15話 逃亡
暗い隠し通路を抜けると、真っ赤な夕焼けが広がっていた。
15話 逃亡
真っ暗な通路。
長い階段をアルナスに掴まりながらゆっくりと降りていった。
「ブライトさん······お父様······お母様·········グスン······」
いつまでもメソメソしているカイルに耐え兼ねて、アルナスは思わず怒鳴った。
『カイル、しっかりしろ! 今は自分の事だけ考えろ! お前が無事に逃げ切る事が皆の望む事ではないのか!』
「·········そうだ······そうだね。 しっかりしなくちゃ」
カイルは左手に持つ護りの剣で自分の頭をコツンと叩いた。
「真っ暗で何も見えないけど、アルナスは見えてるの?」
『大丈夫だ、見えている。 あと三段で階段が終わるぞ』
そこからずっと長い抜け道が続いている。
階段を降りた辺りから、通路の壁がうっすらと光っている。 どうやら光苔のようだ。 おかげでどうにかカイルにも見えるようになった。
思った以上に天井は高く、大人でも余裕で歩けそうだ。
途中、何度か休憩を挟み、一度は通路の中で眠った。
カイルにはもう何ヵ月も歩き続けているような気がするが、実際には丸一日ほど経っただけだ。
所々にある湧水で喉の渇きは潤せたが、お腹が空きすぎてよく分からなくなっている。
永遠に続くと思われた通路の中を、土と苔の匂いを押し分けて新鮮な空気が流れてきた。
『もうすぐだ』
通路の先にうっすらと明かりが見えてきた。 出口が近づいてきたのだ。
出口に近づくにつれ、あの時コーヴが乗っていた5つ目のユニオンビーストの目の色のような、真っ赤な光が差し込んでいる。 今までに見たことがないほどの真っ赤な夕焼けだ。
これからの恐ろしい日々を暗示しているかのようで、夕焼けを怖いと思ったのは初めてだった。
『カイル、背中に乗れ。 一気に国境まで走るぞ。 抜け道を出たら転身するから振り落とされないようにしっかり掴まれよ』
「うん。 わかった」
カイルは癒しの盾を背中に担ぎ直し、護りの剣を腰のベルトに挟んで狼の姿のアルナスに跨がり、両手でしっかり掴まった。
『行くぞ!』
アルナスは抜け道から飛び出すと同時に大きな姿に転身し、一気にスピードを上げた。
暫く走るとアルナスはやたらと上を気にし始めた。
『五つ目だ』
『五つ目は殺せ』
そんな声が聞こえてきて、アルナスは突如止まった。
『カイル、降りて隠れろ! 見つかった!
どうやら私の気配がやつらを引き付けているようだ。 このまま真っ直ぐ進め。 決して道には出ず、藪の中を進め! いいな』
「嫌だ! 一緒に!」
『私といると、お前がもっと危険になる。 早く隠れろ!』
「また会える?」
『当たり前だ。 国境を越えたら私を呼べ、直ぐに駆けつける。 一緒にいて守ってやれなくてすまない。 また後でな』
そう言うとアルナスはニコッと笑って飛び上がった。
すると四方から何頭ものユニオンビーストがアルナスに向かって飛んで行くのが見えた。
カイルは息を殺して藪の中に隠れ、辺りが静かになるのを見計らって移動を始めた。
この時期、薄手の部屋着一枚のカイルには寒すぎる。 寒さと心細さと恐ろしさからブルブル震えながら藪をかき分けて前に進んだ。
いつの間にか辺りは暗くなっていた。 それでもカイルは止まらなかった。
顔も体も傷ついていく。
身体中がズキズキと痛む。
《アルナス、早く来て》
《僕はここにいるよ。 早く来て》
ずっと心の中で叫びながら進んだ。
たまに上空にユニオンビーストの姿が見えると息を殺してその場にうずくまり、遠くに離れてから再び歩きだした。
◇◇◇◇
そのうち空が白み始めた。
夢中で一晩中歩き続けたが、屈みながら進むので足はガクガク震え、背中とお腹の筋肉が凝り固まっていた。 そして藪や草、枝や岩で傷つき、何度もこけながら進むので、全身傷だらけだった。
大きな木の前に出た。
根元にカイルが入れそうな大きな穴が空いているのが見えた。
中で休もうと背中の盾を下ろして剣を胸に抱き、お尻からすっぽりと入った。
風避けにしようと盾に腕を通すと、冷えきった体に僅かに温もりが戻り、身体中の痛みがスッと無くなった。
「あっ、癒しの盾を忘れてた」
カイルはホッとした途端、眠ってしまった。
◇◇◇◇
目が覚めると雨が降っていた。 薄暗いので、朝だか昼だかも分からない。
さすがに癒しの盾といえども、全身の筋肉痛や疲労まで完全に癒すのは無理らしい。
しかし、体の傷が癒え少し心の余裕ができた。
意を決して立ち上がり、歩き始めた。
「お父様とお母様は無事なのかな?」
「············」
「アルナスは囮になってくれたけど、大丈夫なのかな?」
「············」
「ブライトさんが死んじゃったこと、ハスランは知っているのかな?」
「············」
「そうだ、、ナルナラ達だ!」
《ナルナラ、ハリス、イザク 僕はここにいるよ! 来て!》
カイルは心の中で呼んでみた。
すると上から「ザザッ」と音がした。
ユニオンビーストが来たと思い、慌てて茂みの中に身をかくしたのだが、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『カイル様! やっと呼んでくれましたね! ずっと探しておりました』
えっ!と思って顔を上げると、ハリスがカイルの胸の中に飛び込んできた。
もう何年も逢っていなかったような懐かしい姿に、思わずハリスを抱き締めた。
「良かった!! 無事だったんだね! ナルナラとイザクは?」
『無事です。 直ぐに来るでしょう』
『カイル様!』
少し遅れて、今度はイザクが飛び付いてきた。
「イザク!! 無事? ケガはない?」
『はい、大丈夫です。······あのぉ~······アルナス様は?』
「いない······アルナスがいると僕が危険だからって、囮になって飛んでいった。 君達はよく無事だったね」
『我々のような下級ユニオンは、目に入らないみたいです』
その時、草むらからナルナラが飛び出てきてカイルに飛び付いた。
『きゃ~~~~っ! カイル! 無事だった? ケガはない? どうして呼んでくれなかったの? カイルの不安な気持ちが流れ込んできて、私どうにかなってしまいそうだったのよ! どうして呼んでくれなかったのよ! ずっと待っていたのにいつまでたっても呼んでくれないんだもの!!』
一気にまくし立てた。
「ゴメンゴメン。 でもみんな無事で良かった」
再会を喜んだのもつかの間、再び国境を目指して歩きだした。
でも今度はみんなが一緒なのでとても心強い。
国境まで安全で最短な道を教えてくれるし、ユニオンビーストが近づいたら教えてくれる。 そして何より一人でないのが嬉しかった。
しかし冷たい雨は確実にカイルの体力を奪っていった。
自分では気付かないうちに雨に打たれて熱を出し、癒しの盾が直してくれる。 それを繰り返していたのである。
重い体に鞭打ち前に進んだが、城を出てから何も口にしていない。
喉の乾きは雨露でしのげたが、体の疲れと空腹でフラフラだった。
ユニオンビーストは酷く傷ついた時は、土の中で養生すると、完全回復します。
(^^)d