13話 襲撃
五年後、カイルは13歳になった。
平和な時間を過ごしていたのだが·········
13話 襲撃
ーー 五年後 ーー
十三歳になったカイルはキッシュに乗り、小高い丘の上を走っていった。
アルナスが横を走り、アッシュが後ろからついて来ている。
この辺りは眼下にアルタニアの街が見え、夜の間に降っていた雨に濡れた街や木々が朝日に照らされて、眩しいほどキラキラと輝いている。
カイルはキッシュの上でその光景に見惚れていた。
『カイル!! 前を見ろ!!』
アルナスの声で我に返って前を見ると、横倒しになった木が道を塞いでいた。
「わぁ!!」
ドンッ!
キッシュは難なく倒木を飛び越えたが、バランスを崩したカイルは落馬してしまった。
「イテテテ」
『大丈夫か?』
「うん、大丈夫」
「カイル様! 大丈夫ですか?」
アッシュが慌てて馬から降りて、カイルを立たせる。
「お怪我はありませんか?」
「大丈夫です。 遠乗りすると必ず一度は落馬しちゃうな」
『一つの事に気を取られると周りが見えなくなるのはお前の悪い癖だ。 いい加減直せ』
「気を散じておられるからです。 森での落馬は大変危険です。 カイル様の集中力の凄さは認めますが周りを広く見るのも大切な事です。
一つの事に集中すべき時、周り全てに気を配らなければならない時があります。 自分をコントロールできるようになって下さい」
『ははっ! 同じ事を注意されてる』
「は······はい、心掛けます」
「さぁ、そろそろ戻りましょう」
◇◇◇◇
朝食後の訓練も終わって、ラフな部屋着に着替えて大広間に行ったカイルは、王座の脇の幕から顔を出した。
「ただいま戻りました」
「うむ。 もうすぐ次の者が来る」
謁見者の話を幕の奥で聞くのが日課になっている。
グラントは謁見者の話の後、世の中の状勢を知る為に必ず世間話をする。
カイルはその話を聞くのが楽しみだった。
御触れがあり、この国の商人の一団が入ってきた。
商談が終わり、雑談が始まった。
「先日、エグモント国から逃げて来たという人と会いました。 酷い状態だそうです。 重い税の上に少しでも足らなければ兵士がやって来て家の中のあらゆる物を持って行き、それでも足らない場合は無理やり連れて行かれて奴隷にされるそうです。
そして兵士達はまともに警邏もしないので、暴漢やひったくり泥棒などはやりたい放題で、エグモントは地獄の様だと言っていました」
「それは酷い」
「それと······ただの噂なのですが······もうすぐ他の国を攻めに行くとか······例えば一番豊かで大きい国······この国ではないかと······」
その商人達が帰り、入れ違いに入ってきた者が言うには、エグモント国の近くを通った時、いつもはまばらにしか見えないユニオンビーストがエグモント城の上空辺りに集まっているのを見たというのだ。
最後の謁見者が帰って行った。
「ブライト······不味いな」
「はい」
「あの事は兵士達に伝えているな······くれぐれもこちらから攻撃しないようにと」
その時、カイザーが、突然立ち上がった。
幕の奥でもアルナスに緊張が走った。
『カイザー!!』
『ああ······来た』
「攻めて来たのか?」
『凄い数だ』
カイザーは表に目を向けたまま答えた。
「カイル! お前は逃げろ」
「お父様は?!」
「私の事は心配するな。 そこの隣の部屋に隠し通路がある。 早く行きなさい! アルナス、カイルを頼んだぞ」
『承知 カイル、行くぞ!』
「嫌だ!」
その時、テラスの大窓が一斉に割られ、五頭のユニオンビーストが大広間に入ってきた。
五頭のうち四頭は四つ目で、五頭目の虎の頭をした一際巨大な五つ目のユニオンビーストには人が乗っている。
『ライアス』
カイザーが呟いた。
ライアスと呼ばれた巨大なユニオンビーストに跨がった男は、こちらを見てニヤニヤしている。
「コーヴ·········か?」
昔の面影は全く無く、あれで歩けるのかと思うほどブクブクに太っていた。
「グラントさん。お久しぶりです。
横の白いライオンはユニオン···だよね? 名前は何て言ったっけ?·········そうそう、カイザーだ。 こっちにおいで」
コーヴはカイザーの目を見て優しく言った。
しかしカイザーは動く気配がなく、逆に顔をしかめている。
「カイザー! こっちに来い!!」
コーヴは明らかにイラ立ち始めた。
「俺様の目を見ろ!! バカライオン! こっちに来るんだ!」
確かに目が合っているというのに、カイザーには術が効かない。
「どうしてだ! なぜ術が効かない!! お前、ライオンに何をした!!」
「ほう······ユニオンビーストの目を見ただけで術をかける事ができるのか」
グラントは落ち着いた様子で話した。
「こいつはユニオンビーストじゃないのか?」
「コーヴ。 ユニオンビーストとは崇高で素晴らしい種族だ。 心を通じあわせる事で一層その良さが分かる。
彼らの心を踏みにじって操るべきではないのだよ」
グラントはコーヴの問いには答えず、優しく諭した。
無駄を承知で。
「貴様もか! どいつもこいつも俺様に命令ばかり!······まぁいいさ。 どうせこの国は俺様の物だ。 お前も直ぐに死ぬんだ。 誰も俺様に命令なんて出来ないさ」
コーヴはよっこらしょと、ライアスから降りて近づいてきた。
「そうはさせん!!」
ブライトが剣を抜いてコーヴに切りかかった。
「ブライト! やめろ!!」
グラントが制したが遅かった。
二頭のユニオンビーストがブライトに襲いかかった。
一頭目の爪は避けたがもう一頭の爪がブライトの脇腹をえぐり、ブライトは壁まで吹き飛ばされた。
「やめさせろ!!」
グラントが叫んだが壁際でうずくまるブライトに再び襲いかかるユニオンの大きく開かれた口が、彼の頭を食いちぎった。
「ひっ!」
幕の隙間から覗いていたカイルが口を押さえて後ろに下がった。
《もうダメだ。 行くぞ!》
アルナスはカイルを隣の部屋へ無理やり押し込んだ。
そこへタントゥールが護りの剣と癒しの盾を持って駆け込んできた。
「良かったカイル様、御無事でしたか。 これを持って急いで逃げて下さい」
護りの剣と癒しの盾をカイルに押し付けると、壁際の大きな書棚を力いっぱい押し始めた。
すると、書棚の後ろから隠し通路が出てきた。
「カイル様! 急いで中へ!」
カイルとアルナスが中に入ると、タントゥールは書棚を元に戻し始めた。
「タントゥールも一緒に!」
「いいえ。 これはこちらからしか閉めることが出来ません。 私は大丈夫です。 彼らは無抵抗な人間には襲ってきません。
ではお気をつけて。 アルナス殿、カイル様を頼みました」
それだけ言うと隠し通路の入口を閉めてしまった。
『カイル、私にしっかり掴まれ』
少しの光もない真っ暗な隠し通路の階段を、カイルとアルナスはゆっくりと降り始めた。
ガリガリだっコーヴはどこへ?
( ゜ε゜;)
ちなみに、ペンネームの「杏子」は「あんず」と読みます。




