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馬車は、昨日バルコニーから見ていた、レオさんの通った広めの道を、本宅の方へ向かっているようだった。
カーテンは開けないようにと、すべて閉められてしまったので、隙間から見えた感じでしか、わからないけれど…。
「あ、ねぇレオ。何でさっき、ペンダントを見てあんな風に言ったの…?」
クッションを、ソファの端に少し高く積んで、そこに頭をのせて、低めのヒールの靴を脱いで、横になっている。
いや、恥ずかしいから…と言ったんだけど、「結構揺れるよ?はじめてだと、妖精が抜けて、気持ち悪くなるかも。」と言われ、妖精が抜けるって何のこと…?と思いながらも、車酔いの例えなのかもと、失礼して横にならせてもらった。
馬車は確かに結構揺れているけれど、ソファやクッションおかげで痛かったりはしない。
「あぁ…兄が似た物を大切にしているから。」
「似た物…?」
「香りの透かし細工というんだ。中に香りの良いものを入れて持ち歩くアクセサリーでね。……お母様の形見なんだと、兄に見せてもらったことがある。ドレスの装飾に着けたりするアクセサリーだったから、もう少し大きめのサイズだったと思うけれど。」
「形見………」
「兄は、お母様の庭のハーブを入れていたと思う。あと、フィリアと僕も持ってる。」
「えっ………?」
レイはそう言って、ジャケットの胸ポケットから、ペンダントトップより一回り大きい、銀色の透かし細工を取り出した。
短いチェーンがついていて、ポケットの入り口に、金具で取り付けているようだった。
「これは、僕が騎士団付属の学校に入学した時に、兄がお祝いとしてくれたものだ。庭の妖精達が、守ってくれるようにとハーブを入れてくれた。今もフィリアに頼んで、中のハーブを取り替えて貰ってる。」
「そうなんだ…。」
レイは、細工を胸ポケットに戻す。
そっか……ちょっとしたプレゼントって感じだったのか……。
プレゼントをもらえただけで嬉しいのに、少しだけ、私だけじゃなかったのか…って淋しさが込み上げて来た。
「フィリアは、兄と同じく、亡くなる直前にお母様から貰ったそうだよ。兄と同じように、我が子のように大切にしてもらっていたそうだから、兄と同じものを渡したんだろうね…。」
カーテンの開いていない馬車の窓を、レイが遠くを見つめるように見ていた。
レイのお母様は、話を聞いた限りでは、私の世界でいう『毒親』のイメージがある…。自分の母親とのことを、思い出していたのかもしれないなと思った。
「お守りみたいなプレゼントなんだね、これは…。」
「…定番のプレゼントではあるね。他国へのお土産にも選ばれたりするしね。」
ペンダントトップを両手で包み込む。
…大切にしよう。誰にでも贈るような、当たり前のプレゼントだったとしても…。嬉しかったんだもん。
「…………………」
「…………………ククッ………」
ペンダントを包み込んだまま、手のぬくもりでふんわりと香ったハーブの香りに、そっと目を閉じていたら、レイの笑いをこらえたような声が聞こえて、はっ!とレイを見た。
相変わらずカーテンの閉じた窓の方を見ながら、おもいっきり笑いをこらえている。なんなら、こぶしを口に当てて、肩を震わせている。
「何を笑ってんの…レイ…。」
人が少し感傷的になってるときに、なんなんだ。
笑われるようなことをしたつもりはない…。
「アハハ…!すまない、エリィさん!あまりにも淋しそうな表情をしてたものだから、ちょっと耐えられなくなって…。」
「………レイ………ぶっとばしてもいいかな?」
少し涙を浮かべながら爆笑しているレイに、起き上がって最上級の笑顔を向ける。
よし決めた。馬車から放り出そう。
「え……あ……まままままってまってまってください!!!すいません!!!僕が悪かったです!!!!」
ニコニコしながら胸ぐらを掴みかかろうとする私に、爆笑からの真っ青になるレイ。人が感傷的になってるのを笑っておいて、謝ったって許さん。
「せせせせせせつめいを!説明をさせてください!エリィさん!!!」
「何かなー?あなたを馬車から扉ごとぶっとばす前に、教えてくれるかなー?」
「わわわわわわわわ!!!その、あの!定番だけど定番じゃないんだよっ!特別なんだ!兄にとっては、特別なんだよ!」
「……………詳しくどうぞ。」
もう胸ぐらを掴んでいた私も、レオさんの話が出たので、そっと手を離してソファに座り直す。
「はぁぁぁ…。その……兄はね、家族やサフィーリア家に縁のある人以外では、女性にプレゼントを贈ったりしたことは、全く無いんだよ…。」
「………………。」
「……昨日、兄と会った時にどんなやりとりがあったのかは知らないけど、兄はどうでもいい相手に、定番のものでもプレゼントを贈ったりしないってことだよ。」
「そう………なの?」
「絶対にない。サフィーリア家の後継ぎが、女性とお付き合いをしていれば、一気に噂が回るんだ。でも、これまで一度もない。婚約の話なんかも山ほど来てるけど、全部兄が断ってるし、そもそも、兄も誰かとお付き合いをしようという気が全くないらしい。父も自分の後継ぎさえいれば、その先のことは兄が後を継いだら何とかすればいいって感じだからね。」
「そう………なんだ…。」
特別なんだと言われて、すごく嬉しい。嬉しいんだけど、少し残念なような、複雑な気持ちが心に広がる。
「そのペンダントは、兄が直接渡した?昨日の夜かな?スチュアートから本宅に来ていたと聞いたから。」
「えっと、夜にスチュアートさんに渡した後、フィリアさんから受け取って…。」
「それじゃあ、直接兄がプレゼントを買いにいったはずだ。何か仕事や家の関係で、プレゼントが必要な時は、スチュアートやフィリアに頼むからね。僕も、エリザベスへのプレゼント以外は、すべてスチュアートに任せてる。エリザベスの好みを一番理解してるのは、僕だからね!この間は、エリザベスの銀色に似合う髪留めは、既製品では作り出せないと思ってね!職人と相談に……………。」
いきなり語りだしたので、とりあえずスルーして遠い目をレイに向けると、やめてくれた。わかってくれて良かった。
「ええと、外で兄がプレゼントを買ったりすれば、隠していてもすぐに話は広がるんだ。」
「騎馬隊の隊長で…すごく人気者だからってこと…?」
「そういうことだね。きっと買ったのは、騎士団に戻って、宿舎の夕飯の時間辺りだろう。それぐらいしか自由に動ける時間は無いだろうし、その後父と本宅に来ているし。今日これから行く城下町でも、今ごろはあのレオナルド隊長が、誰かにプレゼントを買ったらしいって噂になってるんじゃないかな。」
「そんなに人気なの………?レオさん。でも、レイだって見た目だけはすごくカッコいいよね?」
「見た目だけ………………僕はね、婚約者がいることを正式に発表してるんだ。婚約者がいる人間に、言いよってくる女性なんて、まずいないから。応援してます!みたいな手紙を頂くことはよくあるけど、何を応援してくれてるのか、よくわからなくてさ…。エリザベスには『お手紙を下さる方の気持ちはわかるわ。色々頑張ってちょうだい。』とか言われるし…。それにね、」
しまった!いつの間にか、レイの惚気話になってきてる!
でも、私も気持ちはわかる気がする。あれだ、ちょっと頼りないキャラのアイドルを応援したくなる、あの感じだ、きっと。
あ、まだ惚気話が続いてる…とりあえず話を変えなくては…。
「ねぇ、巫女姫を召喚して連れてきたら、結婚に向けて頑張るのが普通なのよね?じゃあ、婚約者と巫女姫の二股かけて酷い!とかってならないの?」
「……え?あぁ。巫女姫召喚の儀式については、城や支部には報告義務があるから事前に申告するけど、自分から言わなければ表に出ることはないしね。エリザベスにも話してある。納得してくれてるよ。」
「納得って、二股かけますってことを?」
「いや、巫女姫と真実の愛を交わせば、婚約は破棄するってことをだね。」
にこやかに話すレイに、イラッとしてしまう。
二股はもちろんダメだけど、他の女と結婚するから、婚約破棄しますとか!おかしくない!?
「………そもそも、僕はエリィさんとも、他の巫女姫候補者とも、結婚する気はないから。僕はエリザベス以外の妻は考えられない。まぁ、世間一般の考えなら、巫女姫と結婚するなら、元の婚約は破棄して、後で側室にする流れになると思うよ。」
「でも…お母様から言われてるんだよね?結婚しろって。どんな手段でもとるって…。」
「……………それについては、支部でエリィさんが認定を受けた後に話すよ。とにかく、兄が自分や、僕やフィリアが持っているものと似た物をプレゼントしたってことは、それだけエリィさんのことを大切に思ってるってことだ。君のことを、守りたいと…思ったんじゃないかな。」
「話はここまで。少し眠るといい。」と、レイは優しく微笑んだ。




