19話 ゴーダント
グルタニアには国王は不在で、替わりに摂政を務めるゴーダントがいた。
19話 ゴーダント
グルタニアの玉座に、白くて長いヒゲを生やした老人が座っていた。
この国の宰相で摂政を務める[ケンダル・ゴーダント]である。
彼は数十年前、突然グルタニアに現れた。
医者である彼は様々な薬に精通していたが、何といっても彼が患者から絶大な信頼を寄せられるようになったのは、小さなケガや簡単な病なら、あっという間に直してしまう治癒の能力があったからである。
ゴーダントの噂は直ぐにグルタニア国王の耳に入り、彼を城に召し抱えた。
ゴーダントは医術だけでなく、あらゆる事に博識で、政務に関しても的確な助言をした。
国王は異例の人選でゴーダントを宰相の座に据えた。
そして彼は見事な采配で、直ぐに家臣達の信頼を得る事になる。
先代の国王が崩御されて代替わりしても、その信頼は揺るぎないものだった。
そんなある日、ゴーダントが一人で山に薬草を採りに出かけた時、彼の前に七つの金色の目を持つ巨大なドラグルが舞い降りた。
トカゲの体にコウモリの翼。 巨大な山羊の角が生え、ワニの鱗に覆われ、ユニコーンの長い鬣が長い首の後ろにたなびき、鋭い爪を持った鷲の前足と炎の七つのユニオンだった。
恐怖で座り込む彼にドラグルは顔を寄せると、細長い舌でゴーダントの顔を舐めた。
《お前と契約する》
頭の中に声が聞こえた。
「は······話しかけたのはお前か?」
《そうだ》
「け······契約?」
《お前と共に生きるという事だ》
「私と······契約するという事か?」
《もう、契約は済ませた》
「えっ?······け···契約の見返りは?」
《見返り?》
「契約した見返りに、私は何をさせられる」
《 ?······何も······》
「何もないのか?」
《有るとすれば、こうやって話が出来る》
「······それだけ?······」
《あぁ、そうだ。 あと······》
「やはり何かあるのか?」
《お前が呼べば、どこにいてもお前の元に飛んで行く》
「私が呼べば?」
《心の中で呼べば、私には分かる》
「必ず来てくれるのか? 私の為に?」
《必ず》
「···そうか······ハハハ! そうか。 間違ってはいなかった。 ハハハハハ!」
ゴーダントは立ち上がった。
「そうだ。 お前に名前はあるのか?」
《グドゥ―》
「そうか、グドゥーか。 私はゴーダントだ」
ゴーダントはグドゥーに近づき、下げてきた巨大な頭を優しく撫でた。
グドゥーには、一旦山に帰ってもらった。
そしてその日からゴーダントは、グルタニアの頂点に立つべく、策を練った。
自分にはそれだけの素質と資格があると確信したからだ。
宰相にまで上り詰めたが、決してそれ以上上に行くことなどできない。 しかし小さな国だがどうにかして自分の物にしたいと思った。
頂点に立ち、自分の思い通りに国を動かしてみたいと思った。
その為には国王と王妃を排除する必要がある。 周りに悟られず排除するにはどうすればいいか考えた。
ゴーダントの知識を総動員して考えを巡らせた。
自分は怪しまれず、逆に感謝されて全ての政権を自分に託してもらうにはどうすればいいのかと。
最終的には国王に王座から降りてもらうにはどうすればいいのかと。
そしてやっとその手段が見つかったのだ。
少しずつ、ゆっくりと効いてくる毒を国王と王妃に飲ませた。 他の者が調べても、決して原因が分からない薬を調合した。
一年かけてその薬を飲ませ続け、とうとう二人は寝込んでしまった。
寝る間も惜しんで看病するゴーダントを疑う者など一人もいなかった。
そしてある日、この国では医者としても右に出る者のいないゴーダントが、悲痛の表情で他の臣下たちに告げたのだ。
「残念ながら私の手には負えない。 こういう病に詳しい医者を知っているから、そこでお二人には養生していただこう」
そう言っておいて、国王と王妃をグルタニア城の地下深く最奥の牢に閉じ込め、替わりに偽物を国外へ送った。
そんな事を知らない家臣達は、満場一致でゴーダントを摂政の地位に就けた。
グルタニアの頂点に立ったゴーダントは早速ドラグルを城に呼び入れた。
始めの頃は恐れ慄いていた者達も、この国で神と崇められるドラグルを操るゴーダントに尊敬と畏怖の念を抱き始めた。
ゴーダントはグドゥーに他のドラグル達を呼び寄せさせた。
六つ目のザギと、五つ目のドラグル五頭。
グルタニアにいるドラグルはこの七頭が全てだった。
グドゥーはドラグルのボスで、ドラグルにとってグドゥーの命令は絶対だった。
もしグドゥーが仲間同士で戦えと言えば、どちらかが死ぬまで戦わなければならなかった。
ゴーダントはドラグルが出入りできるような大きな扉を幾つも取り付けさせた。
ドラグルが城の中まで入り込む事に抵抗を感じていた者達も、一人の兵士が五つ目のドラグル[ゴトー]と契約した事から、少しずつドラグルを受け入れるようになっていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ゴーダントには治癒の能力以外にもう一つ、予知能力があった。 それはかなりぼんやりしたものだったのだが、若い頃にひょんな事で[予知の水盆]を手に入れた。
二頭のドラゴンがお互いの尻尾をくわえた彫刻で縁取られた水盆で、偶然発見したのだが、ある薬品を満たした時にのみ、はっきりと未来を見る事が出来たのだ。
ある日、予知の水盆を覗き込んでいると、ドラゴンの上に乗り空を飛ぶ自分の姿が映し出された。
「将来、私はドラゴンの背中に乗って飛ぶことが出来るというのか?」
まだ若かったゴーダントはドラゴンについて色々調べた。
ドラゴンはドラグルと呼ばれ、グルタニアに実在することを突き止めた。
そして彼はグルタニアに入ったのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇
摂政に納まったゴーダントはある日、やけにはっきりとした夢を見た。
雲一つ無く晴れ渡った空に浮かぶ眩しい太陽が少しずつ欠けてゆき、昼間のはずがなぜか真っ暗な夜となった。
彼は不思議な形をした祭壇の前に立って空を見上げている。
すると真っ黒な空から真っ白な何かが舞い降りてきて、それに一人の女が乗っていた。
その女は真っ白なそれから降りてきて自ら祭壇の上に横たわった。
ゴーダントは懐からナイフを取り出し、その女から心臓を取り出し、血の滴る心臓を口に含んだ。
すると、真っ白だった髪とヒゲがみるみる黒くなり、若かった頃のような力と生気が体中に漲ってゆく。 そして、自分の魔力が恐ろしく高まっていくのを感じた。
その夢が予知夢だと確信したゴーダントは、昼が夜になる時を調べた。
色々な資料や文献を読み漁り、国外からも取り寄せて調べ計算し、ようやく二年後の12月31日にその日が来ることを突き止めた。
次に夢に出てきた女を予知の水盆で占った。
何度か試した末に、やっと予知の水盆が真っ白なユニオンビーストに乗るエリアスを映し出したのである。
なまじ力が有るために、ゴーダントさんは悪の道に入り込んでしまったのですね。




