26話 トゥガルド
カイザーはアルナスから森にS級の熊が居ることを聞かされた。
どうやらカイザーの知り合いのようだった。
26話 トゥガルド
城の門を出るとアルタニアの民達が不安げな様子で待っていた。
皆一様にカイルを心配していたが、何も問題無かった事を話すと一様に胸を撫でおろした。
それどころか集会を行う事をクレモリス国王が認めてくれた事。 そして城の訓練場を借りる事が出来るようになった事も話すと、この国の王様はいい人だったのだとみんなが見直していた。
今から訓練の続きを城の訓練場でさせてもらえる事になっているのでと、兵士以外は帰ってもらった。
城の裏手にある少し小さい訓練場だが、この人数には充分な広さだった。
訓練が再開されたが、アッシュがカイルに「久しぶりに、手合わせ願います」と言ってきた。
二人が向き合うと、皆が集まって来て周りを囲んだ。
トマスはこの光景をニヤニヤしながら見ている。
一礼をしたカイルの方から攻撃を仕掛ける。
「アッシュさん! 行きます!」
カイルが素早い動きで踏み出し剣を振り下ろした。
アッシュは辛うじて一打目を受ける事が出来たが、カイルは間髪入れずに下から切り上げ、横に薙ぎ払い、突いてきた。
アッシュは受けるのが精一杯でどんどん押される一方だ。
カイルが動きを止めた。
「アッシュさんからも打ち込んできてくださいよ」
「······打ち込めと言われても······」
アッシュは呟いた。 打ち込もうにも全く隙が無い。
受けられるのを覚悟で袈裟懸けに振り下ろしたが、軽く跳ね上げられ、気付けば喉元に剣先がピタリと向けられていた。
「参りました」
周りで見ていた兵士から「おおぉ~~!」というどよめきと共に、拍手が沸き起こった。
アッシュは剣には自信があった。
秀出て上手いという訳ではないが、決して下手ではない。
「カイル様、上達されましたね。 私には敵いません」
アッシュは頭をポリポリ掻いて、少しばつが悪そうだ。
トマスがアッシュの横に来て、肩をポンと叩いた。
「カイルは強いだろう。 この五年間、私の元でみっちり修行したからな。 今ではこの私でも、三本に一本は取られる。
驚くほど飲み込みが早く、もはや私が教える事は無い程だ」
しかし一番驚いていたのはカイルである。
トマスとしか剣を交えた事がないので、自分がこんなに上達しているとは思ってもいなかった。
その後、訓練が再開されたが、皆が聞きに来るのでカイルは指導にまわり、充実した一日となった。
◇◇◇◇◇◇
出発前日、家でギリギリまで畑の収穫に精を出しているが、最後の打ち合わせと買い出しの為に、午後からアッシュの所に行く事になっていた。
午前中、鷲の姿のカイザーはアルナスと一緒にカイルの仕事をのんびり見ていた。
『明日からだな。 私もユニオンの説得に廻らなければならない』
『タルラの森にはコーヴは来なかったが、それでも上級ユニオンは三十足らずしか居ない』
『私が知る北と東の幾つかの森を合わせても二百にもならないが、多分コーヴにかなりの数を連れて行かれている。 アルタニアで襲って来たユニオンの中に、見知った顔が大勢いた』
『そういえば裏の山にS級が一頭いる。 トマスが契約者のようだが頑として契約しようとしない。 今、トマスはずっと王都にいるから熊公はイライラしているだろうな』
『S級の熊?』
『そうだが、それがどうした? 知り合いか?』
『······多分······そいつの所に案内してくれないか?』
『こっちだ』
アルナスも鷲に転身し、炭焼き小屋に向かって飛び上がった。
『ここがトマスの家だ。 この辺りにいると思うのだが······』
小屋の横の木に停まって気配を探した。
『あっ! 奴だ』
大きな気配が近付いて来たかと思うと熊公が森から飛び出した。
『カイザー!! お前か!! 降りてこい!!』
いきなりカイザー達が停まる木に体当たりした。 するとムクムクと体が大きくなり、大きな牛の角を持った五つ目の熊の頭だが下から突き上げる長い猪の牙が口元から伸びている。 体の前半分は猪だが途中からサイの体になり、鱗のあるワニの長く太い尾が伸びている巨大なユニオンに転身した。
『トゥガルド、久しいな。 なぜこのような所にいる?』
『貴様を追って来たのだ! 降りて俺様と戦え!!』
『戦う気は無い』
『俺様が飛べないのを知っていて、そんな処にいるのか! 降りてこい!!』
トゥガルドがカイザー達が停まる太い木に再び体当たりすると、メキメキ音を立てて倒れた。
二頭は慌てて飛び上がる。
『カイザー、奴に何をした?』
『たいした事ではない』
『たいした事で無くて、あそこまで怒るか?』
『フフフ······律儀な奴で困る』
『?』
アルナスは少し離れた木に避難したが、カイザーは先ほど倒れた木の隣の木に停まった。
『いいから少し話を聞け』
『俺様と勝負をしてからだ!』
トゥガルドは再びカイザーの停まる木に体当たりして、メキメキズドン!と木を倒してしまった。
『頼むから落ち着いてくれ』
カイザーはトマスの家の屋根に停まった。
『くっ! 貴様!』
さすがにトマスの家を壊す事は出来ずに地団太を踏む。
『トゥガルド、アルラドの森はどうした』
『ライアスに任せてある』
『そのライアスはアルタニアにいる』
『なに?!』
『アルタニアの襲撃の事は知っているな』
『あぁ······』
『コーヴという人間が術に掛けてユニオンを操り、人殺しをさせている。 そのコーヴの横にライアスがいた』
『······契約······しているのではないのか?』
『違う。 私の事も分からなかった。 他にも見知った顔が大勢いた』
トゥガルドは愕然とし、ヒュルヒュルと熊の姿に戻った。
カイザーも屋根から降り、ライオンの姿に転身した。
『私達は何とか操られたユニオン達を助けたいと思っている』
『そのコーヴとやらを倒せばよいのではないのか?』
『奴の所に行くまでには、ユニオン達と戦わなければならない。 出来ればそれは避けたいが、最終手段としてはそれも考えなければならない。
ただ、アルタニアには数百の上級以上のユニオンがいる。 正面から行くとなるとそれ以上の数を集めなければならない。 それで私は各地のユニオンを説得しに行く。
それと、カイルは知っているな』
『知っている』
『彼は今やアルタニアの王だ。 彼もアルタニアを救う為に動き出す。
各国の協力を求めにこの国を出る』
『!······トマスもか?!』
カイザーは苦笑した。
『いや、彼は残るそうだ』
トゥガルドはホッとした顔を見せた。
『なぜトマスと契約しない』
トゥガルドはキッ!と、カイザーを見た。
『お前が人間と契約するからと言って森を捨てるからだ! 出ていくなら俺様を倒して行けと言ったのに、お前はさっさと飛んで行ってしまった。
だからアルラドの森をライアスに任せてお前を探し廻った。 そうしてここに来て······』
『トマスに逢った?』
『そうだ! しかしトマスと契約すれば、俺様もお前と同じになってしまう。 契約はしないが······ここを離れる事も出来ず·········俺様が居ない間に仲間があやつられていたとは······俺様がいれば、そんな事には······』
『いや、居なくて良かったのだ。 奴の術には逆らえない。 お前がいても今頃アルタニアで人を殺していただろう。 お前が敵に回れば厄介だった』
『······俺様は何をすればいい』
『先ずはトマスと契約する事だ』
『······今さら······』
『違う! 今だからだ。 いつか戦いになる。 それにトマスは王都に詰めてこちらには戻って来なくなるだろう。 トマスがどこにいるのかも、何が起こっているのかも知らぬままでいいのか?
そしてコーヴは目を見ただけで術を掛ける事が出来る。 しかし私は術に掛からなかった。 トマスが言うには契約しているからではないかと。
私もそう思う。 既に契約者の心が中に有るために術が入り込めなかったのではないかと。 だから、契約さえしていれば術にはかからないのだ。 お前だけは敵に回したくない』
『それが本音か』
『半分はな。 しかし契約者が目の前にいるのに契約出来ない辛さは誰よりも分かっているつもりだ。 私は始めの王ロンダリオと最初は契約していなかったのだ。 やはりユニオンの王として、人間との約束を自分から破る訳にはいかなかったからだ。
しかし、アルナスがアルタニアを襲撃した時に悟った。
私が率先して契約する事で、再び人間と我々が共に居られる世が来るのではないかと。 もう、その時代が来たのだと』
『·········』
『まぁ、強要することでもないが………… 我々は明日出発するが、もしものときはトゥガルドにも協力を求めるかもしれないので、その時は頼む。 では······』
カイザーは鷲の姿に転身し、アルナスと共に飛び去った。
熊公は五つ目だけれども、サイズも力もカイザーと変わらないほどの強いユニオンです。
トマスと無事に契約する事が出来るのでしょうか?
σ(^_^;)?




