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「今、寝室なので、すぐそちらの部屋に行きます!」


 大きめの声で答えたから、たぶん聞こえているはず。

 本をベッドの枕元に置いて、寝室を出る。

 どこにいていいのかわからないので、とりあえず、ノックがした扉から少し離れた正面に立って、外に声をかけた。


「あの、お待たせしました!どうぞ!」


 確か、レイから言われたのは、泊まった宿屋の娘みたいな設定だったっけ?突然のことで曖昧に思い出しながら、とりあえず宿屋の友達って行っとけばいいかと、勝手にまとめる。


「失礼致します。」

 フィリアの声がして、そっと扉が開けられた。

 待っている立場だけど、なんとなく、面接でも受ける気分で緊張する手のひらを、ギュッと握りしめる。


 扉から入ってきたのは、優しい笑顔を浮かべた、薄茶色の髪の、レイと同じ碧眼の、背の高い男性だった。

 レイとは違うタイプの、超美形。一見、優男感があるが、服の上からでもわかる、しっかりとした体つきは、お子さまからご高齢の方まで、微笑みかけられたら、虜になること間違いないと思う。


 ――そう、私も。その優しい笑顔から、目が離せなくなった。


「突然申し訳ない。レオナルド・ダリル・サフィーリアと申します。」


 彼はそう言うと、私の目の前で片足で跪づき、右手で私の左手をそっと持ち上げ、手の甲に触れるか触れないかの口づけをする。


 わーーーーーーーっ!!!!!!

 突然のお姫様な世界の挨拶に、一気に身体中の血液が沸騰して、顔からすべて真っ赤になってしまった。

 いや、口は触れてない、たぶん触れてない!どっちかわかんないけど、たぶん触れてない!!


「エリィ様、騎士の女性に対する正礼ですから、気になさらなくても大丈夫ですよ。」

 フィリアさんが、レオナルドさんの後ろから、ニッコリフォローしてくれているが、何となく彼女のオーラが「なにやってんだ、このやろう」的な雰囲気を出しているのは、気のせいではないはず………。



「レイナードのご友人と伺いましたが、まさかこんな美しい方だとは思わなかったな…。」


 彼は、私の左手を軽く握ったまま、顔をくしゃっとしてそう言った。

 このまま死ぬのかもしれない………。

 目の前でこんなかっこいい年上だと思われる人が、髪や目の色以外、ふっつーの私を、美しいとか言いながら、可愛く笑って見つめてる………。

 ………夢だ、やっぱりこの世界、夢だ。寝てるんだ私。



「あ、あの…手が、手があの…」

 手がっ!手がぁぁぁぁっ!


「あ、失礼した…!」

 レオナルドさんは、はっとしたように、優しくサッと私の手を離し、一歩下がった。


「初めまして。神崎絵梨衣と申します。レイナードさんとは、以前うちの宿屋にお泊まり頂いて、それからお友達で…。」

「あぁ、フィリアから聞いているよ。レイナードと仲良くしてくれて、ありがとう、カンザキエリイさん。」


 深くお辞儀をして挨拶をする。

 レイから聞いた設定で、なんとなく説明したけれど…。

 レオナルドさんからフルネームで名前を呼ばれて、日本の名前を名乗って良かったのかな…?とか、少し不安になっていた。


「何か困ったことがあれば、いつでもフィリアに言ってくれ。あぁ、そうだ。ここに来てから、レイは庭の案内はしたかい?」

「あ、いえ…。あの、今朝来たばかりなので、外はまだ。」


 旅行に来たと思われているだろうけれど、さっきいきなり弟さんと瞬間移動してきたとこです!とは言えないし、今朝来たのは間違いないので、嘘じゃないし!


「じゃあ、少し一緒に散歩でもしないかい?」

「えっ?あ、はい。」

 爽やか笑顔で言われて、つい返事をしてしまった。


「フィリア、悪いが荷物の準備を頼んでもいいか?庭で受け取って、そのまま騎士団に戻る。」


 レオナルドさんは、振り返りフィリアさんに言うと、フィリアさんは一礼して、部屋から出ていった。

 …なんか怒ってたと思う。なんか笑顔だったけど、般若の影が見えた気がする…!


「さて、じゃあさっそく行こうか。」

 レオナルドさんが、さっきとは逆の左手を、手のひらを上にして、私の目の前に差し出した。


「えっと…」


 迷っていると、レオナルドさんは私の右手を、左手でそっと掬い上げるようにして、軽く握った。


「エスコートは、騎士の礼儀だからね。嫌かもしれないが、エスコート無しに女性を案内するわけにはいかないんだ。少しだけ我慢していて欲しい。」

 ごめんね、と言う彼の笑顔に、もう心臓が爆発しそうになった。





 逃げたい………このプリンセスな世界から逃げたい………。

 2階の部屋から、「気をつけて。」と言われながら、慣れないドレスと低めだけれど慣れないヒールで階段をエスコートされ、初めて来る1階の広間を抜けて玄関を出ると、目の前には噴水があり、車が停まれそうな石畳の小さなロータリーになっていた。

 周りには、緑と色とりどりの花がバランス良く咲いていて、良く手入れされている庭園という印象だった。


「きれい…!」

 思わず出た言葉に、まだ手を握ったままのレオナルドさんは「自慢の庭だよ。」と教えてくれた。

「俺のお気に入りの場所があるんだ。」


 そう言うと、レオナルドさんは別宅に沿うように庭の端を歩いていく。

 え、もしかして、何か家の裏の怪しげな場所に連れていかれるとかないですよね?まさか、こんな素敵な人が、いきなり悪者になるとかないですよね?いやでもわかんないけど、とりあえずどっちでもいいから、早く手を離してー!恥ずかしいー!


 少し歩くと、腰ぐらいの高さの白い柵に囲まれた、庭とは別に区切られた場所についた。

 真ん中には、柵と同じ白い東屋があり、テーブルと椅子が4脚置かれている。


「ここが俺のお気に入り。」

 東屋にエスコートされて、ようやく手を離してくれたレオナルドさんは、私に椅子をすすめると、またまたくしゃっと笑って言った。

 ここから見ると、柵に沿うようにミニバラのような花が植えられていて、その内側に、なんとなく見たことがあるような植物が植えられている。


「あれって、もしかして…ハーブですか?」

 ラベンダーやミントに似たものを見つけて、私の横でなぜか立ったままのレオナルドさんに聞いてみる。


「よくわかったね!ハーブなんて、地方の農地でしか栽培してないのに。カンザキ嬢の住むところでも栽培されていたのかな?」

「へっあっ、はっと、えっとそうですね。ありましたね!」


 しまった!余計なことを質問してしまったと思い、ハワハワと返事をしてしまった。恥ずかしすぎる…!


「ここは、俺とフィリアが、亡くなった母から受け継いだ秘密の庭でね。あぁ、秘密って言っても、レイナードも知っているから、安心して。」

「そう………なんですね………。素敵なお庭だと思います。優しくて、ホッとする場所だなと思います。」

「そう言ってもらえて、嬉しいよ。ありがとう。」


 うつむいて答えると、横に立っていたレオナルドさんが、跪くと、座っていた私の右手を掬い上げ、またそっと触れる触れないかの口づけをする。

 ワァァァァーーーーーーーーッ!!!王子様ーーー!!!

 もう、お姫様の世界としか思えない行為の連続に、このまま鼓動がレオナルドさんに聞こえるんじゃないかと思うぐらい鳴り続け、たぶん顔面が燃えてると思う。


「騎士の、心からのお礼だ。これまで、騎士にはあまり会ったことがないかな?」

 手をそっと離して立ち上がったレオナルドさんは、優しく微笑んでいる。

 そうか……私はもうこのお姫様トラップでゲームオーバーになりそうだけれども、彼にとっては普通のことなんだ…。

 落ち着こう、落ち着こう私。海外の人に、挨拶でハグされたのと同じようなことなんだ、うん。文化の違いね。よしっ!


「あの、レオナルドさんのような、騎士の方にお会いしたのは、初めてで…。その…色々驚いてしまって、すいません…。」

 まだ赤くなったままの顔で、レオナルドさんを見ながらそう答えると、「フフッ」と小さく笑われた。

 え、そんな私真っ赤ですかね?いや、それあなたのせいなんで!日本人にいきなり手の甲にキス連発とか、もうレイと同じ不審者なんでー!とか、心の中が大混乱していると、


「レオでかまわないよ。」


 いきなり、またまたまた顔をくしゃっとして、笑顔でそう言った。いや、その笑顔、年上のイケメンがやるのは、本当に反則ですから…。


「いや、年上の方にそれはちょっと、あの…。」

 呼べないです。恥ずかしくて呼べないです。

「俺、まだ23歳なんだけど、そんなおじさんに見えてたか…。」

「いえ、おじさんとかそんな!私と5歳しか違いませんし!」

「カンザキ嬢は、18歳でいらっしゃるのかな?」

「はい…、そうです。」

「じゃあ、レイナードの2つ年上なんだね。」

「えっ!レイって年下なんですかっ!?」


 何か大人びてたから、見た目でてっきり年上かと思ってたわ…。不審者から入ったから、敬語使う気は一切なかったんだけど…。


「レイが呼び捨てなら、俺も呼び捨てで呼んで貰えたら嬉しいだけど?」

 ニコニコしながら、レオナルドさんが追い討ちをかけてくる。怖いよぉ…なんかわかんないけど、すごいプレッシャーが…怖いよぉ…。


「あの、じゃあレオさんでどうでしょうか!?」

 頭上からのニコニコのプレッシャーに耐え兼ねて、思わず立ち上がって、妥協案を提案する。

「仕方ないな、じゃあそれでお願いします。」

 レオさんは、嬉しそうに微笑んだ。


 何が仕方ないんだー!何がどう仕方ないのか!

 …でも嬉しそうだから、もういっか…。

 顔も熱いままだし、少しうつむいて色々もやもやしていたが、でも、年上の人が名前を呼ばれて、あんな嬉しそうにしてくれるのも、何だかかわいいなぁ…なんて思って、フフッと笑いながら、横に立つ背の高い彼を見上げてしまった。


「…………俺も、エリィさんと呼んでもいいかな?」

 急に顔を別宅の方に向けて、でも、また笑顔で私の顔を見てそう言った。

「もちろんです。あの、年下ですし、呼び捨てで構いませんけど…。あ、でも、女性を呼び捨てにはできないってレイが言ってたので、騎士の方もダメ…ですかね。」

 元々、父や祖父母はエリィって呼ぶので慣れているし、他に下の名前を呼ぶ人なんて、ほぼいなかったから、エリィさんって呼ばれるのは、なんとなくむず痒い。


「………エリィ。」


 ボカン!もうこの効果音しかないと思う。爆発した。私の全てが赤くなって爆発した。

 レオさんは、椅子の背に片手をつき、少し前屈みになって私の右耳に、小さく呟いた。


「お姫様を独占する時間は、終わりみたいだ。」


 椅子から手を離したレオさんは、荷物を持って別宅の方から歩いて来たフィリアさんを見て、ふぅっと長く息を吐いた。


「お迎えが来たね。俺は、ほとんど騎士団にいて、あまりここには戻らないから、もし……また会うことがあれば……。」


 淋しそうに少し微笑むと、東屋の外に来たフィリアの側に行って、荷物を受けとる。


「レイが失礼なことをしたら、フィリアに言いつけてくれ。俺たちの中で一番強いのは、フィリアだからね。」

「………レオナルド……様?」


 レオさんは、椅子の前で立ち尽くしたままの私を振り返って、もう出会った時のような微笑みに戻って言った。

 フィリアさん、ニッコリ笑ってレオさんを見てますけど、頭になんか生えてます。角が見えます。なんか黒いオーラも見えてます。


「…さようなら、エリィ。」


 片手を上げて、まるでこれが最後のような挨拶の言葉で、レオさんは、またくしゃっと笑って別宅の方へ歩いていった。


 さようならの『騎士の正礼』は、無かった。

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