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「お待たせして申し訳ございません、レオナルド様。」


 フィリアは、2階から階段を降りてきて、広間で執事と話をする、彼女の主に声をかける。

 王立騎士団騎馬隊の、黒地に金糸の上着に、濃茶のズボンをブーツの中に入れた、薄茶色の髪に、サフィーリア侯爵と同じ美しい碧眼の男は、彼女をみつけ優しく頬笑む。下に降りて、執事と共に向かいに立ち礼をする。頭をあげれば、女性の中でも高めの身長のフィリアより、頭ひとつ大きいので、少し見上げる形になる。

 レオナルド・ダリル・サフィーリア。フィリアが、姉弟のように共に育ってきた、サフィーリア家の後継ぎである。


「レイの来客に対応していたのだろう?忙しい中、すまないフィリア。」

「問題ございません。それで、わたくしをお呼びと言うことは、何かお急ぎのことでございますか?」

「そうなんだ。スチュアートは、ニールスを助けにいってやってくれ。ここに来る前に本宅に少し顔をだしたら、ニールスがどうしたらいいんだと、泣きそうになっていた。義母にまた、何か無理を押し付けられたんだろう。」


 スチュアートと呼ばれた、サフィーリア家に50年以上仕える、60歳を過ぎたベテラン執事は、

「かしこまりました。また、奥方様の、何かの実験の準備を押し付けられましたかな…。では失礼致します。」

 と言うと、一礼して、別宅から出ていった。

 ニールスは、本宅に住む奥様から「口うるさい、目障り。」と別宅へ追い出されたスチュアートの替わりの、外見が良く若いという理由で奥様に雇われた新人の執事だ。


「で、どうしたの?レオ。」

「悪いな、フィリア。実は俺も巫女姫召喚の儀式を行うように、父上から言われてね…。他の侯爵家の息子で、騎士団の部隊長が、巫女姫召喚を成功させたらしく…。参ったよ。レイが召喚の儀式を行うから、義母上のお気持ちも、少しの間は落ち着くかと思ったんだが…。」


 スチュアートが出ていったのを確認して、フィリアとレオナルドは、いつも通りに会話を始める。

 共に育った二人は、人目がなければ主従関係は無視して接している。何せ幼い頃から家族のように育っているので、フィリアが養女で無い為、家に居場所を作るためには、侍女という形をとるしかなかっただけなのだ。


「レイの召喚は昨日の朝だったよな。成功したのか?」

「成功して、今私がお世話をしてるのが、その巫女姫様よ。何か召喚の時に色々あったみたいで、レイは初め怯えてたみたいだけど…。私に任せる時には、気持ちは通わせた雰囲気だったわ。」



 ハァ…と大きなため息を吐いて、レオナルドは頭を抱え、嬉しいような困ったような表情をした。


「そうか、レイの魔力なら扉の魔法は全く問題ないと思っていたが、本当に巫女姫を連れて来られるか…いや、見つかっても連れて()()()んじゃないかと思ってたんだ…。そうか、連れて来たのか…。」

「とりあえず詳しい話は、部屋に行ってからにしましょう。レオの部屋で大丈夫?」

「あぁ、荷物も取りに来たから、俺の部屋で大丈夫だ。巫女姫様は大丈夫なのか?」

「レイの向かいの客室にいらっしゃるから、何かあればベルで呼んでほしいと伝えてあるわ。」

「わかった。話が済んだら、俺も後で挨拶に伺おう。」

「ダメ。レイが候補者認定されるまでは、あなたには隠しとくって。」

「…何か考えがあるのか?レイのやつ…」

「さぁ…。でも、少し追い詰められてる感じはしたわ。」


 階段を上り、2階のレイの部屋の隣、エリィの部屋とは廊下を挟んで斜め向かいの部屋に、レオナルドとフィリアは入る。そこがレオナルドの部屋だ。


 作りはほぼレイナードの部屋と変わらないが、ほぼ家にいないレオナルドの部屋は、あまり生活感がない。

 使われる機会は少ないが、きちんと毎日フィリアや他の侍女が用意をしているティーセットで、フィリアがお茶を用意する。


 レオナルドは、私室の応接セットのひとりがけの椅子に座り、フィリアはティーセットをテーブルにおき、向かいの二人がけのソファに座る。いつもの定位置だ。


「さっきの、あなたには隠しとくって件だけど、『昔旅行に行った際に泊まった宿屋の娘で、気が合って友達になって、たまたまこちらに遊びに来たら、ここに宿泊していけばいいと、僕に言われたとでも話してくれ』って言ってたわよ、レイ。」

「先代の巫女姫様が亡くなられる随分前に、旅行に行ってたな確か…。婚約者のエリザベス嬢と一緒だった気がするが…。」

「万が一巫女姫認定されなかった時に、あなたにがっかりされたくなかったんじゃない?レイのお兄ちゃん大好きッ子っぷりは、今も変わらないしねぇ…。」


 レオナルドと自分のお茶を注ぎながら、フィリアは少し呆れてしまう。

 レイナードは、とにかくレオナルドを尊敬していて、彼が大好きなのだが、それを母親に知られるわけにはいかないので、隠してはいるが、レオナルドとフィリアにはバレバレである。


「俺は…レイは巫女姫候補者をみつけても、連れて帰らないんじゃないかと思ってたんだ…。扉の魔法を使用する前に、必ず正式な書面で、何日の何時に行うかまで、塔の支部への報告が必要になるし、勝手に儀式を行えば、魔力を探知されてすぐ見つかる。その場合は、候補者を連れ帰ったとしても、魔力に関わらず認定されない。しかも、扉の魔法は、高い魔力さえあれば、失敗はほぼない魔法だ。」

「レイなら、失敗することはないわね。魔法騎士団の副団長だもの。儀式の日は予め決められているし、それ以外の日に行ったと嘘をつくこともできない。」

「連れて帰ってくれば、エリザベス嬢との婚約破棄は即決だろうな、義母上様なら。父上が、勝手に決めたことだったしな。」

「そうね、でも連れて来なければ、奥様は何をするかわからない。レイにも、邪魔な後継ぎのあなたにもね。とにかく、レイをサフィーリア家の後継ぎにして、旦那様の目を自分に向けたいんだものね…」


 はぁ……

 レオナルドとフィリア、二人同時に大きなため息をつく。


「そこに、父上から、俺にも巫女姫召喚の儀式を行って、候補者を連れてこいって命令だ…。候補者が巫女姫になれなかったとしても、親衛隊の人間が候補者を連れてこられたとなれば、その魔力からも、王立騎士団統括隊長の道が近くなるのは間違いないってとこだな。」


 レオナルドは立ちあがり、書斎机の上に並べられた手紙を確認しにいく。


「今でも統括隊長に一番近いレオを、より確実にしたいと。」

「もし巫女姫と真実の愛を交わせたとしたら、統括隊長が世界の王とは、これ以上のことはないなとか思ってそうだよ…父上は。」

「あなたの儀式の日程は決まってるの?」

「あぁ、3日後だ。儀式の場所は俺の部屋の予定だ。正式な話は、今晩にでも父上が持ってくるはずだ、支部に提出した書面の控えを。俺は、儀式まで、城の騎士団宿舎で魔力を温存するために、事務作業の予定だ。城なら高位の妖精も多いし、魔力も蓄えやすいからな…。」

「そう。とりあえず、レイのことは任せて。緊急のことがあれば、すぐに連絡するから。さすがに、そろそろお客様のところに戻らないと、ひとりで心細くしてるかもしれないから…。」


 フィリアも立ちあがり、テーブルのティーセットを片付ける。

 レオナルドは、不要な手紙を捨て、必要な手紙の中身を確認している。


「わかった。俺も一緒に行く。さすがに、帰ってきているのに、お客様に挨拶しないのもおかしいだろう。」

「レイの設定は守ってあげてよ。私がレイに怒られちゃうから。騎士団に持っていく荷物はどうする?自分でする?」

「宿屋のお友達に挨拶をしてから、自分でやるよ。」

 笑顔でフィリアに答えると、必要な手紙を上着の内ポケットにおさめる。


「さて、行こうか。」

「かしこまりました。レオナルド様。」


 フィリアはそう言って、扉を開ける。これまでの気兼ねなさから、あっという間の侍女になるフィリアの変り身の速さにも、レオナルドは慣れたものだ。


 レオナルドは部屋を出て、斜め向かいの部屋の前で立ち止まる。やや遅れて来たフィリアが、良いですか?とレオナルドに目で問いかけるので、彼はうなずいた。


「(意外と、王に会うよりも、緊張するものなんだな…)」


 なぜか落ち着かなくなる心臓の音を、他人事のように思っている前で、フィリアが巫女姫の部屋の扉をノックした。


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