20話 新たな協力者
忙しく仕事をしていたカイルは、サラの代わりに荷物を届ける事になった。
そこには·········
20話 新たな協力者
数ヶ月の月日が流れた。
カイルは慣れない仕事で始めの頃はへとへとだったが、最近やっと余裕が出てきた。
それで時間ができた時は、ハスランに乗る練習をしている。
もちろん馬には乗れるのだが、ハスランはユニオンビーストだ。 鞍を着けるといざという時に転身出来ない。
それで鞍無しで乗る練習を始めたのである。
初めは何度も落馬した。
ハスランは随分と気を使って走ってくれたが、それでもバランスが崩れ、滑り落ちてしまう。
ハスランが良い先生となり、アドバイスを貰いながら練習するうちに何とか乗りこなす事が出来るようになった。
◇◇◇◇
そんな頃、サラに荷運びを頼まれた。
月に一度、山の上にある炭焼き小屋にいるトマスさんに雑貨や食料を運んでいる。
いつもはサラが行くのだが、最近足の調子が良くないということで、カイルが行く事になった。
「一本道だから直ぐに分かるよ。 偏屈な人だけど悪い人じゃあないからね。 荷を渡したらいつもの炭と、炭代を引いた代金を忘れずに貰ってきておくれ。 まぁ、トマスさんが分かっているから任せておけば大丈夫さ」
サラはハスランに荷車を着けてくれた。
「じやぁ、頼んだよ」
「行ってきます!」
◇◇◇◇
ナルナラ達は久しぶりの遠出に大はしゃぎだ。
前や後ろを走り回り、木の実をかじったり追いかけっこをしたり、荷車を後ろから押すカイルやハスランの足の下をすり抜けてみたりして遊んでいた。
しかし目的地に着く頃には飽きてしまって荷台の上でボーっとして休んでいた。
思ったより整備されている一本道を進み、山の頂上にある炭焼き小屋に到着した。
小さな手作り風の小屋があり、少し先にこんもりとした釜が三つ、煙を出している。
「すみません! トマスさんはいらっしゃいますか? サラさんの代わりに荷物を運んで来ました!」
すると小屋の裏手の方から少ししわがれた声がした。
「おう! こっちまで回って来てくれ」
裏手に回ると、体が大きくガッチリした顔中髭まみれの老人が薪を割っている。
「見かけん顔だな」
「少し前からサラさんの家で御世話になっているカイルです」
「そうか。 少し待っていろ、もう終わる」
トマスは薪を割りだした。
何とも流れるような美しい動きで、気持ちよく薪が割れていく。
《カイル殿》
カイルはハスランに呼ばれて振り返る。
《どうしたの?》
《あの方は、ブライト殿の前の近衛隊長だったお方です》
《近衛隊長だった人?》
《間違いありません。 彼ならきっとカイル殿の力になって下さいます》
「待たせたな」と近づいてきたトマスに、カイルは思い切って聞いてみた。
「あのぉ······トマスさんはアルタニアの人ですよね」
「ん? それがどうした?」
「あのぉ······近衛隊長だったお方ですか?」
トマスは動きを止め、鋭い目でカイルを見る。
「·········」
あまりの眼圧に委縮しそうになるが、悪い人ではない事が分かっているので自分を奮い立たせた。
「も······もしかしてこの馬に見覚えありませんか?」
トマスはカイルの横にいる荷車をつけた馬をまじまじと見ていた。
そのうち目を大きく開き、手を伸ばしながら美しいその馬に近づいた。
「·········ハスラン?······ハスランなのか?」
ハスランはブルルと鼻を鳴らした。
「アルタニアから逃げてきたのか······しかしなぜこんな所に······カイルと言ったな。 なぜハスランといる?······お前······
いや、貴公はもしかして······カイル······カイルランス様······ですか?」
「はい」
「おぉ·········御無事でしたか」
トマスはカイルの前に片膝を着き、胸に手を当てた。
「やめて下さい。 今はサラさんの家で厄介になっている只のカイルです」
トマスは少し迷ったが「よっこらしょ」と立ち上がった。 腰が悪そうだ。
「アルタニアは······グラント国王はどうなりました?」
カイルは首を横に振った。
「僕にも分かりません······トマスさんはブライトさんをご存知ですか?」
「もちろん知っております」
「彼は亡くなりました。 それ以外は分かりません」
「ブライトは殺されたか······あっ! こんなむさ苦しい所ですが、どうぞ中へ」
「トマスさん、敬語はやめていただけませんか? できれば只のカイルとして接していただきたいのです」
「しかし······」
「お願いします」
「サラさん達は、貴方様のご身分の事は?」
「誰にも話していません」
「そうですか······分かりました······いや」
トマスはコホンと一つ咳払いをした。
「分かった、では一人の少年として接するとしよう。 改めて[トマス·ハミルトン]だ。 [トマス]と呼んでくれ」
トマスはゴツゴツとした大きな手を出してきた。 カイルはトマスの手をグッと握った。
「カイルです」
二人は荷を降ろし炭を積み込んだ。
家の中へとトマスは言うが、カイルは(ユニオン達がいるので)ここでいいと、手作り風のベンチに腰掛けた。
トマスは家からパンとミルクを持ってきてくれて、カイルに手渡しした。 テーブルがないので、パンの乗った皿を椅子の上に置いた。
カイルはミルクを飲み、パンを頬張りながらできるだけ詳しく襲撃があった時の事を話した。
「大変だったな。 アルナスと言ったか? 彼とは契約しているのか?」
「はい。 ここにいる子達みんなとしています」
トマスは少し驚いたが、髭まみれの顔をほころばせた。
「そうか。 これだけのユニオンビーストに守られているなら心配ないな」
「トマスさん。お願いがあるのですが」
カイルは、手に持つコップを椅子に置いた。
「何だ? わしに出来る事なら何でもするぞ」
「剣術を教えていただきたいのです」
「もちろん構わんが、毎日ここまで来ることが出来るのか? サラさんの家の手伝いもあるだろう?」
「お願いしてみます」
「剣は持っているか?」
「護りの剣なら」
「ほぉ······あれを持ち出せたのか。 しかし、あれでは練習にならん。 わしの剣はどこに仕舞ったかな? 探しておこう」
「よろしくお願いします」
話しが一段落して再びパンを口に運んだ時、アルナスが緊張した様子で立ち上がった。
『カイル、ユニオンだ』
アルナスが見る方に目を向けると、森から大きな黒い熊がヌッと顔を出した。 それを見てトマスはニコリと微笑む。
「来たか、熊公」
「熊公?」
「いつからかここに顔を出すようになった野生の熊だ。 なに······大人しいから心配はいらない」
「熊公さんこんにちは」
『············』
返事は無く、ハスランの近くの草むらに行き、ゴロリと寝転がった。
「あそこが熊公の定位置でな······それで、剣術はどこまで習ったのだ?」
カイルとトマスが話し込んでいる間にアルナスは熊公の近くに行き、なに食わぬ顔で寝そべった。
『アルナスだ。 お主の名は?』
『·········』
『名前くらいあるだろう』
『······熊公』
『そうか······では熊公。 トマスと契約していないのか?』
『していない』
『彼はお前がユニオンだと知っているのか?』
『彼には言うな』
『彼は契約者のではないのか? なぜ契約しない? ここから離れられないのだろう?』
『俺の勝手だ。 放っておいてくれ』
熊公はもう知らん! とばかりに、体を丸めて寝てしまった。
ナルナラが恐る恐るアルナスの近くに来て、陰に隠れながら興味津々で熊公を観察する。
『アルナス様、熊公さんは只者じゃないわね。 どうしてこんな所にいるのかしら?』
『奴はS級だな』
『そうよね。 ハスランは熊公さんを知らないの?』
『知らない』
そこへ、カイルとトマスが来た。
「みんな、帰るよ」
「では明日から待ってるからな」
「はい、よろしくお願いします」
カイルはトマスに頭を下げ、熊公の方に一歩近いて手を振った。
「熊公さん、さようなら」
しかしカイルに声をかけられても、熊公は知らん顔をして寝ていた。
◇◇◇◇
帰り道、ハスランが聞いてきた。
『カイル殿、ハミルトン殿はいかがでした?』
「最初は怖い人かと思ったけど、全然そんな事無くて優しい人だね」
『少しぶっきらぼうな所がありますが、前王も全幅の信頼をお寄せでした』
「やっぱり」
『あの方はブライト殿の師匠でもあります。 剣の達人と言われるブライト殿も、ハミルトン殿には勝てませんでした』
「そんな凄い人なら、どうしてお城に残ってくれなかったの?」
『それは······奥様が重い病気になられて、そばに居てやりたいからと退位されました。
その後、奥様が亡くなられると国を出られたと聞いていました。 まさかこんな所でお会いできるとは』
「ハスランはよく知っているね。 そういえば、ハスランはどうしてアルタニアの軍馬になったの? ブライトさんと契約したから?」
『いいえ。 私は何代か前の近衛隊長に助けられた事があるのです』
「助けられた?」
ユニオンビーストは不死身だと思っていたカイルは、意外に思った。 人間に助けてもらうなんて。
『私は自分の不注意から、大ケガを負いました。 普通なら潜れば良いのですが、そこは岩場で潜る事が出来なかったのです。 そして、たまたま通りかかった当時の近衛隊長が私を助けて下さり、それ以後代々近衛隊長の馬としてアルタニアにいます』
「その人と、契約は?」
『していません。 ブライト殿が初めてでした』
その時、ナルナラがカイルの横の荷車の上に飛び乗ってきた。
『そういえばカイル。 あの熊公さんはアルナス様やハスランと同じS級だっわ』
「やっぱりユニオンだったの? アルナスが『ユニオンが来た』って言ったからそうだと思ったのに、話してくれないから只の熊かと思った」
『奴はトマスにユニオンであることを知られたくないようだった』
「なぜ?」
『分からん。 聞いたが話さなかった。 とにかく、トマスには言うな』
「分かった·········ちょっと待って! ハスランもS級だって?」
『あら、知らなかったの?』
「ハスラン、君も五つ目?」
『そうです』
「S級のユニオンビーストって、そんなにいるの?」
『私の知る限りでは、十頭いるかどうか······その内の二頭と契約しているカイル殿が凄いのです』
『だいたい複数のユニオンと契約している事自体、普通じゃないぞ』
「そうなのか·········どうしてだろう? ユニオンの言葉が分かるから?」
『知らん』
「ハスランは知ってる?」
『いいえ』
「イザクも?」
『きっと誰にも分かりません』
「ふ~~ん······」
その日の夜、トマスの所で剣術を習いたいので時間を貰えないかとトムに頼んでみた。
するとトムは快く承諾してくれた。
午前中は家の仕事をし、午後からトマスの所へ行き、日が落ちるまでには戻ると約束した。
翌日、午前中の仕事を終えて家に戻ると、サラが二人分のお弁当を用意してくれていた。
「教えてもらうのに、講師料は払えないけど、せめてこれ位はさせてもらわないとね」
カイルはハスランに乗り、炭焼き小屋に急いだ。
既にトマスは、剣と盾を二組用意して待っていた。
「了解は得たのか?」
「はい! これから毎日これ位の時間には来ます。 それとサラさんがお弁当を作ってくれました。 講師料代わりに毎日作ってくれるそうです」
「それはありがたい、遠慮なく頂こう。 飲み物を取って来る」
トマスが家に入るのと入れ違いに熊公が現れた。
「熊公さん。 これから毎日ここに来るからよろしく」
熊公はチラリとこちらを見ただけで、いつもの場所に寝転がった。
◇◇◇◇
トマスは剣術はもちろんあらゆる武術に長けていて、指導者としても一流だった。
そして、雨で外が使えない時には、家の中で色々な事を教えてくれた。
カイルは午前中は仕事をし、昼からトマスと過ごし、日が落ちる前に家に戻って再び仕事をしてから夕食を食べ、夜にはニックに文字や計算等をおしえた。
そうやって過ごす忙しい毎日が五年続いた。
S級の熊公は、なぜ頑なに契約しないのでしょう?
(´・ω・`)?




