28話 アネス
泊まった家にはアッシュの部下のウォルターがいた。 そしてアネスがいた。
それは…………
28話 アネス
食事をしながら、アッシュはウォルターに今までの経緯を簡単に話した。
ウォルターは、アッシュの話を黙々と聞いていた。
アッシュが話し終わり、今度はアッシュがウォルターの話を聞きたいと言うので、ウォルターが話し始めた。
「数人の民を連れて逃げたのですが、あと少しの所でユニオンビーストに見つかりました。 とにかく民を先に行かせて、私一人で立ち向かいました。 小ぶりの奴だったので勝てると思ったのですが、思いの外手強く、やっとの思いで逃げ出した時には、かなり手酷くやられていました。
既に民の姿は無く、とにかく民家を探して数時間歩き続けましたが、結局力尽きて気を失ってしまいました」
ウォルターはふぅ~と、一息つく。
「次に気が付いたのはこの家のベッドの上でした。 後で聞いたところでは、私は馬に乗せられて来たそうです。 動けるようになってからその馬を見に行きましたが、見たこともない馬で、この辺りの人も知らないそうなのです。
放せば家に戻るだろうと思ったのですが、どこにも行こうとせず、それならと手綱や鞍を着けようとすると大暴れするので、野生の馬のようですが······私に慣らすことが出来なかった馬は初めてです。
乗馬用にも農耕馬にも出来ず、何度放しても戻って来るので仕方なくここに置かせてもらっているのですが、誰が私をその馬に乗せてくれたのか、それとも自分で乗ったのか、わからないままです」
ウォルターは話し終わると「ふぅ~~~っ」と、大きく息を吐いた。
こんなに長く話す事はめったにないので、ちょっと疲れた。
カイルはアネスがユニオンビーストであることを話すべきか迷ったが、結局話すのをやめた。
「カイルランス様!」
ウォルターに突然名を呼ばれて驚いた。
「な······何でしょう?」
「私もお供を······」
「一緒に来てもらえるなら心強いですが······」
カイルは意見を求めるようにアッシュを見た。 自分のための旅だが、すべてアッシュに任せている。
「もちろん、カイル様がよろしければ。 しかしウォルター、ここの仕事はいいのか?」
「お願いしてみます!」
「明日の早朝には出発するぞ」
「今からお願いしてきます!」
ウォルターは、食事も途中で走って行った。
「何だか慌ただしい人ですね」
カイルが苦笑しながら言うと、アッシュも同じく苦笑しながら「すみません」と、頭を掻いた。
「ところでカイル様、手綱も鞍も着けさせない馬がウォルターを乗せて来たというのは変な話しです。 もしかして······」
「はい、彼女はユニオンビーストです。 ナルナラが言うには、ウォルターさんが契約者のようです」
「それでは、あの馬も連れて行ってあげた方がよいのではないですか?」
「多分、放っておいても付いてくると思いますよ」
その時、ウォルターがバタバタと入って来た。
「大丈夫です! 支度をしてきます!」
それだけ言うと、また慌てて走って行った。
「やっぱり忙しない人ですね」
「すみません」
アッシュは再び頭を掻いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、ウォルターはテルラさんに馬を借り、既に荷造りを終えていた。
ウォルターが小さなテルラ婆さんに抱きつき泣いて別れを惜しんでいると、裏からアネスが出てきた。
「お前······」
ウォルターがアネスに慌てて駆け寄った。
カイルはハスランに頷くと、アネスの首筋を撫でているウォルターに近づく。
「ウォルターさん、裸馬には乗れますか?」
「はい」
これでも騎馬隊副隊長だし。
「それでは、この荷を私達の馬に積んでその馬で行きましょう」
「しかし······」
「その馬は鞍は嫌でもウォルターさんをここまで乗せて来たのですから、きっと乗せてくれますよ」
ウォルターは「そうでしょうか」と言いながらアネスの鼻を撫で、肩を叩き「よ~しいい子だ」と言いながら、鬣を掴んだ。
アネスは嫌がる素振りを見せない。
「少し離れて下さい」
ウォルターはそう言うと思いきって乗ってみたが、アネスは大人しくしている。
少し動かしてみると、まるで訓練されているように思い通りに動いた。
ウォルターは満足そうだ。
「おどろいた。 本当に乗せてくれました。 よしよし、いい子だ、いい子だ」
ウォルターも(アネスも)本当に嬉しそうに見えた。
テルラ婆さんから借りた馬を厩舎に戻し、出発した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その少し前。 ハスランはアネスの所に顔を出した。
『ハスラン様!』
『アネス、久しいな』
『あのう······ナルナラちゃんから聞いたのですが、ウォルターさんが旅に出るって本当ですか?』
『本当だ』
『旅に·········』
『アネスも一緒に来るか?』
『いいのですか?』
放っておいても付いてくるつもりのくせにと思ったが、ハスランは口には出さない。
『ウォルターを乗せて行けるか?』
『鞍を着けなくていいのでしたら』
『わかった、後で来い』
ハスランはそのやり取りをカイルに伝えていたのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
出発して直ぐ、ウォルターが「う~ん、う~ん」と、唸っていた。
「ウォルターさん、どうしたのですか?」
「名前を······」
「そうですね······[アネス]などはどうですか?」
ちょっと考えたふり。
ウォルターはパッと顔を輝かせた。
「ありがとうございます!」
ウォルターはアネスの首筋をとても嬉しそうに撫でた。
「アネス、今日からお前はアネスだぞ」
『今日からじゃなくて、ずっとアネスなんですけど』
ナルナラが面白そうに呟いた。
アネスはウォルターと一緒にいれる事になって、良かったね。
(^_^)v




