ある魔力を量るものではないからなぁ…。どれぐらいの容量があるのか、量り終えたものを数値化出きるようになっているんだが…。キャパシティが量れなかったなど、過去に例がない…。量り終えなかったから、数値もわからん。」
「では…候補者の認定は頂けないのでしょうか…?」
そうだ。認定を受けるには、この試験に合格しなくちゃならなかったのに…。まさか粉々に割れるなんて…。
「もちろん!量りきれない程のキャパシティがあるとなれば、候補者に間違いないでしょう!試験は合格ですから、ご安心ください、レイナード様、カンザキ・エリイ様。」
女性はそう言うと、立ち上がって膝を曲げ、両手を胸に当て、長机の向こうから、私に頭を下げた。
「双子の世界の希望、妖精に愛される姫君、我らが望む巫女姫様の、その候補者の誕生に、心からの祝福と感謝を申し上げます。」
高齢の男性もそれにならい、私の横にいたレイも、跪いて頭を下げていた。
そして、女性が頭を下げたまま言った。
「希望の姫君に、真実の愛が訪れますことをお祈り致します。」
あ……やっぱりそれを祈られるんですね…。




