33話 アッシュとディアボロ
ディアボロとルーアンがカイルに付いて来た。
いつも睨み付けるディアボロに、アッシュは混乱する。
33話 アッシュとディアボロ
三日目の昼過ぎに、みんなのいる集落に着いた。
その頃にはディアボロは狼、ルーアンは犬の姿になっていた。
ルーアンはピンクの瞳で、優しそうな真っ白い犬の姿だ。
そしてディアボロは黒い狼の姿をしている。
アルナスの場合、黒い狼といっても毛先が銀色なので光の加減で輝いて見えるが、ディアボロは漆黒で、鋭い真っ赤な瞳は常に睨み付けているように見える。
ナルナラ達が迎えに来た。
『カイル! お帰り! あら? まぁ! ディアボロ様と······ルーアン!! 目覚めたのね!』
『きゃ~~っ! ナルナラ! あなたも居たのね』
『そうよ、知らなかったの? 私はね······』
喋りながらトットと先に行ってしまった。
『『カイル様、お帰りなさい』』
イザクとハリスが肩に乗ってきた。
「変わりはなかったか? ウォルターさんの具合は?」
『はい、何も。 ウォルター殿も経過は順調です。 しかしなぜディアボロ様とルーアンが?』
「付いて来たいと言うので一緒に来た。 先ずはアッシュさんの所へ案内してくれ」
案内された畑に行くと、アッシュは慣れない畑仕事を頑張っていた。
戻ったカイルに気付いて走ってきた。
「カイル様、いかがでした?」
「うまくいきました。 私も馬の荷を降ろしたら手伝います」
「あの······」
アッシュはカイルの耳元で囁く。
「その狼は、もしかして······」
「分かりました? ディアボロです」
「私を睨んでいるようですが······」
「気のせいだと思いますよ。 では後で」
カイルは馬達を連れてさっさと行ってしまったが、なぜかディアボロはそこに残っている。
アッシュが仕事に戻ろうと畑に入って行くと、ディアボロが畑の中まで付いてきた。
「あっ、すみませんが、畑の外にいてもらえませんか?」
なぜか敬語。
ディアボロはアッシュをグッと睨んでから、元いた場所に戻って行った。
アッシュは戻って行くディアボロの後姿を見て、頭を掻いた。
◇◇◇◇
その日から久しぶりの畑仕事の毎日だった。
アッシュは厩舎の仕事を主にしたが、手が空くと畑仕事を手伝いに来た。 始めはアタフタしていたが、今では随分慣れてきているようだ。
ディアボロはいつもアッシュの側にいて『頼りない奴だから、俺が見ていてやらないと』などと、よく分からない言い訳をしている。
どうやら本人達は気付いていないようだが、アッシュの側にいる時、ディアボロの尻尾が凄い勢いで振られている。
アッシュも「ディアボロさんが睨むのですが、私が何かしたのでしょうか?」と、いつも聞いてくる。
多分、睨んでいるのではなく、本人的には可愛い顔で見上げているつもりのようだが、なにせ目付きが悪いため、アッシュには睨んでいるようにしか見えないのだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
一ヶ月が過ぎた。
ウォルターも随分動けるようになり、収穫期も終わったので、そろそろ出発する事になった。
既にカイザーとハスランも幾つかの森を廻って話をつけて戻っており、三人と馬二頭、ユニオンビースト九頭の大所帯になっていた。
まだ完全に痛みが取れていないウォルターを気遣い、アネスは背中の部分だけクッション代わりに羊の毛を生やし、ウォルターを感激させていた。
ディアボロとアッシュは相変わらずで、怖い怖いと言いながらアッシュはいつもディアボロの姿を探しているようだった。
長い間お世話になった家を出発し、再び旅が始まった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
次の集落に到着した。
アッシュが泊まらせてくれる家の交渉に向かい、ディアボロとルーアンが付いてきた。
なぜか今日は交渉が上手くいかず、「子供がいるから」とか「鶏がいるから」などと、よく分からない理由で断られた。
八軒目の交渉の時、家主が抱いていた子供が突然泣き出した。
「ごめんなさいね······この子が怖がるから」
そう言ってアッシュの後ろにチラリと視線を向けてから、家の中に入っていった。
何だ?と思って後ろを見ると、ディアボロが凄い顔で今の親子が入って行ったドアを睨んでいた。
「弱ったな······」
次の家を訪問する時、渋るディアボロに少し離れた所で待ってもらった。
家の人が出てきた時、ルーアンが前に来てウルウルした目で見上げ、尻尾を振って見せた。
「まぁ! 可愛い犬だこと。 そうね、納屋で良ければどうぞ」
交渉成立。
「ルーアン、ありがとう」
アッシュはこっそりお礼を言った。
◇◇◇◇
泊まらせてもらった納屋の中に全員が入っていた。
少し離れた所でカイザーと話しをしているディアボロを見ながら、アッシュがカイルにこっそり相談しにきた。
「やっぱり私、ディアボロさんに何かしたのでしょうか? なぜか私から離れようとしませんし、いつも睨んでいるので、どうやら監視されているようなのですが······」
それを聞いてアルナスはプッと笑い、ハスランもクックックッと笑いを堪えている。
「多分ディアボロは目付きが悪いだけで、睨んでいるのではないと思いますよ」
「そうでしょうか?」
アッシュはため息をつきながら、カイザーと話すディアボロをチラチラと盗み見していた。
ジッと見ている事が知れると、攻撃されるとでも思っているようだ。
このままではだめだと思い、カイルはこっそり心の中でアルナスに相談した。
《なぁアルナス······ディアボロにアッシュさんの事を話してくれないか?》
《話すって、何を?》
《アッシュさんがディアボロを誤解して怖がっているのを何とかしてあげたいのだが》
《············》
《もう少し優しい目で見てもらうとか······》
《それは無理だろう》
《少し距離を置くとか》
《それも無理だろうな》
《契約するとか》
《············はぁ~~~~~~無理強いはしたくないが、どうやらディアボロはアッシュが契約者と分かってないようだからな。
なぜか気付かない! 世話のかかる連中ばかりだ!》
アルナスは仕方ないとゆっくり立ち上がり、ディアボロの所へ行った。
『顔を貸せ。 話がある』
『何だ? 改まって』
『いいから、ちょっと来い』
アルナスはディアボロを納屋の隅に連れて行き、小声で話し始めた。
『お前。 アッシュが怖がっているぞ』
『何を?』
『お前をだ』
『俺を? なぜ?』
『お前が睨むからだ』
『誰を?』
『アッシュをだ!』
『俺がなぜ?』
『お前の目付きが悪いからだろう!』
『放っておけ! お前、喧嘩を売っているのか?!』
『違う! アッシュにはお前が睨んでいるように見えているらしいと言っているのだ!!』
『なぜ、俺が睨むんだ?』
『ああ~~~っ! お前と話していると、頭がおかしくなる!』
アルナスとディアボロは既に納屋中に聞こえる声で話している。
どうやらアネスはウォルターに解説しているようで、アッシュ以外は全員聞き耳を立てている。
『お前! 本当に気付いていないのか? 彼はおまえの契約者だ!』
『契約者?······誰が?』
『アッシュだ!! いいからさっさと契約しろ!!』
アルナスはカイルの所へ戻り、もう知らん!と、ドカッと寝転がった。
ディアボロは戸惑っている。 カイルの横で丸くなっているアルナスを物言いたげに見つめている。
『アッシュが······俺の······契約相手?』
今度はアッシュを見ると目が合った。 アッシュは慌てて視線を逸らす。
ディアボロはゆっくり立ち上がり、アッシュの横に座り、少し怯えているアッシュを睨み付けた。
いや、顔を見た。
覗き込むようにして睨み······見つめるディアボロに、アッシュは怯え戸惑っている。
今までアルナスと何やら喧嘩をしていたようなので、とばっちりが来そうな気がするのだ。
「あのぉ······何か······」
するとディアボロは立ち上がり、今度はアッシュの前に来てまた顔をじっと睨む(見つめている)
「困ったな······」
アッシュは頭を掻いた。
するとディアボロが顔をグッと寄せて来た。
「わっ!」 アッシュはのけ反り、後ろに倒れた。
今度はディアボロはアッシュに馬乗りになり、凄い勢いで上から睨む(悩ましげに見つめている)
アッシュは仰向けのまま降参と、両手を上げた。
「ディアボロさん······私を食べても美味しくないですよ······カイル様ぁ~~~~」
助けを求めてカイルを見ようとしたが、ディアボロが覆い被さっているので見えない。
(その時、カイルは笑っていた)
ディアボロは更に顔を寄せた。 鼻息が顔にかかる。
「あのぉ······」
するとディアボロがアッシュの口を舐めた。
《どうやらお前のようだ。 仕方がないから契約してやる》
ディアボロの声が頭の中で聞こえた。
「?······ディアボロ···さん?」
ディアボロはアッシュの上から降りるとサッサと寝転がり、目を閉じてしまった。
周りからは『よし!』という声が幾つも聞こえた。
「えっと~~······」
そっぽを向いて寝転がるディアボロを見て、アッシュはまたポリポリと頭を掻いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日からもディアボロはアッシュの横にピッタリと付いて歩き、時々アッシュが「はい」とか「分かりました」とか言っている。
どうやらディアボロと話しているようなのだが、まるでアッシュがディアボロから説教を受けているように見えるので、周りにいる者達は笑いを堪えるのに専念しなくてはならなかった。
アッシュとディアボロ。
こんな関係の契約もあるのですね。
契約に憧れていたアッシュはちょっと可哀想。
( ゜ε゜;)




