23話 動き出す時
アルタニアから逃げて来た人々に合ったカイルは、動き出す時が来たと、悟るのだった。
23話 動き出す時
宿屋の二階がいつもの集会所だということだ。
カイル達が部屋に入ると、新しい顔ぶれにざわついた。
「今日は急に集まっていただいて申し訳ありません。 皆さんにどうしても紹介したい方々がいます」
アッシュはトマスに手を向けた。
「兵士ならこの名を聞いた事があると思います。 この方は、元近衛隊隊長トマス·ハミルトン殿です」
兵士からどよめきが起こり、その後「わぁ~~!」という歓声と共に拍手が起こった。
「そして、こちらの御方」
アッシュはカイルに手を向けてから、勿体ぶって三十人ほどの集まっている人達の顔をゆっくりと見回した。
「こちらの御方は、アルタニアの王子カイルランス·ロングフォード様です!」
集まった者達は一瞬呆気にとられていたが、次第にざわめきが起こりだした。
そしてそれが「わぁぁぁ!!」と凄い歓声に変わった。
飛び上がり、抱き合い、両手を上げ神に感謝する者もいた。
そして中にいる兵士であろう者達は立ち上がり、前に出てきてカイルの前で膝まづき胸に手を当て、それ以外の者達はひれ伏した。
「皆さん、やめて下さい」
そう言いかけた時、アッシュがカイルを止めた。
「カイル様、やらせてあげて下さい」
よく見ると、ひれ伏しながらみんなが泣いていた。
感動した。
そして、何も出来ない自分をそこまで思ってくれている事に感謝した。
「皆さん、こんなに歓迎してもらえるとは思ってもいませんでした。 私も皆さんにお会い出来て本当に嬉しく思っています。
この五年間、何も出来なかった私と違い、アルタニアの皆さん方と連絡を取り合い結束を固めてこられた事に感激しています。
皆さん、顔を上げて椅子に座って下さい」
皆は涙を拭きながら椅子に座った。
「私は今、この国の郊外にある農家にお世話になっています。 ですから今は只の農民です。 しかし、皆さんを見て動き出さないといけないと思いました。
今の私に何が出来るか分かりませんが、出来る限り皆さんのお力になりたいと思います。 そうして、いつの日にかアルタニアを、皆さんの家族を、皆さんの家や畑を取り戻しましょう!」
「わぁぁぁ!!」と、一際大きな歓声が上がった。
◇◇◇◇
食事が運び込まれ、みんなと談笑しながら食べた。
カイルは食事もそこそこにみんなの所を回り、色々な話を聞いて回った。
襲撃があった日の事やクレモリスに来た時の苦労話。 そして今の仕事の話なども聞いた。
その中でも一年前にアルタニアから逃げてきた人の話では、今のアルタニアの税は四割。
エグモントの七割に比べるとまだましだが、それでも生活は厳しく、食べていくのも苦労していたらしい。
そんな状況なので逃げ出す者が絶えないのだが、時折兵士がユニオンビーストと共に街中や郊外の村まで逃げた者がいないか調べに来るらしい。
もし逃げた者がいたと分かると、残された者達が酷い目にあうという。
そんな兵士の殆どがエグモント兵だが、アルタニア兵も混ざっていたという事だ。
それだけ厳しく見張られているにも関わらず逃げ出す者は後を絶たず、国境辺りでうろついているユニオンビーストに見つかれば連れ戻される。
ユニオンビースト達は加減というものを知らないので、口にくわえたり足で掴まれたりして近くの村まで連れていく時に酷いケガを負わされ、死んでしまう者も多いという。
そうして話してくれた人も、一度捕まった時に負ったという肩の傷を見せてくれた。
また、兵士達は横暴を極め、袖の下を渡さなければ街のチンピラに店や畑を荒らさせ、飲み食いしても代金を払わず、目を付けた女性は暴行されるか城に連れて行かれる。
賑やかだった王都の街中は兵士に目を付けられないようにひっそりと静まり返っているそうだ。
また取り締まりもしないので、泥棒や強盗にあっても泣き寝入りするしかないという事だ。
それと、これは噂だが時折郊外の村にコーヴがユニオンビーストを連れて現れ、人をユニオンビーストに狩らせて楽しんでいるらしいという話まで聞いた。
そんな話を色々聞きながら、その夜は遅くまで皆と話しをした。
◇◇◇◇◇◇◇
アッシュはカイルの為に一番良い部屋を用意していたが、カイルは頼み込んでトマスと同室の一般の部屋に移させてもらった。
その部屋のベッドに座り、カイルは暫く考えていたが、ボソッと話し出した。
「トマスさん······アルタニアを救いたい。 しかし、どうすればいいのか分かりません」
「ふむ······ユニオンビーストの本当の姿を直接見たことは無いが、人間に敵う相手ではないように思う。
ユニオンビーストにはユニオンビーストで対抗するしかないが、そんな事が出来るものなのだろうか? アルナス」
トマスはカイルの横に座るアルナスを見た。
『各地に散った仲間を集めればアルタニアのユニオンに対抗出来ない事はないが、私は仲間に牙を向けたくない。 ましてや操られているだけの者に対してなど······きっと他のユニオンも同じ事を言うだろう。
しかし、この状況を知らせる必要はある。
コーヴは我々の目を見ただけで術を掛ける事が出来る。 もし奴に会っても、絶対に目を見るなと······しかし、カイルによるとカイザーは術に掛からなかったらしい······なぜだろう』
「と、アルナスは言っています」
「そうか······ユニオンビーストは心優しい種族だとは聞いていたが本当だな。 ところで、カイザーは術に掛からなかったと言ったな。 カイザーは王と契約していたのか?」
「はい。 していました」
「もしかしたらそれが要因なのかもしれない。 分からないが、ふとそう思った」
アルナスはきっとそれだ!と思った。
「しかし、ユニオンビーストの力を借りる事が出来ないとなると、何か策は無いものか······?······カイル、どうかしたか?」
「えっ? あぁ、すみません。 この国以外にもアルタニアから逃げ出した人達がいますよね。 他の国に逃げた人達がアッシュさん達の様に苦労しているのではないかと思って······」
「そうだな。 きっとみんな苦労しているだろう」
「その人達に会いに行きたいです」
「ふむ。 カイルを見るとみんな喜ぶだろう。 生きる力をもらえる。 行ってみるか」
「はい!」
「しかし、私は腰が良くないので長旅は無理だ。 誰かに同行してもらうように頼もう」
「いいえ。 大丈夫です。 アルナス達がいますから」
「そうはいかないだろう。 しかし、先ずはこの国にいる人達に顔を見せてやらんとな。 明後日アッシュのいる牧場で兵士達が訓練をするそうだ。
週に一度だが、たまには剣を握らないと体が鈍るからと続けているそうだ。 カイルも顔を出してやってくれるか?」
「もちろんです」
「私は暫くここで世話になろうと思うが、カイルはどうする?」
『熊公が、暴れ出さなければいいが······』アルナスがボソッと呟いた。
「私は一度帰ります。 仕事もありますし、サラさん達に本当の事を話さないといけないと思います。 旅に出るならなおさら······」
「そうだな······話す時が来たようだ」
ナルナラとイザクの出番がありませんでした。
オトナシク留守番できているのかしら?
(・_・?)




