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 お風呂から上がると、フィリアさんはカーテンの外にはおらず、タオルや着替えがすべて用意してくれていた。

 着替えは、シンプルなAラインの、薄紫色のドレスだった。胸の下の切り替えに大きなリボンがアクセントになっていた。


「すいません、お風呂ありがとうございました。」

 髪の毛等を乾かすものは、当然なかったので、しっかりタオルで拭いた後、長い髪はおろしたまま、なんとなく、そーっと部屋への扉を開けた。


「ゆっくりしていただけましたでしょうか?お手入れを致しますので、こちらへどうぞ。」


 優しい笑みで、寝室へと案内され、すごく綺麗な鏡台へ座らされる。


「風の妖精さん、お願いします。」

 そう言って、私の髪を両手でまとめてそっとすくいあげると、サワッ…と風が吹いたかと思うと、髪の毛があっという間に乾いていた。


「わっ…!」

「フフフ…驚かれましたか?侍女のほとんどは、お世話に必要な魔法は使える者ばかりなんですよ。レイナード様のように、大きな魔力はございませんが、主のお世話と、緊急時にお守りできる最低限の魔法は心得ております。」


 フィリアさんは、驚く私の髪の毛をそっと櫛でとかしてくれている。そして、器用に編み込みをしながら、アップスタイルの髪型にまとめてしまった。…あっという間。めちゃくちゃ早い。


「お顔はそのままでもご充分なお美しさですけれども、少しお化粧をさせていただいてもよろしくですか?」

「え、あ、はい、お願いします。」

「では、目を閉じておいて頂けますか?この世界では初めてのお化粧品かと思いますので、一般的なものを種類は少な目に使わせて頂きますね。」


 わー………美容液みたいなのでマッサージされてるー………

 わー………なんか塗られてパタパタされてる………

 わー………手付きが早い…無駄がない感じだけど、すっごく丁寧………


「わぁぁ………きもちいぃ………」


 思わず心の声が出てしまった。本当に気持ちいい。人にメイクをしてもらったことなんて、七五三の写真撮影のときぐらいだったから、ドキドキしたけど、フィリアさんの手が優しくて、なんだかムズムズした。


「ありがとうございます。わたくし、お仕えする方を美しくするのが趣味なので、ご満足頂けましたら幸いです。」


 目を開けて下さいと言われて鏡を見ると、はて?あなたはだぁれ?状態だった。

 綺麗にアップされた薄茶に薄紫のきらめく髪に、同じ色の瞳を邪魔しないようなアイメイク、全体的にはナチュラルメイクだけれど、高級ホテルのパーティーでも出られそうな品の良さ。どちらのお嬢様かと思ってしまった。

 これが私?普段、目立たないように、出来る限りメイクも薄く、髪型もおろすか低めにひとつにまとめるだけなので、なんだか信じられない。


「エリィ様のお美しさの邪魔をしないような、自然なメイクにさせていただきました。お気に召さないところはございませんでしょうか?」

「………すごく…嬉しいです…。こんなの初めてで…。自分だと思えないぐらい…。」


 ぼーっと鏡の中の自分を見つめたままの私を、鏡の向こうから、優しい笑顔を向けてくれるフィリアさん。


「笑みで様の初めてをお手伝い出来て、光栄ですわ。本当にお綺麗で、わたくしもウキウキ致しました♪お茶をご用意しますね。」


 未だにぼーっしたままの私に声をかけて、寝室の簡易応接セットへお茶の準備をしてくれる。


 ―――本当に夢なのかもしれない―――


 小さい頃、お母さんに髪の毛を結ってもらうのが羨ましかった。

 父も頑張って練習してくれていたが、毎朝格闘している姿に、「短い方が好きだから」と、結ばなくて済む長さにしていた。

 高校に入った頃からは、思春期なこともあり、少し伸ばしたくなって伸ばし始めたけれど、不器用なのもあり、凝った髪型をするのは無理だと諦めた。

 メイクについては、雑誌等も読んで知識は得たけれど、目立たせてどうするんだ………と思って、最低限のメイクだけを覚えた。


 ちょっと大人びたクラスメイトが、友達同士で髪型の研究をしたり、新作のメイクアイテムの話をしているのが、羨ましく思った時もある。


 …身近にいた唯一の女性である祖母は、美しさも自分の武器とせよみたいな感じだったので、参考にならなかったし…。



「……リィ…エリィ様?お茶のご用意ができましたが…」


 鏡を見つめたまま無表情だった私を心配したフィリアが、心配そうな顔で、そっと横に跪いていた。


「何かお気に召さないところがございましたか?」

「あ………いえ………そんなことないです、すごく嬉しいです。すいません、色々思い出してしまって……。」

「差し出がましいですが、もし、お話頂いてエリィ様の気持ちが楽になるようでしたら…。わたくしのような者でおうかがいできるお話でしたら、いつでもお話下さいね。もちろん、他言は致しませんので…。」


 そっと椅子を引いて、簡易応接セットの二人がけソファに案内される。

 テーブルには、花柄のティーセットとクッキーが用意されている。フィリアさんが注いでくれたお茶は、ハーブティーの様な爽やかな香りがする。香りだけで、心がほぐれる。

 フィリアさんは、私の側でそっと立ってくれている。


「あの…私、生まれてすぐ母を亡くしまして…父と二人暮らしだったんです。あ!全然、嫌だったとかじゃないんです。父は私を大切に育ててくれたし、いつも私のことばかり優先して、ちょっと過保護過ぎじゃないかなと思うぐらいだったんですけどね!」


 ハーブティーの香りにホッとして、気持ちが緩んでしまったせいか、これまで他人に話したことがないことを話してしまう。


「母がいないのは仕方のないことで、でも、お母さんに髪の毛を結ってもらったとか、お母さんのメイク道具で遊んじゃったとか、一緒に化粧品を見に行ったとか…やっぱり…羨ましかったんですよね…。父には絶対言えませんでしたけど。」


 カップのお茶を少し口に含むと、ほのかな甘さが口に広がり、爽やか香りが鼻から抜ける。


「フィリアさんに髪の毛をセットしてもらって、メイクをしてもらって、お母さんにしてもらうって、こんな感じなのかなって思って……。なので、気になったところがあるとかじゃないんです。あぁ、きっと皆、こんなムズムズした、ちょっと恥ずかしような…でも嬉しくて仕方ないみたいな気持ちになってたんだろうなって…思ったら…。」


 悲しいわけじゃないけれど、目頭が熱くなって、涙が流れそうになるのをグッとこらえた。


「エリィ様、お話しくださってありがとうございます。そんな風に思って頂いて、恐れ多いですが、とても嬉しく思います。」


 そう言うと、フィリアさんは私のソファの近くに跪づき、私の目線に近づいて、優しく微笑んでくれた。


「エリィ様。わたくしも、母がおりません。というより、生まれた時から、父も母もおりません。事情があり、私を生んだ後、縁のあったこちらのサフィーリア家に嫁がれた、レイナード様のお兄様、レオナルド様の実のお母様に預けられたのです。」

「えっ…」

「本当の両親のことは全く知らないのですが、レオナルド様のお母様は、わたくしのことも本当の娘の様に育てて下さいました。ご当主様も、愛する奥様の頼みならと、受け入れて下さったそうです。数年後、レオナルド様がお生まれになられて、姉と弟のように育てて頂きました。わたくしが3歳の頃、本当の両親はいないことを、亡くなった奥様からうかがい、それからは、レオナルド様のお世話係として、奥様が亡くなるまで、子どもではございましたが、側付きの侍女としてお仕え致しました。」


 フィリアは、懐かしそうに、柔らかな表情で話している。きっと、レイのお兄さんだという、レオナルドさんのお母様は、とても優しい人だったんだろうなと思える。


「レオナルド様のお母様が亡くなられてからは、レオナルド様の侍女としてお仕えしておりました。レイナード様がお生まれになられてからは、レイナード様のお世話も致しました。今は、レオナルド様はほとんどいらっしゃらないですので、別宅の侍女長として、主にレイナード様にお仕えしております。」


 そう話しながら、お茶のおかわりを注いでくれる。


「ですので………少しわかります、エリィ様のお気持ち。亡くなった奥様には、本当の娘のように育てて頂きました。それでも…、自分が絶対に得ることのできない、両親との当たり前の経験を、羨ましく思いました。」

「羨ましいですよね…。皆にとっては…当たり前のことなのにって…。思っちゃいますよね…。」

「詳しい事情は違いますが、抱えてきた想いはきっと同じです、エリィ様。」


 フィリアさんはそう言うと、私の目を見つめてから、にっこりと微笑み、立ち上がった。


「わたくしで宜しければ、こちらにいらっしゃる間は、いつでもお話しくださいね。こちらの世界にいらっしゃって、お父様とも離れられては、お寂しいことと思います。聞くことぐらいしかできませんが…。お母様の変わりにはなれませんが、髪やお肌のお手入れは、お任せ下さいね!」

 任せてと、小さくガッツポーズをするフィリアさんが、年上ながら可愛すぎる。


「フフッ!なんだか、頼りになるお姉さんができた気分です。」

「わたくしもです。大切な妹ができたような気分です。って、なれなれしく、お客様に大変失礼致しました。」

「大丈夫ですっ!逆に、あんまりかしこまられると…気軽にお話しができないので…普通にして頂けたら嬉しいです。」

「わかりました。では…、二人の時には、気軽に話して頂けるような、お姉さんになるように致しますね。」

「ありがとうございます、フィリアさん♪」


 ――リンリンリン――!

 周りに確実にお花が飛んでいそうな、ほんわかした雰囲気で、二人でフフフッとはにかんでいると、部屋の外からベルの音が聴こえた。


「エリィ様、申し訳ございません。主がお戻りになられたようです。少し失礼致します。もしご用がございましたら、こちらのベルでお呼びくださいませ。申し訳ございません。」


 テーブルに置かれたベルをさし、腰を折って礼をして、フィリアさんは寝室から出ていった。

 

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