19話 国王の計画
新しい生活を始めたカイルは、父グラントの計画を知ることになる。
19話 国王の計画
翌朝早くニックが服を持って入ってきた。
「お兄ちゃん起きて」
「·········おはよう」
「お兄ちゃんの服を置いておくね。 父さんが近所の人から貰ってきたお古だけど」
考えてみると、今着ている服もトムの服にしては小さくニックの服にしては大きすぎる。
これもわざわざ何処かから貰ってきた物だろう。
用意してくれた服はカイルには少し大きいが、暖かそうで動きやすそうだ。 どこまでも優しいこの家の人達に感謝しながら、服を着替えて部屋を出た。
昨夜は癒しの盾を腕にはめたまま眠ったせいか、随分しっかりと歩けるようになっていた。
まだ薄暗い屋外に出ると、ひんやりした空気が気持ちいい。
「お兄ちゃん、こっち!」
家の裏に厩舎がある。 その動物達の世話をするのがニックの朝の仕事だ。
『カイル、ユニオンがいる! ずっと気にはなっていたが、どうやら厩舎の中だ』
アルナスは少し緊張した様子だ。 中に入ると一頭の馬が顔を出した。
『もしかして······アルナスか? あっ! カイル殿!』
「ハスラン? ハスランだ! わっ!」
カイルは慌てて走り出したので、足が縺れて転けてしまった。
ニックが慌ててカイルに駆け寄った。
「お兄ちゃん大丈夫? どうしたの?」
「あ···ありがとう。 あの馬はここの?」
ニックに助けてもらって立ち上がった。
「ううん、少し前に迷い込んで来たんだよ。 ケガをしていたから手当てをしてあげたら、そのまま居付いちゃって。 もしかして知ってる馬?」
「うん。 知り合いの馬」
「この子もアルタニアから逃げてきたんだね。 それでケガをしていたのか」
そう言いながらハスランの馬房の柵を開けた。
「······もしかして、この馬もユニオンビースト?」
「うん。 ハスランっていう名前」
カイルはすり寄ってくるハスランの鼻先を撫でてあげた。
「やっぱり! 賢いと思った。 放牧場に連れて行こうと思ったら、さっさと自分から柵を飛び越えて中に入っちゃうし、夕方もいつの間にか自分で帰ってきてるんだ。
逃げようと思えばいつでも逃げれるのにね······じゃあ僕は仕事するね」
ニックは走っていった。
『カイル殿、ご無事で良かった。 しかし私がユニオンビーストだという事を話しても大丈夫なのですか?』
「ここの人達は大丈夫。 アルナス達の事も知ってるし。 でもどうしてここに?」
『話しは後程······後で放牧場に来てください』
ハスランは厩舎を出て放牧場の方に駆けて行った。
カイルは厩舎の入口に置いてある木箱に座って、ニックの仕事を見ていた。
気持ちがいいほどクルクルとよく働く。 手慣れた動きで次々と仕事を片付けていった。
キッシュの世話をしていたから馬の事は分かるが、ここには牛や豚、ヤギや鶏もいる。 珍しさもありニックの仕事に思わず見入ってしまった。
◇◇◇◇
「ふぅ~~終わった」
ニックは袖で額の汗を拭き取り、カイルの前まで駆けてきた。
「お兄ちゃんお待たせ。 そろそろ朝ごはんができてると思うから、戻ろう」
家に帰るとトムも一仕事終えて帰っていて、食卓には湯気の立った朝食が並んでいた。
トムは席につきながら、心配そうにカイルの顔を覗き込む。
「カイル。 疲れてないか?」
「全然大丈夫です。 しかしニックは凄いですね、もう一人前の仕事ぶりで驚きました」
その時ニックは「そうだ!」と、凄い事を思い出したとばかりスプーンをダンッと置いた。 全員驚いてニックに注目する。
「父さん! あの迷い馬はお兄ちゃんの知り合いの馬だって!」
「そうか。 立派な馬だから持ち主はきっと探していると思ったよ。 いや······カイルの知り合いという事は、アルタニアの人か?」
「そうです。 その人は亡くなりました」
目の前でユニオンビーストに襲われて悲惨な最期を迎えたブライトを思い出すと、ちょっと泣きそうだ。
「そうか······それは困ったな」
普通、農家では軍馬のような馬は飼わない。 農耕馬と働きが違うからだ。 飼い主が亡くなったのなら帰す事もできず、勝手に人に譲るわけにもいかないし、どうするべきか悩む。
「父さん、あの馬の名前は[ハスラン]っていうんだって。 ハスランもユニオンビーストだって!」
「そうなのか?」
「はい」
「······?······そういえば、カイルはユニオンビーストと普通に話しているように見えるが·········確か私の父は心の中でしか話が出来ないと言っていたと思うのだが、もしかして君は契約していないハスランとも話が出来たりするのか?」
《アルナス、どうしよう》
どこまで話して良いものか、カイルは迷った。
既にばれているみたいだけど·········
《構わないだろう。正直に話せ》
アルナスもちょっと「今さら」と思ったが、口には······心(?)には出さなかった。
「実は僕、ユニオンビーストの言葉がわかるんです」
「契約していなくても?」
「はい」
「そんな能力も有るものなのか······どちらにしても······ハスランをカイルに任せてもいいか? 世話はできるか?」
「はい! 出来ます!」
「では、ハスランは君の物だ·····いや、ユニオンビーストだから誰の物でもないか。
ハハハハハハ」
トムは口を大きく開けて豪快に笑った。
「ありがとうございます!」
◇◇◇◇
朝食後、カイルが放牧場に行くと、ハスランがカイルを見つけて走って来た。
ハスランの首筋を撫でてあげると、ブルルと鼻を鳴らして喜んだ。
「ハスラン、よく無事だったね。 会えて嬉しいよ」
『カイル殿も無事国境を越える事が出来て本当に良かったです。 アルナス達が守ってくれたのですね。 私は彼等を信じていました』
ナルナラたちは、誇らしげにフフンと鼻を鳴らす。
しかしアルナスは······自分は何もしてないし······と思った。 しかし口には出さなかった。
「うん、本当に。 みんなのおかげで生きていられるんだ。 感謝してる」
カイルはアルナスの頭を撫でた。
アルナスはやっぱり······何もしてないし······と思ったが、絶対口には出さなかった。
『カイル殿、あなたにはどうしても伝えておかなければならない事があります』
「なに?」
『王様の計画です』
「お父様の?!」
『はい。 王様はコーヴが攻めて来ることを予想されていました。
そして攻めて来られても、あのユニオンの数ではどんなに頑張っても勝ち目が無い事も分かっておいででした。
それに操られているだけのユニオン達を無駄に傷つけたくないと······それで兵士達に、もしコーヴが攻めて来ても決して無駄な抵抗はせず、一人でも多くの国民を国外に逃がす事に専念するように指示されたのです。
そして他の馬達を誘導して国民を乗せて逃げるようにと、わざわざ私の所までお願いにいらしたのです』
ユニオンビーストは、動物と言葉を交わす事さえ出来ないが、意思の疎通ができる。 それでハスランに城にいる多くの馬たちの先導を依頼したのだろう。
『それでコーヴが攻めて来たとわかると直ぐに、馬達を率いて出来る限りの国民を乗せて逃げ出しました。
しかし先発隊の飛べるユニオン達がどうやら私の気配に引き寄せられている事にきづました。
そこで私がユニオン達を惹き付けつつ別方角に逃げる事で、国民達はどうにか逃げ仰せたようでした。
他にも幾つかのルートで国民を逃がす算段をされたいたようなので、多分かなりの者達が、逃げ仰せたと思われます』
「お父様はそんな事を考えていたのですね······」
『はい······まだ全てのユニオンがアルタニアに到着した訳ではなかった事も幸いし、私もどうにか国境を越える事が出来ました。
しかしなぜかアルタニアから離れる事もできず、この辺りをうろうろしていた所、ここの主人に出会いました。
ここの主人は私の傷が癒えると、私を飼い主の元に帰るように放してくれたのですが、やはりここを離れる事が出来ませんでした。 今、その理由が分かりました』
ハスランはカイルの口元をペロリと舐めた。
「えっ?」
『あなたと契約します』
「でも、ブライトさんと······」
『彼は亡くなりました』
「あっ!」
一瞬忘れていた。
『逃げる途中、聞こえるはずのない彼の声が聞こえてきました。 カイル様を頼む······と。
その後、彼との契約がプツリと切れるのが分かりました。 私は彼が亡くなったのを悟りました』
「ごめん」
カイルはガックリと肩を落とした。
『何を謝られているのですか?』
「ブライトさんが殺されたのに······目の前で殺されたのに、僕は怖くて逃げ出したんだ······僕だけ······」
ハスランはそんな事はないと俯くカイルに顔を近づけた。
『あなたは逃げなくてはならなかったのです······いつかアルタニアを取り戻す為に······アルタニア国民を救う為に』
「僕にそんな力は無いよ」
『もちろん今は無理です。 今は日々を大切に過ごして下さい。 出来る事を精一杯してください。 そうすれば、いつか必ず未来は開けます。 私はカイル殿を信じています』
カイルはハスランを見つめた。
そしてアルナス達を見回した。
自分はこうしてアルナス達に、トムさん達に助けられてここにいる。
今度は自分がみんなを助ける番だ。
何をどうすればわからないが、いつか必ず······
「うん。 僕も僕を信じる事にするよ」
『私達も力になるぞ』
アルナスもカイルを見つめ、それぞれが頷いた。
ユニオンビーストは、契約者の口を舐め、体液(唾液)を体に入れる事で契約完了するのです。
しかしカイルはどれだけ契約するんだ?
(;゜∇゜)