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「巫女姫のことはよくわかったんだけど、よく考えたら、この世界自体のこと、全然知らないのよね…。そういう本はあるかなぁ…。」
レイのように、ひとりごとを呟いていたら『あるよー!花の王国フレールの歴史ー!』『巫女姫の故郷ー♪』『世界共通のマナー!』等々、次々と色んな本の題名が、妖精達から飛び出してくる。
『巫女姫の故郷』とか、ものっすごく気になるけど、知ったところで自分の世界のお勉強になってしまいそうだしなぁ。
「花の王国フレールって、ここの国のこと?それとも、他に国があるの?」
妖精の姿は見えないけれど、空に向かってなんとなく話しかけてみると、答えはすぐに返ってきた。
「ここの国のことー!フレールは花の妖精がいっぱーい♪ここの庭も妖精がいっぱーい!」
元気いっぱいの声で『早く読もう!早く取りに来て!早く早く♪』と急かされる。
もしかしたら、その本自体の妖精なのかもしれない。
「待って。今から本棚に取りに行くから、どれか教えてね。」
『うん!』と元気な声が聞こえた。
寝室の本棚に先程の2冊を戻し、『これだよー♪こっちこっちー!』と、本の背表紙を1冊ずつなぞると、声で誘導される。
『あったりー!』と言われた本は、確かに『花の王国フレール』のようだった。頭に題名が流れてきたし。
ちなみに、周りでは他の妖精からの、ずるいだの、こっちも読んでだの、レイの好きな本は双宝珠の護り手~!とか、レオはそれ読んで真っ赤になったー!とか、フィリアはここの本全部読んだよとか、なにげに気になる情報漏洩がされている。
あー………妖精さん見えるようになりたい……。仲良くなりたい………。
それにしても、真っ赤になったレオさんとか見てみたいっ!
レイは…うん…あんまり考えるのやめとこう。私がぶっ飛ばしたシーンもあるけど、全体的には双宝珠の話だったしね、うん。
「ありがとう、妖精さん達。私、こっちの世界の字が読めなくて、助けてもらって、すっごく助かってるよー!本が大好きだから、フィリアさんみたいに全部読みたいなと思ってるから、順番に読ませてね♪」
本棚に向かって話しているのは滑稽かもしれないけれど、素直な気持ちを話してみたら、突然本棚全体がフワーッと輝きはじめた。
…あ、これレイがお風呂場で倒れたときと同じ感じの光だ。
『『『『『『あーりーがーとー!』』』』』』
たくさんの妖精さんの声がひとつになって、より光が強くなると、それが小さい丸にまとまって、私の胸にスーッと吸い込まれた。
一瞬の出来事で、身動きできなかった。そして、光を吸い込んだ私は、なんとなく身体がポカポカする。
『エリィ喜んだから、僕たちも嬉しい!』
『エリィ喜ぶと、僕たちも元気になる!』
『私たち、幸せだと魔力たくさん出るっ♪』
『エリィの魔力、ふわふわで気持ちいい!だから、魔力ふわふわにしてちょーだい♪』
『早くレオと結婚しろー!』
妖精さんたちは、幸せを感じると魔力を出すんだ…。あとは、魔力の相性が良い人に、魔力を供給しやすいのかな。返してもらえる魔力が気持ちいいのかもしれない。
って待て。何か最後おかしいよね?もしかして、さっきの妄想、のぞかれてたりした?そういうことできちゃう感じ!?
『レオと結婚、エリィ巫女姫!』
あ、なるほどね。そうか、この世界の人なら、相手は誰でも良いんだよね。結婚さえすれば…って、何でそこでレオさん!
『レイは婚約者とラブラブ!』
『レイはエリザベスと結婚!』
『エリィはレオと結婚!』
「えっ!?レイは婚約者がいるの!?」
ちょっと気になる発言も、またあったけど…。
それよりも気になるのは、レイに婚約者がいるって!?
婚約者がいるのに、巫女姫と結婚しようとしてるってこと?だとしたら、最低の男の気がするんだけど。
――コンコンッ!
「エリィ様?よろしいでしょうか?レイナード様がお帰りになられました。」
妖精さん達の思わぬ暴露話を確認しようと思ったところで、フィリアさんから呼ばれる。
その暴露話の当の本人が、帰ってきたらしい。
「今いきまーす!」
………根掘り葉掘り聞くしかない。私はそう決意して、1階にあるダイニングに来ていた。
ものすごく広い部屋で、映画に出てきたみたいな長ーーーーいテーブルの端と端とかだったらどうしようかと思っていたけど、思ったよりもこじんまりとして、8人ぐらい座ればいっぱいになるようなダイニングテーブルだった。
レイは先に座っていて、私は向かいの席を案内される。
「ひとりにしてしまって、申し訳なかったね。エリィさん。」
ニコッと笑った顔は、相変わらず超美形だけど、レオさんとはあんまり似てないなーと思った。
「珍しくお帰りになった兄と会ったと聞いたけれど、巫女姫のことは秘密にしてくれたかな?」
「…宿屋の友達って言っといたけど?」
「…………エリィさん………?何かお怒りでいらっしゃいます…か?」
目以外はニッコリと笑って言うと、レイが笑顔を凍らせたまま、怯えて聞いてきた。
「…別に怒ってないですけど?話によっては、飛び膝蹴り?」
「本当に申し訳ございませんでした。」
「いや、まだ何も話してないし。」
「?……嘘をつかせたことじゃないのかい?」
レイは、私が嘘をつかなきゃいけなかったことに、機嫌を悪くしていると思ったらしい。いや、そんなことで機嫌悪くならないし。
「あなたも嘘をついてるんじゃない?私に。」
巫女姫についての知識を得る前なら、婚約者がいたとしても「そうなんだ、お幸せに~♪」としか思わなかったと思う。
でも、「真実の愛を交わす=結婚」と知った今なら、婚約者がいるのに、巫女姫候補者と結婚しようとするなんて、浮気か二股かってことになる。
「巫女姫が本命で、婚約者が愛人ですね。」とか、本を読んだ限りの私の想像だけど、「真実の愛」には当たらないような気がする。
私なら、婚約者がいる人から「あなたが一番です。愛してます。」とか言われたら、ぶん投げるか…ポトリといく。
「僕には、何のことか全くわからないんだけど…。」
ニッコリ笑顔のままの私に怯えているところを見ると、本当にわかってないみたいだ。
スープが運ばれてきたので、お互い口に運ぶ。
「…婚約者さんとは、もう長いの?」
「ブホォッ!!!」
前じゃなく横にスープを吹き出すあたりは、育ちの賜物なのかな。側に控えていたフィリアさんが、無表情で新しいナフキンをレイに渡して、周りを掃除し始める。
「………誰から聞いたんだ?」
レイは口の周りを拭きながら、何事もなかったかのように冷静な顔をして私に聞く。
「本の妖精さん。」
「あの子達か…!そこは盲点だった…。」
「エリザベスさんって婚約者がいるよーって。ラブラブだって。」
「元は僕の部屋にあった本だからか………。」
赤くなった顔を両手で隠して、肘をついてしまってる様子から見ると、部屋でラブラブしてたのだろうなー。
「まさか、エリィさんが妖精達と会話をしてるとは思わなかった。見えるようになったのかい?」
「見えないけど、本を読むのに力を貸してくれたから、お礼を伝えたの。そしたら、色々教えてくれて…」
「色々ってなに!?他にも、エリザベスと僕のこと、何か言ってたのか!?」
真っ赤な顔を見せて、焦って聞いてくる感じからして、相当イチャコラしてたな、これは。
「さぁ、どうでしょうね?」
「うっ……………………」
「婚約者がいるって言うのは、本当なのね。」
「……………………………」
「だから、嘘をついてるんじゃないかって聞いてるの。」
「はぁっ。………巫女姫の歴史を読んだからだね?」
レイは、少し悩んだ様子を見せていたけれど、大きく息を吐くと、真剣な顔をして私を見つめる。
「読んだわ。というより、教えてくれたって感じだけど。」
「なるほどね。歴代の候補者や巫女姫も、文字を読むことに問題はなかったとあったが、妖精が力を貸して、直接頭に語りかけたような感じかな?」
「そうね。そのおかげで『婚約者がいるのに結婚が必要な巫女姫の召喚をしている何考えてんの最低じゃない?その婚約者さんのことどうすんのよってか私に隠して浮気か二股かでうまくいかせようとか思ってるわけ?ポトリといくぞそんな男』って考えにいたってね。」
ニッコリ
「そんな男っていうのは、僕のこと…だよね?」
ニッコリ
「ポトリと言うのは…?」
ニッコリ
運ばれてくるご飯を食べながら、質問には全てニッコリ笑顔だけで返答する私に、レイの顔色は、さっきの赤から青く変わっていく。
「是非、詳しく説明をさせていただきたいと思いますが…」
「ご飯を食べ終わったら、ゆーっくりじーっくり聞きたいな♪」
こうして、デザートが終わるまで、沈黙のお食事タイムが始まったのであった。
「さて、説明してもらいましょうか…。」
本の妖精も居てくれた方がいいかも知れないと思い、ご飯の後は、私の部屋に場所をうつした。
レイは、夜に女性の部屋に入るのは、良くないなとかって言ってたけれど、「お風呂場に現れたのに?」と言えば、素直になった。
廊下側の部屋、おそらくここは応接間なんだろうと思われる部屋の応接セットで、私はソファに、レイは向かいの椅子に座る。
「はぁ…………順番に少しずつ、エリィさんには伝えていこうと思ってたのに…。とんだ伏兵だったよ………。」
『僕たち、いつもレイと一緒だった♪』『エリィ、喜ぶと嬉しい!』等々、妖精の声は聞こえてくるが、私にはやっぱり見えない。
レイはテーブルに置かれた本を見つめながら、苦笑いしているので、妖精は本の側にいるんだろう。
ちなみに、置いてある本は、私が読み終わった2冊と、『花の王国フレール』の3冊である。
横では、フィリアさんがお茶の準備をしてくれている。
「まず、エリィさんが一番聞きたいと思っていることだが…。確かに僕には婚約者がいる。ある侯爵家のご令嬢で、僕の同い年の幼なじみであり、3歳の時だったかな、父が勝手に決めた婚約者だ。」
レイはそう言って、長い足を組み、背もたれに身体を預けた。
「彼女…エリザベスは、一人娘でね。あちらに婿に入る予定なんだ。父は、サフィーリア家の後継ぎは、優秀な兄と決めているからね。僕は不要なんだ。」
「不要って…家族なのに?」
「家族ね…。エリィさんはご家族は?」
「………父だけよ。母は生まれてすぐ亡くなったの。」
「そうなのか………。それじゃあ、両親がいて、兄弟がいる、家族の多い家は、羨ましく思えるかもしれないね…。」
勝手に、きっと幸せに生きてきた家庭なのだろうなと思っていたのを、見抜かれた気がした。
レイは、少し悲しげな顔をして、私から視線をそらす。
「詳しいことは省くけれど、僕の母は後妻でね。兄は亡くなった前妻の子ども。そして、父は後継ぎである優秀な兄にしか興味がなく、僕と母に興味は全くない。そして、僕の母は、兄を嫌っている。」
「…………………………」
何て言えばいいのか、わからなかった。
レオさんから、秘密の庭を教えてもらった時に、お母様は亡くなったということは知ったけれど、そんなに複雑だとは思ってなかった。
ここに来てから、ずっと夢のようなことばかりだったから、私がいた世界のような泥々としたことは無いような気がしていたのかもしれない。
「僕が巫女姫召喚の儀式を行ったのは、母からの命令だ。巫女姫と結婚すれば、世界の王となりうる力を持つことができる。僕が世界の王となれば、父が、僕と母に興味を持つだろうと思ってるんだ。」
「………扉の魔法を使ったのは、自分の意思じゃ無かったってこと?」
「自分の意思がなければ、魔法は使えないよ。命令されたけれど、召喚の儀式は、僕の意思で行ったよ。候補者さえ連れてこられれば、後は、他の巫女姫候補者が現れて、結婚して巫女姫になるまで待てばいいと思ってたからね。」
少しだけ笑顔を浮かべて、レイが私のことを見つめる。
「だから、安心してくれ。僕は君と恋に落ちるつもりもないし、エリザベス以外と結婚するつもりもない。候補者認定を受ければ、魔力さえ溜まれば…いやもう充分に溜まっているみたいだけど、すぐにでも元の世界に帰ることはできる。」
「でも、それじゃレイのお母様は納得しないんじゃないの?巫女姫と結婚することを望んでるんでしょ?」
「候補者がいる、順調に愛を育んでるって言っとけば、あとはエリィさんに元の世界から、たまにこちらに来てもらって、二人でいる姿でも見せとけばいいと思ってた。巫女姫さえ決まってしまえば、もうエリィさんはこちらには来られないし、僕も呼ぶことはできない。その後は、また巫女姫がいた頃の状態に戻るだけだ。」
「あなたは私を自分勝手に使いたいってことね、自分の為に。」
真顔になったレイの碧い瞳には、悲しみがうかんでいるように見えた。レオさんとは違う、少し闇をはらんだような深い青。
「相変わらず甘いわねー!そんなだから、奥様に言いように使われるのよ、レイ。」
私とレイの間の険悪な空気をぶったぎってくれたのは、側に控えていたフィリアさんだった。




