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「昼食まではまだ時間がございますが、何かなさりたいことなどございますか?わたくしで手配できることなら、お力になれるかと思います。」
「あの、実はさっきまで、寝室の本棚の本を勝手に読ませて頂いていまして…。」
「あぁ、巫女姫様関連の書籍でございますね。レイナード様が、巫女姫様をお連れした際に、知識となれば良いとご用意なさいました。」
「レイが用意してくれた本なんですか?」
少し意外な感じがして、フィリアさんに確認してしまう。
「えぇ。歴代の候補者様は、こちらの世界の文字は、妖精の手助けがあり読めていたということでしたので、誰かから一方的に教えられるよりは、自ら過去の知る方が良いだろうと。」
「…良い人なんですね、レイって。」
「良い人かどうかは、あのひねくれ具合なのでわかりかねますが、ご本人も、知識を得ることがお好きな方なんです。得た知識から、仮定して考えることがお好きなようです。」
フィリアさんの、ちょっと毒の入った話を聞いて、仲良しなんだなぁと思いつつ、レイの、今朝の会話中のひとりごとトリップを思い出して、あぁ、なるほどと思ってしまう。
「それなら、私も読書が好きなので、昼食まではこちらで本を読ませてもらえたらと思っていて…。」
「では、昼食も読みながら片手で食べられそうなものを、ご用意いたしますね。」
ウインクして、フィリアさんはティーポットの中身を、新しいものに交換してくれた。
惚れそう…気が利きすぎるお姉様に惚れてしまいそうです…!
「ありがとうございます!フィリアさんの本当の妹になりたいと、本気で思いました!」
「あら、エリィ様は、もうとっくに、わたくしの妹でしてよ?」
小悪魔な笑みを浮かべたフィリアさんは、いつでもベルでお呼びくださいね♪と言い残し、一礼して部屋を出ていった。
フィリアお姉さまーーーー!
心の中で、初めて愛を叫んだかもしれない。
昼食は、朝こちらの世界に来たときと同じような、サンドイッチを、フィリアお姉様が持ってきてくれた。
中身は少し違うようで、お肉っぽいものが挟まれていた。フルーツも片手で食べられるように、ひと口サイズでフォークで食べられるものばかりだったので、午前中から私室のソファで、休みなく本を読むことができた。
数回、フィリアお姉様が「ティーポットの交換に」と来てくれたけれど、特に話すこともなく、そっと交換して出ていった。
「よーんーだぁぁぁぁぁ…………………!!!」
超有名魔法界ファンタジー小説と同じぐらいの、ハードカバーの本2冊!文字を読むわけではないので、中身は頭に入ってくるので、かなりの早さで読むことができた。
私が読んでいたのは、レオさんが挨拶に来てくださった前に読んでいた『巫女姫の歴史』と『双宝珠の護り手』。
この2冊で、巫女姫がどういうものかということと、宝珠とは何なのかということは、なんとなく理解できた。
書斎机にあった、いまいち使い方のわからなかった羽ペンと紙に、ざっとまとめると、こんな感じ。
・巫女姫は、初代以外は歴代すべてが異世界(恐らく私がいた世界のみだと思われる)から、扉の魔法で、本人の同意を得て召喚者が連れてきていること。
・巫女姫が男性だったことは一度もないこと。
・巫女姫は、こちらの世界の男性と結婚することで、すべての魔力を解放できること。(別に結婚しなくても、真実の愛を交わせば問題ないが、この世界では、婚前のあれやこれやはタブーなこと。)
・巫女姫のお相手は、その巫女姫を連れてきた召喚者ではなくても良いこと。(この世界の人なら誰でもいい。)
・巫女姫の候補となる人間は、私の世界には多くて数人しかいないので、ひとりの巫女姫に多数の召喚者がいる場合もあること。(ほぼ確実に、巫女姫ひとりにつき召喚者は複数人だと書いてあった。)
・巫女姫と結婚した相手は、世界の王となること。(特に王として何をするわけでもない肩書きみたいだが、巫女姫と同じ魔力を持つようになるっぽいので、最強なのかも。)
・巫女姫が不在となると、妖精が好きな人間にのみ魔力を渡すようになるので、安定した魔力の供給ができなくなること。(魔力の強い人間に魔力を供給しやすくなるらしい。)
・双宝珠の儀式を終えれば、特にやることはないこと。(生きていれば、どちらの世界にいても構わないらしい。)
・巫女姫になれば、ふたつの世界を自由に行き来できること。(候補者も、巫女姫が決定するまでは、魔力が使えれば自由に行き来ができるが、巫女姫が決まれば、他の候補者は、帰ることはできても2度と来ることはできない。)
・巫女姫になれば、こちらの世界にいる間は老化しないこと。(不老不死になるのであれば、代替わりはないはずなので、あくまで見た目が老化しないということなのかも?)
『巫女姫の歴史』についたは、大体こんな感じだった…。わからないことや、この本だけではわからないこともたくさんあった。
もう一冊の『双宝珠の護り手』は、ほとんどは儀式の内容と、巫女姫の素晴らしさを、物語のように書かれていて、本当にあったことを題材にして、おおげさにした恋愛小説?みたいな感じだった…。「青い月の光が窓から差し込む寝室での、初めての夜…。彼女は、そっと胸元の…」とかって頭に流れて来たときには、「そこはいらないーっ!」って、小さな声で叫んだし…。
いやまぁ、儀式の詳細は書かれていたから、双宝珠を巫女姫の魔力て満たすことが必要なのはわかりましたけども!
巫女姫と騎士の初めての夜を、事細かに書く必要はないんじゃないかなーっ!!!
しかし………やっぱり「真実の愛を交わす」っていうのは、必須条件っぽい…。
ただ、読んでいて思ったことはある。これって、巫女姫候補者として連れてこられた人は、興味が無ければ、さっさと帰りたいって行って、レイが言ってたみたいに、魔力溜めて帰れたら、もうこっちに来なきゃいい話じゃないのかなとか…。
ファンタジーの世界が好きとか、元の世界に家族がいないとか、未練がない人、巫女姫の特権が欲しいって人は、誰かと真実の愛を育みたいと頑張るのかもしれないけど、あまりにも無責任な制度のような気がしてしまう。
私は、帰れるならソッコーで帰りたい。今頃は、大学に行ってる時間だし、大学とはいえ、いつまでも無断欠席してもいられないし。いつ、父や祖母から連絡が来るとも限らないし…。
それにしても、この巫女姫とやらの制度は、女神様が初代の巫女姫をわざわざ準備していたってことを考えると、女神様が作った制度ってことよね?
何でこんなにややこしいことをしてるんだろう。
女神様がこの世界を作ったんなら、少し力を貸してあげれば、直ぐ済む話だと思う。皆平和で皆幸せ。それじゃダメなのかな…?
何かちょっとイライラしてきた…。
だいたい、何で私がこんな女神様の理不尽な制度に巻き込まれなきゃいけないの?
こちらに来てからは、至れり尽くせりで、レイはともかく、フィリアさんと……レオさんとも出会えたことは、嬉しいなとは思ってるけど、何としてもこっちの世界の人間と結婚させて、世界を救ってくださいって考えが、何か気にくわない!
そりゃ、レオさんみたいな素敵な人に、結婚して欲しいって言われたら、即答で、わかりました!好きにしてください!って答えちゃいそうな気もしちゃうけど…。
『エリィ、俺と結婚してくれるよね?』
「わーっ!わーっ!わーっ!ちがうちがうちがうちがう!!!」
甘ったるい笑顔と、耳元で小声でプロポーズしてくるレオさんが、生々しく頭に浮かんでしまって、叫びながら顔面が爆発した。
「ダメだぁ…。レオさんが…ずっと残ってて…。」
右耳をそっと手のひらでふさいで、目を閉じる。
耳をふさいでも、あの甘い名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
目を閉じたら、まぶたの裏に、あのくしゃっとした笑顔がうつる。
あんな少しの時間しか一緒にいなかったのに、ふとした瞬間に何度も思い出してしまう。
…ものすごく甘い、呪いみたい。もし、あの人がレイの変わりに、私を迎えに来てくれてたら…。
あの人の為に、この世界の為に、頑張ろうかなと思っていたのかもしれない…。
「あ、ダメだ。出会いは、お風呂場に現れた不審者だったわ。」
急にサーッと熱が引き、冷静になれた。
レオさんだったとしても、あの状況だったら、男の子の大事なところに、飛び膝蹴りかましてたよね、間違いなく。
こちらの世界に来てからの、はじめの内のレイの怯え方を思い出すと、レオさんでなくて良かったのかも…としみじみ思った。