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「エリィ様、お風呂の準備はできておりますが、入られますか?」


 ソファで本を抱えたまま気が抜けていた私に、レイのカップを片付けながら、フィリアさんが声をかけてくれる。


「あ、はい、そうします…。」


 レイと部屋に戻って来てから、準備をしていた様子はなかったから、きっとダイニングにいる間に、誰かが準備をしてくれていたのだろう。

 本をテーブルにおいて、お風呂への扉を開くと、朝とは少し違った香りがした。フィリアさんも、後ろから大きめのかごを持ってついてきてくれている。


「タオルとお着替えは、こちらのかごにご用意したものをお使い下さい。ドレス等は、朝と同じようにして頂ければ大丈夫ですから。ゆっくりしてくださいね。」

「朝から本当に、ありがとうございます、フィリアさん。」

「お姉さんですから、かわいい妹のお世話をするのは、楽しいですわよ~。」


 さっきまで闇のオーラを放っていたとは思えない、優しいオーラのフィリアさん。かわいいお姉さんでしかない。


「今晩のお風呂には、レオナルド様がご案内された、秘密のお庭のハーブを入れましたので………思い出して、のぼせないようにお気をつけて♪」


 そう言い終えるとウインクをして、失礼致しますと出ていってしまった。

 熱い!お風呂にはいる前なのに、顔が熱い!!!思い出させないで!!ちょっと忘れてたのに!!!!



「あーーーーー…………いい香りぃぃ………………。」


 乳白色のお湯は朝と変わらず、お湯に浮くお花が、秘密の庭に植えられていたハーブに変わっていた。色々な種類が糸で束ねられて浮かんでいて、息を吸うたびに癒される………。


「………朝からずっとわけわかんなくて………頭が爆発しそうだったけど………忘れちゃいそう………はぁ…………」


 そう忘れたい。もうできることなら、うちのお風呂場から起きたことからすべて全部、忘れてしまいたい。そう思いながら、ハーブの束を手に持って、そっと香りをかぐ。


 …秘密の庭の…ハーブ。可愛くて綺麗な庭だったなぁ…。


 ―――エリィ

 秘密の庭のことを思い返した途端、耳元でささやかれた声を思い出した。

 一気に顔が真っ赤になる。誰もみてないけれど恥ずかしくなって、口まで湯船につかって、少し顔を隠した。


「レオさんの声は…忘れたくないかな……」

 明日元の世界に帰る予定の私は、もう二度と会うことはないかもしれないけど。





 のぼせないぐらいの湯温なので、癒しの香りに包まれながら、ぼーっとしていたら、結構長く入ってしまっていた。


 かごに入っていたのは、ネグリジェのようなものだった。前開きのワンピースで、白い薄い布を何枚か重ねて作られていて、ふわふわしていた。一番上の生地には、同じ白色のレース生地で、前開きになっている。インナーは別で、キャミソールのワンピースのようなものを着るので、部屋の中で透ける心配はなさそうだった。

 …この世界に来なきゃ、一生着ること無さそうな、お姫様なネグリジェだわ…。家にいる時は、スウェットとか、Tシャツに楽なパンツとかだもんね。着慣れてなくて、ちょっと恥ずかしい。



「あのー………お風呂終わりました…。」

 タオルだけ持ってお風呂の部屋から出て、フィリアさんの姿を探すけれど、見当たらないので、寝室かなと思ったけれど、そこにもいなかった。


「侍女長さんだし、お仕事たくさんあるよね、きっと。」


 何かあれば、各部屋にあるベルで呼んでと言われているけど、特に急ぎでもないし、髪の毛も、いつも丁寧にドライヤーで乾かしてたわけじゃないので、持っていたタオルを肩にかける。

 簡易応接セットのソファに座って、フィリアさんが用意してくれていた水差しとグラスで、水分補給。


「そうだ、『双子の世界』…」


 横にまとめて置かれている4冊の本の、一番上に置かれているそれを手に取る。


 レイの話だと、私の世界の時間の流れの方が早いと言っていた。

 でも、それって、こっちにいた時間より、もっと時間が進んでるってことじゃないの…?と、浦島太郎的なことにならないか、不安になってきた…。


「読んでみれば、わかるかな。」


 黒い装丁を開いて、ページをめくる。

 ページを見つめていれば、内容が頭の中に入ってくるので、どんどん読み進める。


「巫女姫の側にいた人達が、巫女姫や女神様から聞いた話をまとめた感じなのかな…?」


 物語のようにはなっておらず、過去巫女姫に仕えていた人や、その関係者の話、女神様から聞いたことなどを、時系列でまとめている感じだった。

 巫女姫や候補者が、ふたつの世界を行き来した際の、時間の流れ方の差がまとめられていて、比較して検証されていたみたいだ。


「『こちらの世界で1年を過ごした巫女姫が、ご家族にお会いになるとおっしゃり戻られたところ、ほぼ1日しか経っていなかった。』え、1年過ごして1日!?」


 こちらの世界の時間が、1日24時間なのか、1年が365日ぐらいなのかもわからないけれど、1年ってことは、かなり長い時間を過ごしていたはず…。

 結婚した巫女姫が、里帰りしたみたいな感じだったのかもしれない。

 でも、1日しか経っていなかったら、もう自分の世界の昨日のこととか、私なら絶対覚えてない自信がある。


「『候補者が怯えてしまい、すぐに元の世界へ帰ることを望んだ為、認定を受けた後、1週間魔力の回復を待ち、召喚者が共に帰ったところ、3時間程しか時間が経っていなかったと候補者が驚いていたと、戻った召喚者から報告があった。』…あ、そっか。巫女姫が決まるまでは、候補者も召喚者も、自由に行き来できるんだっけ。」


 他の時間経過の記録も、似たような時間経過だった。

 レイが言った「私の世界の方が時間の流れが早い」というのは、こちらの世界の1年が、1日という早さで過ぎてしまうということなのかもしれない。


 私の世界から見たら、1日で1年経過するんだから、この世界の時間の流れが早いと言うことになる。そう、この世界の人が、私の世界で暮らせば、浦島太郎になるってことだ。

 私の世界で1年ほど暮らせば、こちらに戻った時には、歴史の彼方の人になってしまうってことだ。


 …そりゃ、ひとりの候補者に、召喚者が複数かぶるのが当たり前なのもわかる…。

 世界を安定させる為には、候補者をなるべくこっちに居させないと、私がいた元の世界で、のんびり候補者を探して、こっちの世界に来てもらうのを待ってられない。

 数日過ごすだけで、年単位で時間が過ぎるし…。

 なるべくたくさんの、扉の魔法を使える、巫女姫と結婚できる可能性が高い男性を、数人しかいないらしい候補者を探させて、誰かに好意を抱いてもらう可能性を高めるのがいいんだろう。


 何か、こういうの無かったっけ………。


「あ、婚活だ。」


 結婚相手を探すために、婚活サイトに登録した女性に、結ばれる可能性がありそうな男性をたくさん紹介する……。

 似ている…婚活に似ている、この制度…。サイト側が得る成功報酬は、世界の安定。絶対にカップル成立させないと、自分達が困るんだ…。


「それなら、男性だけじゃなくて、フィリアさんみたいな女性も来てくれたら、安心感ありそうなのに…。数打って、第一印象で落ちました!を狙ってるのかな。」


 不審者状態で出会わなければ、私だって、金髪碧眼王子様スタイルで超美形レイに、ひとめぼれしていた可能性はある。

 ファンタジーの世界に憧れる女性だったら、異世界から来た、ただならぬ男前に「あなたのことを探していました!」とか言われたら、ついてきてくれると思う。


「ひとめぼれかぁ…。これまでそんな経験無いし…」


 ――エリィ

 耳たぶに残る甘い声…


 ――エリィ

 触れるか触れないかの、手に残る唇のぬくもり…


「はっ!!!違う違う!!あれは、ひとめぼれというより、お姫様扱いにドキドキしただけでありまして!!!」


「………ィ様?エリィ様?いかがなさいましたか?」


 レオさんのことを思い出して、恥ずかしさから、思わずひとりで叫んでしまう。

 ちょうど部屋に戻ってきてくれたらしいフィリアさんの声が、扉の外から聞こえた。

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