店主、動く
「――で、今回はどないな用件で? 石か、除霊か、……もっと違うのか」
先程淹れた玄米茶を啜って、人音は尋ねる。
「せやね。ちょっとこの地図みてくれる?」
戸土が広げるは、京都市街の地図。所々にポツポツと、赤点が付いている。
「この点、なんの印なんですか? それに……。っ、この位置って」
「うん。そうや」
人音がばっと顔を上げると、戸土も頷く。
「"入り口"。そこで最近、妙な事件が増えとるんや。死人はまだ出ておらんけど、怪我人はチラホラ出とる。本家が、それをイオちゃんの視点から調べて欲しいんやと」
"入り口"。これを説明するには、まず京都の"裏"を知る必要がある。――古来、京都は魔都だった。夜、闇が都を包み込み、妖たちが都を闊歩した。だが、平安時代。狐と貴族の間に生れた子、安倍晴明が都を二つに分けたのだ。
人の住む現世と、妖の住む映世。半人半妖の体質が幸いして彼は、現世に生きる身ながら二つの世を自由に行き来することが出来たが、他の、純粋な人間は妖の世には行けなかった。ある時間帯を除いては。
二つの世は夕暮れ刻に交ざりあい、その時だけ以前のように、一つの世界に戻るのだ。人がその時間に映世に迷い込むことは、めったに無かった。だが、たちの悪い妖は、その時間を利用して現世で暴れ回った。
これでは、以前の方がマシだった――と頭を抱える人々の中で、声高に叫ぶ者たちが居た。芦屋家だ。妖混じりの清明の一族に、原因を作った安倍家に映世を管理させればよい、と。芦屋家にとって目の上のたんこぶだった安倍家を現世から離れさせるには都合の良い状態だったのだ。
だが人々は、芦屋家とは少々違った解釈をした。そうだ、あの大量の凶悪な化け物どもから、安倍家と芦屋家とに守ってもらおうじゃないかと。挙げ句の果てに天皇も同じことを言い出したので、その二つの家は渋々裏の一族を作り出した。体質の問題があるので元安倍家は主に映世を、元芦屋家は現世の監視をすることになった。
――それが、京の"裏"。"入り口"というのは、江戸の世に元芦屋家が作り出した、現世と映世を結ぶ場所である。これによって京全体に結界を張り、夕暮れ刻でも妖が"入り口"以外から現世に来られないようになったのだった。
時代が明治に移り、文明開化を迎えても。戦争が終結を告げ、高度経済成長が始まっても。見てくれだけを変え、裏の二家は"入り口"と二つの世を見守ってきたのだ。今に至るまで。
そんな"入り口"の付近で、明らかに妖たちが悪さをしている。これは裏二家にあるまじき失態である――と、そこまでで考えてからひと言、言った。
「ええでしょう。私もツテを最大限に使って調べてあげますんで、そちらは面倒事を増やさずに、一般の方々への根回しでもしといて下さい――ってうまく伝えといて貰えます?」
人音がそう言い終わるや否や、戸土は玄米茶に噎せかえって、大笑いしはじめた。
「ちょ、え、イオちゃんソレ、本家に役立たず言っちゃっとるて、あはは」
「表は所詮お飾りなんですから。じっとして貰わんといけませんて」
「ふふ、まあ、せやな。……けどなぁ、妙は妙なんよな」
やっと笑いを収めた戸土は、真顔でまた話を切り出す。
「あぁ、そうですね。これらは全て入り口付近で起きているのに、入り口からは何にも報告が無いんですよね。これは家に裏切者が居るのやもしれまへん」
「逆に、これは全部、おとりの可能性もあるわな」
「――まぁ、それらのことを全部考えて、調べておきますよ」
言って人音は立ち上がる。
「ほな、よろしゅう頼んますわ」
戸土も共に立ち上がり、ヒョイヒョイと軽い調子で戸口へ歩いていくと振り替えって、言った。
「イオちゃん、あんまぎょーさん妖を動かさんといてな? 事後処理はボクらの仕事やで」
「んー、ま、善処しますー」
ヒョイと肩を上げて答えた人音は、戸に付けた看板をひっくり返す。
『パワーストーンの店・珠玉堂
本日は閉店致しました』
わーい、1話終わりました。題名、変えました。この形式でじゃんじゃんいきます。
ちょっとルビを増やしました。妖の読みです。あやかし、です。(2017/3/20)