10話 ハンス王
エリアスが拉致された事も知らず、クレモリスで大歓迎を受けるカイル達。
10話 ハンス王
その頃カイル達はクレモリス城に入り、ハンス·ラグホーン国王の前にいた。
「カイルランス殿。 達者にされておられたか?」
「ご無沙汰致しておりました。 ハンス様も御健勝なご様子で、何よりです」
「ふむ······ユニオンビーストの皆さんもよく参られた。 えっと······後ろに居られるのはセルカーク殿とディ···ディ······」
「ディアボロです」
「そうそう! ディアボロだったな。 で······そちらは?」
「アルタニア第二騎馬隊隊長クイント·ローゼンと、彼と契約しているグーリです」
カイルが紹介すると、ローゼンとグーリも一緒に頭を下げた。
「ローゼン殿とグーリと申すか。 礼儀正しい猿だのう。 しかし···大きな猿だな······転身しているのか?」
「恐れながら、これはゴリラという動物です」
ローゼンが頭を下げた状態のまま答えた。
「ゴリラか······そうか、そうだったな。 皆もよく参られた。 さすがカイルランス殿の国ですな。 契約している方が多い。 しかし我が国にも沢山おりますぞ」
カイルはハンスの変わりように首を捻った。
今まで口にこそ出さなかったが、ハンス王はユニオンビーストを怖がっていたように見えたのだ。 しかし今日は少し違う。
なぜだか目が優しい。
ハンスはニコニコしながらユニオンビースト達を見回してから「ウオッホン!」と咳払いをした。
「皆さんに紹介したい者がいる。 入っておいで」
声が半オクターブ上がっている。
すると奥の部屋から小さなシマリスが走ってきて、ハンスの肩にスルスルと登ってきた。
「皆さん! 紹介しよう。 私と契約している[ノンノ]です」
ハンスは得意げに紹介した。
するとカイルの足元にいたナルナラが飛び出した。
『ノンノ!』
『ナルナラ! アルナス様も!』
ノンノもハンスの肩から降りてきた。
『ノンノ、森から出たの?』
『そうなの。 何だかこっちに来たくって』
『分かるわ。 イザクとハリスもいるのよ』
ノンノはカイルの足元に懐かしい顔ぶれを見つけた。
四頭は久しぶりに会って、話に花が咲いていた。
その様子を不思議そうに見ているハンスに、カイルが説明した。
「ハンス様、どうやらノンノはアルナスが統べるタルラの森の仲間のようで、懐かしがっています」
「そうか、そうか、ノンちゃん、お友達に会えてよかったね」
《うん! ハンちゃん! みんなに合わせてくれて、ありがとう!》
「うん、うん、良かった、良かった」
ハンス王の鼻の下が伸びたデレデレした顔を見て思わずアルナスは心でカイルに話しかけた。
《ハンちゃんだと?》
《ハンスだからハンちゃんなのだろう》
《ハンちゃんノンちゃんっていう面かよ。 クックックッ》
《ノンノと出会えて幸せそうでいいじゃないか。 アルナス、笑うな! 堪えろ!》
《声に出さないように努力する。 クックックッ》
すると後ろからディアボロの『クックックッ』という忍び笑いと、アッシュがディアボロをパシッ! と、叩く音が聞こえた。
楽しそうにナルナラ達と話しているノンノを満足そうに見ていたハンスが真顔になり、カイルに向き直った。
「カイルランス殿······実は私はノンノに会うまで、ユニオンビーストを信用していなかった。 恐ろしかった。 人間には理解できない種族だ。
恐ろしい姿に転身するし、こちらは彼らの言葉が分からないのに彼らには人間の言葉が分かるから、妙に悟っているように見えるのが逆に気持ち悪かった。 家臣にもユニオンビーストを連れる者が少しづつ増え、城の中を我が物顔で歩いているのを見て恐怖を感じた。
化け物を城の中に入れるな! と言いたかったが、人間と共に戦ってくれた彼らを追い出すことはできない」
ハンスは太い首を左右に振った。
「いや······物分かりの悪い臆病者と思われるのが怖かっただけかもしれない。
しかし滅多に街に降りない私が、無性に街中を歩いてみたくなった。 そこでノンノに出会ったのだ」
「呼び合ったのですね。 私もそうでした」
「ふむ、やはりそういう事もあるのだな。 私はノンノと沢山話をした。 ノンノに間に入ってもらい、多くのユニオンビーストとも話をした。
それでようやく分かったのだ。
私は誤解していた。 こんなに素晴らしい生き物がいるのかと思った。
自分より相手を思いやる優しい心を持ち、広い心で人間を包み込んでくれる。
この世の中でユニオンビーストほど慈愛に満ちた生き物はいないだろう。
カイルランス殿にどうしてもこの話をしたかったのだよ。
そうして私の家臣たちと契約している素晴らしいユニオンビースト達を君達に是非紹介したくて、わざわざ来てもらった。
後ほど彼等に会っていただきたい。 構わないだろうか?」
「もちろんです。 是非とも合わせていただきたいです」
「そうか、それは良かった。 安心したらお腹がすいたよ。 別室に軽いランチを用意させているのでこちらに······」
ハンスは立ち上がった。
「ノンちゃん。 皆さんをランチの部屋にお連れしてようだいな」
やっぱり半オクターブ上がっている。
『ハンちゃん任せて。 皆さん、こっちよ』
またディアボロが吹き出し、アッシュがディアボロを叩く音がした。
ランチとは思えぬ豪勢な昼食を食べ終わってからも、よくこれだけ喋るものだと思う程ハンスの話は止まらず、日が傾きかけてきた。
堪えかねたカイルが、話しが途切れた隙を狙って口を開いた。
「ユニオンビーストのみんなとは、いつ頃合わせていただけますか? 」
するとハンスは、我が意を得たりという顔をした。
「そろそろ皆、集まっていると思います」
今度は先頭に立ち、自らカイル達を案内した。
大きな扉を開けると、晩餐会の準備が整った長テーブルに十数人の男女が座り、その肩に膝の上に後ろに、ユニオンビーストを連れていた。
彼らはカイルたちを見ると全員立ち上がり、なぜか拍手が起こった。
肩にノンノを乗せて得意げなハンスが、自らカイル達を席まで案内した。
「今日はカイルランス殿とその御一行が晩餐を御一緒して下さる事になった」
この場にいる人達から歓声が起こった。
「ここにいる者達はほんの一部ですが、残りの者達は次の機会に紹介します」
ハンスは満足げに席に着いた。
カイルはまんまとハンスの思い通りの発言をしてしまったようだ。 このような席が苦手なカイルは、いつもハンスの誘いをすり抜けてきた。
しかし今日は観念した。 思った以上の歓迎ぶりに感激したのである。
その時、なぜかざわついていたユニオン達が集まり、カイザー達を取り囲んだ。
カイザーはもちろんだが、アルナス、ハスラン、グーリもユニオンの森の王である。
彼らも見知った懐かしい顔を見て喜んでいる。
そしてそこにいる人達は皆、カイルをクレモリスで育ったアルタニア王と思ってくれていて、アルタニアを奪還した事も復興させた事も、我が事の様に喜んでいてくれている。
そして、自分達の英雄だとまで言ってくれる事に感動した。
カイルはこういう場も悪くないと思った。
カイル達もユニオンビースト達もこの上なく盛り上がり、気付けば夜も更けていた。
泊っていくようにお願いされたが流石にそれは断り、惜しまれながら城を出ると、数人の男達が門の前で待っていた。
カイル達が出てくるのを見ると、駆け寄ってきた。
「「「アッシュさん!」」」
彼らはアッシュがこの国に逃げて来た時にお世話になった牧場の牧童達だった。
「カイル様。 我々の事を覚えておいでですか?」
「もちろんです。 皆さんお元気そうですね」
「はい、お陰様で。 アッシュさんもクレモリスに来てくれているなら寄ってくれればいいのに」
「なかなか時間が無くて······すみません」
アッシュは頭を掻いた。
「その癖は変わらないですね。 お二人が城に入ったと聞いてここで待っていたのですが、なかなか出てこられないので、諦めようかと相談していたところです。
待っていてよかった。
宿でみんなが待っているので、顔を出してやってはもらえませんか?」
カイル達が悩んでいると、彼らと一緒にいた山猫がグーリに駆け寄った。
『グーリ様!』
『お前! この国にいたのか』
『はい!キミリもいます。 宿で待っています。 会ってあげてください』
『しかし······』
グーリはカイルを見た。
「そうだな。 せっかくみんなが待ってくれているのだから、顔だけでも見て行こう」
夜も更けたというのに、宿には沢山の人とユニオンビースト達が待っていた。
ここでも昔話に花が咲き、この上なく盛り上がったが、中でもローゼンがポロッとアッシュとアニータの結婚の事を口にしてしまった時には大変な騒ぎになった。
みんなから祝福され冷やかされたアッシュは、真っ赤になって頭を掻きまくっていた。
来年にはエリアスとアニータを連れて、ゆっくりと時間を取って会いに来ると約束して、カイル達は宿を後にしてトムの家に向かった。
ハンちゃん、ノンちゃんは、いいコンビですね。
(*^^*)




