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「騎士の正礼は、本来なら自分が仕える主に忠誠を誓い行うものですので、あまり気になさらないでくださいね、エリィ様。」
部屋に戻ってきて、フィリアさんはテーブルにお茶とお菓子の用意をしながら、ソファに座る私に、そう教えてくれた。
フィリアさんから、なんとなく黒いオーラが出ていた気がするのは、気にしないでおこうと思った。
レオさんの、フィリアさんが最強説、本当なのかもしれない…。
「そうだったんですね。あれが普通だったら、どうしようかと思いました…!心臓何回か爆発しましたから。」
「…エリィ様の心臓を、何度も爆発させてしまうなんて、レオナルド様には相応のご対応をさせていただかないといけ…」
「だだだだだだだいじょうぶです!!フィリアさん!大丈夫ですからっ!」
ニコニコしながらお茶を注いでくれるフィリアさんが、黒いオーラで包まれ過ぎて怖すぎる!!!ただの優しいお姉さんだと思ってたのにっ!!
「レオナルド様は、今日から数日間は、騎士団のお仕事で宿舎にお泊まりとのことでうかがっております。その後も、ご予定があり、別宅でお会いできることは無いかと思いますので、恐らくもう爆発させられることは無いかと思います。」
フィリアさんは、普通の笑顔に戻って、一気に説明してくれた。
…レオさん、あの人畜無害っぽい爽やかな顔して、もしかして女遊びの激しい人なのかな…。
…初めてレオさんを見たとき、心の奥がざわついた気がした。これまで、経験したことのないような…何かが動きだすような…。
でもきっと、これまでの人生で、あんな素敵な男性に出会ったことがないからだろう。あんな笑顔で見つめられたら、そりゃ誰だって心がムズムズするに決まってるし!
さすがに、最後の耳元での呼び捨ては、ちょっと刺激が強すぎたけどっ!!!
思い出して顔を真っ赤にしてしまった私を、フィリアさんは、少し困った様子で、苦笑いしながら見ていた。
「普段は、あんな風になさることは、無いんですけれどね…。」
「そうなんですか?女性皆さんに同じ対応なのかと思いました。」
「レオナルド様は、はにかむ笑顔を向ければ、千人の女が倒れた等と馬鹿げた噂が出るぐらい、とにかくありとあらゆるご令嬢から好意を抱かれるのですが、すべてサラッと流されていますね。」
いや、『はにかむ笑顔で千人の女が倒れた』とか、どんな噂だ…。
…でも、あの笑顔が反則なのは…すごくわかる。
「ご令嬢方からのお誘いのお手紙、それはもう信じられない量で届きますが、返事の必要のないお手紙については、全て執事が受け取りをお断りしております。さすがに、お茶会や夜会等の正式なものについては、レオナルド様にご確認いただいてから、執事よりお断りのお手紙を出しております。」
「すごいんですね…………人気が…………。」
「レオナルド様は、王立騎士団の花形である騎馬隊の…それも隊長でいらっしゃるので、式典や警備など、目立つお仕事が多いのです。」
「もう、見てくださいと言わんばかりの部署なんですね…。」
「なので、先程のようなことは…初めてでございました。わたくしも、戸惑いと同時に、大切なエリィ様に何をしてくれているのかと、何度か魔法で気絶させようかと思いました。フフフッ。」
フィリアさん!満面の笑みだけど、殺意が見えます!
でも、その話を聞いて、少しだけ嬉しかった…。
思い上がりだと思うけど、ちょっとだけ…特別扱いしてくれたのかなとか…。
あと、この短い時間で、フィリアさんが私を大切に思ってくれてるんだなと思うと、ヘアメイクをしてもらった時のように、やっぱりムズムズしてしまう。
「ありがとうございます、フィリアさん。」
「わたくし、この世界ではエリィ様の姉がわりでございますから♪」
「「フフフフッ!」」
なんだか嬉しくなって、フィリアさんと一緒に声を出して笑ってしまった。
本当に、夢じゃないかな…これ。こんなにあったかい、初めての気持ちが、たくさん溢れて止まらないなんて。
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「はぁ………………」
大きく息を吐いて、荷物を背負う。
黒い愛馬をつれてきてくれた、馬番の少年に「ありがとう」とつげて、手綱をひきつぐ。
…彼女への最後の挨拶は、いつもの自分に戻っていたはずだ。
部屋に入った瞬間、目の前に立っていた彼女は、妖精に好まれているんだろう…妖精の魔力を纏って、キラキラと輝いていた。
…薄紫に輝く髪が、同じ色の瞳が、彼女のすべてが、輝いて見えた。
「…ひとめぼれなんて、一番縁遠いかと思ってたんだがな…。」
黒い愛馬に乗り、再び大きく息を吐く。そして、そのまま走りだす。
仕事柄、合わせて侯爵家の後継ぎということもあり、これまでに、見目麗しいご令嬢には、山ほど会ってきた。綺麗だと思っても、それで心を動かされることは無かった。
無かったのに、なぜ心が動いた相手が、義弟の候補者とは…。
はぁ…。ため息しかでない。なぜあんなことをしたんだ、俺は…!
自分のしたことを思いだして恥ずかしくなり、思わず「あぁっ!」と馬上で叫ぶと、愛馬がどうした?と目をこちらに向けていた。
「…すまん…何でもない…。」
「…………フッ!」
愛馬に、仕方のないやつだなと…言われた気がした。
レイの候補者として、これからレイと共に多くの時を過ごし、いつかは、彼女の…エリィの記憶の中に残りたいと、思ってしまった。
主への忠誠を誓う手の甲への接吻は、さすがに普段のように軽くでも唇をつけることはできなかった。この世界の人間ではないことを知って、こちらの世界の常識を知らないのを逆手にとって、騙している後ろめたさもあった。
それでも、彼女の記憶の中に残りたかった。できることなら、この行動で、俺を異性として意識してくれたらを良いとさえ思っていた。俺の中にも、こんな小賢しい思いを持つ心があったんだなと、驚いた。
レイの兄としてではなく、レオナルドという男として、エリィの心の中に残っていたかった。
もうこの先、会うことが無かったとしても。
俺に恋に落ちてくれなくても、少しだけ心の中に残ればと。
「本当に…何をやってるんだ、俺は。」
過去の巫女姫の歴史の中では、候補者が連れてきた者以外と愛を交わすこともあったとあるし、それで問題なく力は解放されたとある。それに、複数の召喚者の扉が、ひとりの候補者の元に繋がってしまう場合も、よくあることだと記録には残されていた。
彼女は…エリィは、レイの連れてきた候補者だ。義母は、レイが巫女姫候補者を連れてきたとなれば、必ずエリィが巫女姫となるよう、レイと真実の愛を交わすようにと、手段は選ばないだろう。息子であるレイ本人が、それを望まないとしても。
そして、扉の魔法は、一度限りだ。魔力の強さに導かれて道を作れば、そこにしか繋がらない。そして、そこから探し出せる範囲で、巫女姫候補者を探すのだから、他の巫女姫を探すことは、ほぼ不可能だと言える。
あの義母なら、エリィがダメなら他の候補者を奪えとも言い出しかねない。そうなれば、家同士の争いになる可能性もある。もし、他国の召喚者から奪ったとなれば、国同士の争いになる可能性も捨てきれない。
レイは、母は違っても、フィリアと共に可愛がって来た大事な弟なのだ。できれば、母親とは縁を切り、父に決められた婚約者とはいえ、幼いときから心の支えとなっている愛する者の元へ、婿に行かせ、しがらみから自由にしてやりたいとも思う。
…レイ本人が、まだ諦め切れていないからな…。母親の期待に応えれば、もしかしたらと。歪んでしまった母親から、普通の親の愛を得られるんじゃないかと…。
そんなことを考えながらも、結局最後には、自分に都合のいいことを考えてしまう。
叶うなら、3日後の自分の召喚の儀式で、エリィの元に道が繋がれば…と。
「宿舎に戻ったら、この軟弱な精神を鍛え直す!付き合ってくれるよな!」
愛馬のたてがみを撫でると、当たり前だと言うように、「フッ!!フッ!!」と鼻を鳴らした。




