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レイの寝室の扉を開くと、廊下ではなくレイの私室のようだった。
何かが目に留まったのか、レイが書斎机の前に立ち止まり、そこに置かれた手紙を優しく持ち上げた。
しかし、開けて中を見るわけでもなく、そっと持ったまま、動きが止まってしまった。
…勝手に出るわけにもいかないし、もしかしたら、封を切らなくても読める魔法とか使ってるのかも、とか、そういえば、ここってもしかして、靴履いてなきゃダメなんじゃない?とか、この部屋を出てレイ以外の人と会ったとき、なんて自己紹介すればいいんだー!とか、色々と考えていたんだけど、レイは変わらず突っ立ったままだった。
さすがにこれは…私のことを忘れているような気もする…声をかけてみた方がいいのかも。
「レイ!レーイ!突っ立ったままどうしたの?」
「あ、あぁすまないね。今日やらなければならないことは無かったかなと、仕事のことを考えていたんだ。さぁ、行こう。」
レイは、結局手紙を開封せずに、机の引き出しに入れて、寝室と反対側の扉へ向かい、扉を開けずに私を振り返る。
「そうだった。ひとつ、約束をして欲しいんだ、エリィさん。」
ニコッと笑いながら、右手の目の前に上げ、指を1本立ててレイは言った。
「我が家は少し特殊な家庭環境でね。この別宅に住んでいるのは、僕と兄の二人だけなんだ。」
「ご両親は別の所に住んでいらっしゃるってこと?」
「そういうことだ。兄は王立騎士団のひとつの部隊の隊長をしていてね、ほとんどここに戻ることはないんだが、もし邸内で顔を合わせても、自分が異世界から来た巫女姫候補者だということは、言わないでもらいたいんだ、まだ…。」
「まだってことは、今は何か都合が悪いことがあるから、言っちゃダメってこと?」
「そういうことだよ。エリィさんは理解が早くて助かるよ。」
レイは、笑顔のまま両手をパンッと合わせてうなずいた。。
「まず、顔を合わせることは無いとは思うけれどね。もし、誰かと聞かれたら、僕が昔旅行に行った際に泊まった宿屋の娘で、気が合って友達になって、たまたまこちらに遊びに来たら、ここに宿泊していけばいいと、僕に言われたとでも話してくれればいいから。」
「………けっこうな細かい設定だと思うのは、私だけ…?」
「エリィさんが巫女姫候補者の認定を受けるまでの話だから、万が一の時の言い訳と思ってくれればいいよ。兄以外に会ったときでも、そう話してもらって構わないから。」
「わかったわ。でも、私もひとつ確認したいことがあるんだけど…。」
「どうぞ、なんなりと。」
「私の髪や瞳の色って、この世界では珍しかったりする…?」
今のレイの話を聞いていて、気になっていた。
もし、髪や瞳の色が、この世界で珍しいものだったら、色々と詮索されるんじゃないかなと思った。
私の狭い世界では、ただただ珍しい色だから…。
「え?普通だけど?薄茶色の髪や瞳なんて、平民貴族問わず普通にいるからね。…あぁ!薄紫の魔力色が混じるから、珍しいんじゃないかと思ったのかな?エリィさんの世界では、髪に魔力色が現れる人間は、ほとんどいないかもしれないね。」
そう言いながら、レイは私に歩み寄って、朝起きてそのままの、ボサボサで鎖骨までおろした髪を一束、そっと手にとる。
「魔力のキャパシティが充分にあるとき程、魔力色が強くでるんだ。この世界で妖精からの魔力の補給を受ければ、もっと綺麗に輝くと思うよ。ちなみに、僕の魔力色は青だ。今は魔力がほぼ空っぽだから、ただの金髪に見えるかもしれないが、しっかり回復すれば、青白く輝くけれどね。ただ、魔力のコントロールができれば、輝きを抑えることもできるから、キラキラ光らせて歩いている人は、あまりいないかな。」
私の髪から手を離し、自分の髪をひとつまみして、レイは説明してくれた。髪に口づけとかされなくて良かった。間違いなく、条件反射で目潰しかましてたと思うから。
「私、お風呂場でレイが気絶してる間に、何かで縛ろうと思ってたんだけど、そしたら急に、レイが青白く光はじめて…。もしこのまま何かあったらまずいから、急いで縛ろうと思って、レイの手に触ったの…。そしたら、ここにいて…。」
「なるほど、縛ろうとしてたのか…。いやまあ…縛られるのも悪くないかなとは思うけれどね。恐らく、魂が元の世界へ戻ろうとする時、魔力が自然と身を守ろうとするのだろうな。しかし、魔力自体を目に見える形で放出すれば、力尽きてしまいそうな気もするが…。いや、縛られるのも悪くないかなんて思ってないですよ、エリィさん。大丈夫なので、その臨戦態勢ポーズやめてもらってもいいですかね。」
冗談なのか、少しMの気質があるのかは気になったけれど、私には関係のないことなので、そっとしておくことにした。
「よし、じゃあ人に会ったときは、よろしく頼むよ。侍女長や執事、エリィさんのお世話係りの侍女には、本当の事情を説明してあるからね。」




