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萌え4コマ漫画の世界に転生した私のとある1日

作者: くちなし

日常系4コマ漫画の雰囲気を出したかったのですが、私には難しすぎたようです。

ちなみに、ドクダミ茶にはなんの恨みもありません。ドクダミ茶が好きな方、不味いと連呼してごめんなさい。

 拝啓 私が不運にもトラックに轢かれ、現世からいなくなってから十数年が経ちましたね。お母様はその後、いかがお過ごしですか?


 私は、幸い地獄に落ちることもなく、しかし天国にも行けず、なぜか萌え絵で有名な4コマ漫画の世界で生きています。といっても、漫画にもアニメにもネットにも明るくない母様には分からない世界でしょう。あっ、ちょっと、せっかく綺麗に保存してくれているのに、私の部屋荒らさないでください! たしかに、本棚の下から二段目に単行本が、あー!


 ……私のコレクションを読まれたお母様にはどういう世界かご理解いただけたと思いますが、私は生前好きだった女の子しか出てこない、ゆるふわ日常系4コマ漫画の一角の世界に主人公の幼馴染みとして転生しました。


 

 


 「うにゃー!!!!!」


 私はこの漫画の主人公ツバキに後ろから抱きつかれ、情けない叫び声をあげた。


 「も、もう、急に抱きつかないでよ! びっくりするじゃん!」

 「驚いたサクラもかわいいにゃー」


 後ろを振り向いた私に、サイドポニーに纏めた赤い髪を揺らし、ツバキは招き猫のように胸の前まで手をあげた。

 にゃー、と言いつつすり寄ってくるツバキは不覚にもかわいく、猫耳の幻覚さえ見える。やけに淡い色使いなのが気になる制服も、前世の私が着ればコスプレだというのに、ツバキや、今の私、サクラにかかればかわいい制服でしかなかった。


 腕に巻き付くツバキと共に見慣れた通学路を歩く。最初は慣れるものかと思ったこの距離感も、いつの間にか無言で腕を差し出すようになり、さらに居心地のよさすら感じ始め、女同士でベタベタとすることが当たり前になってしまった。前世の私が見たら、……ぎゃんかわ! 萌え! って言うんだろうな。なにせ、私たちの見た目は信じられないほど幼くかわいい女子高生なのだ。




 学校の門まで来ると、顔見知り以上の顔がちらほらと増えてくる。おはようと軽く挨拶を交わし、私とツバキは教室に向かった。


 私たちが通う学校はもちろん女子校で、我が教室、1年2組の中は個性はあれども、皆制服が似合う美人でキュートな人ばかりである。この中で漫画でピックアップされるのが私とツバキと委員長しかいないっていうのが不思議なくらいで。モブキャラのキャラがしっかりしてるって、もしかしてこれアニメ化フラグ? うわー、死ななきゃよかったー、と思ったほどだ。


 「おっはー、いいんちょ」

 「いいんちょー、おはよう」


 教室の後ろの席で話し込んでいた私たちは、教室に入ってきた茶髪の女の子、クラス委員長、通称いいんちょに挨拶した。


 「おはようございます。ツバキさん。サクラさん」


 このメガネが似合う女の子、いいんちょは誰に対しても敬語だ。ボブヘアの茶髪に黒縁メガネというまとも、真面目そうな見た目に、敬語キャラというザ・委員長体質が前世の私は大好きで、出番が少ないのが悲しいくらいの推しキャラだった。


 「いいんちょ今日もかわいいねぇ」

 

 ツバキと私の間にある机の横に立ったいいんちょの脇腹に、ツバキの指がつんつんと突き刺さる。脇腹が弱いという属性を持ついいんちょはひっ、ひゃっと声を出していていて、贔屓目に見てもかわいい。超かわいい。ツバキ、うらやまけしからん。もっとやれ。

 思わず緩む口許は前世で読んだ漫画にはない描写で、私は少し冷めている幼馴染みサクラというキャラクターを保つためにくっと口角に力を入れて一文字にし、一度心を落ち着かせてから口を開いた。これぞ究極的コスプレである。


 「ツバキ。いいんちょが泣いてる」

 「な、泣いてないですよ、サクラさん」


 私の言葉に、ツバキがいいんちょを解放する。

 解放されて安堵したいいんちょは眼鏡をはずし、目元を拭った。なんだ、やっぱり泣いてるじゃん。


 「それはそうと、宿題はしてきたのですか。ツバキさん」


 眼鏡を戻したいいんちょが反撃に出た。やっぱりメガネの方が私は好きだ。いいんちょの言葉がツバキの心に突き刺さったのか、ツバキはうっと顔を歪めた。


 「ううっ……。数学はやってきたよ」

 「数学はいつもやってくるじゃないですか。英語は?」

 「今日英語は5限だし、まだ」

 「へぇ、余裕ですね。今日はノート貸さなくてよさそう」「えっ?!」


 ツバキが驚いた顔をした。いつも借りてるいいんちょのパーフェクトノートがないツバキの英語能力は、そこらへんの中学生レベルだ。つまり、万が一授業中に当てられたりしたら、お察しだ。


 「だって、5限には終えるのでしょう?」

 「……っ。サクラ!」


 大天使いいんちょに見捨てられたツバキが私を見上げてくる。かわいい。心なしかしゅんと下がっているサイドポニーになんてポイント高い。たしかにかわいいんだけど、私は自分の身の方がもっとかわいかった。私は心を鬼にした。


 「絶対貸さない」

 「なんで?!」

 「おばさんにバレたら私が起こられるでしょ。 たまには自力でやったら?」


 私はツバキより、幼い頃からお世話になっているツバキ母の方が恐かった。




 授業に関しては割愛する。この世界は四コマ漫画なのだ。余分なことは省くに限る。

 あ、そうそう。ツバキは午前の休み時間をすべて費やしてでも英語の宿題を終わらすことができなかった。その燃え尽きた姿に見るに見かねたいいんちょが昼休みにパーフェクトノートを貸しつつ、今日やるだろう内容の予習まで教えていた。さすがいいんちょ。優しい。



 

 放課後。いいんちょと別れた私とツバキはとある教室に向かっていた。


 「ボタンとナデシコ先輩、もう来てるかなぁ?」

 「今日は2年生の方が終わるの遅いんじゃない?」

 「そっか。じゃあ、しばらくサクラと二人きりかぁ」

 「金魚もいるじゃん」


 私は生物室と書かれた教室の扉を開けた。他の教室よりも一回り広いそこには、真ん中に水道が1対設置されている机が6台あり、その広い部屋のほとんどを占めている。

 私とツバキは、一番黒板に近い窓側の机にバッグを置いた。閉めきられていた窓を開け、風を通す。まだ少し涼しい空気が教室中に行き渡った。


 「きんぎょー! ご飯だぞぉ!」


 窓を開け終えたツバキは、生物室で何故か飼われている赤く太った金魚に餌をあげている。安直に金魚と名前と言えるか分からない名前を授けられた金魚は、餌を求めてプカプカと浮いていた。


 私は無駄に大きな黒板に向かい、白いチョークを持った。窓側にあたる左端にできるだけ大きく、生物部と書く。入部したときに、一番最初に来た人が書くのが部の習わしだと先輩たちが言っていた。入部したての頃に字が小さくて読めんと言われてからは、できるだけ大きく書くように心がけている。


 私の大作が完成し、肩に落ちた粉を払っていると、ガラリと扉が開けられた。

 金魚に一方的に話しかけていたツバキが、ばっと扉を振り向いた。美しい紫色の髪を確認し、主人公補正で勢いよく走り抜ける。突進してくるツバキをすっと抱き止めたポニーテールがかっこいいこの人は、ボタン先輩といい、我が生物部の部長さんでもある。そして、ツバキのお姉さんだ。属性の塊。萌の宝庫。素晴らしい。素晴らしいよ、生物部。


 「ボタンー!」

 「元気だな、ツバキは」

 

 ボタン先輩は、うまくツバキを引き剥がし生物室に入ってきた。


 「お疲れさまです。ボタン先輩」

 「おつかれ。サクラ」

 「ナデシコ先輩も、お疲れさまです」

 

 私はボタン先輩のうしろにいる、小さな先輩を見た。長い桃色の髪と背の低さ、そして一段と幼いお顔を持つこの先輩はナデシコ先輩という。人形のような見た目の先輩は、こくりと頷くと、そのまま椅子を1つ引きこてんと座った。


 「さぁさぁ。みんな集まったし、部活始めるか」


 1つの机を前に座った3人にボタン先輩が言う。


 「今日は絶対参加だって聞いたんですけど、何かあるんですか?」


 私が右手を挙げる。生物部は活動不定期の適当な部だと詠っている割に、普段から出席率が高い。それなのに、わざわざ絶対参加なんていう必要があるということは、なにか重要なことでもあるのだろうか。


 「お、いいこと聞くね、サクラ。そろそろ文化祭が近いだろう。教室でも出し物決めたんじゃないか?」

 「12組はお化け屋敷になりそうだよぉ。ね、サクラ」

 「私は喫茶店がよかったんですけどね」


 先日のホームルームでの出来事を思い出す。出し物に関してはお化け屋敷が圧倒的多数派で、女子校でお化け屋敷なんて誰が得するんだなんて私は思ったものだ。いや、見る分には眼福この上ないんだけど。普通男の子ときゃー! ってやるんじゃないの? それとも、みんな実はもう他校に彼氏がいて文化祭も見に来てくれるとかいうそういう? 少なくともツバキに彼氏はいないはず。まさか私に隠しているなんてそんな。


 「お化け屋敷か。いいじゃん。王道。……それでだ。その文化祭に我が部も出展しなければならない」

 「ほえ?」「そうなんですか?」


 私とツバキがハモった。文化祭出展なんて初耳だ。吹奏楽部や美術部などの大きな部活ならまだしも、たった4人しかいない部活なのに。


 「そりゃそうだろう。どう見ても運動部じゃないんだからな。体育祭で部活対抗リレーに出たいなら反対しないが」


 これには、私とナデシコ先輩が首を振った。走るくらいなら、文化祭の方が幾分もましである。

 ツバキは目を輝かせていたが、ボタン先輩がやらんわとパンと頭を叩いて静めてくれた。


 「それで、出し物なんだけどナデシコは知っての通り、我が部の伝統を重んじるならもう決まっているようなものなんだ」

 「決まっている?」


 この部、弱小の癖に伝統が多い。そして、ろくでもないものが多数だった。

 私はボタン先輩の言葉を待った。


 「生物部の文化祭の出し物、それはドクダミ喫茶だ!」

 「ドクダミ?」「喫茶?」


 私とツバキはクエスチョンを頭に浮かべる。ドクダミってあのドクダミ、だよね。それで喫茶店って。

 ナデシコ先輩を見ると、何故か苦そうな顔をしていた。


 「そう。サクラの願い通りの喫茶店だ。ただし、出すのはドクダミ茶とお菓子になるがな」


 我が部長様が、美しい髪をなびかせそう言い放った。


 「ドクダミはこの校内にも生えているんだ。それを採取して、乾燥、煎って、煮出せば完成する。材料費は0円だから、売上金をほぼ部内費として計上できる、10年続くすばらしい伝統だ」

 「不味い」

 「そういうなって、ナデシコ。失敗しなければギリギリ飲める味だし、体にもいいんだから」


 ギリギリの味をお客様に出すのか、というのは場違いというものだろうか。

 ナデシコ先輩をちらりと伺うと仕方なしとつるんとした羨ましい頬に書いてあった。諦めろってことだろうか。


 「と、言うわけで部員諸君! 本日の目標は、ドクダミを必要数集めて、干す! ここの鍵は借りてきたから荷物はおいていっていいぞ。では行かん!」




 私たち4人は体育館に裏にある小さな山に入った。

 ドクダミの生息地は先輩二人がわかると言うことで、

私とツバキは前で揺れるポニーテールの後ろをてこてこと歩いていく。


 「ナデシコ先輩、今日はスニーカーなんですね。かっこいい」

 「こうなるって予想したからね」


 ボタン先輩の足元もそういえば、スニーカーだ。妹のツバキがいつもスニーカーで登校しているから違和感なかったけれど、この前見たときは私と同じローファを履いていた気がする。


 「私だけローファなんですけど、大丈夫ですかね?」

 「滑落しなきゃ平気平気」


 私の不安に、ボタン先輩が冗談か冗談でないか分からないことを言った。学校の敷地内とはいえ、木が生い茂るここは足下がいいとは言えない。ツバキは危なげなく歩いているが、そもそもの運動神経が桁違いだ。もしかして、私だけずるっていくかもと思うと途端に怖くなった。


 「冗談だよ。そんなに危なくない。まぁたまに、ぬかるんでいてずぼっとはまるときはあるんだけどね」

 「えっ」

 「だから気を付けろよ、後輩」


 ボタン先輩がにっと笑った。不覚にもかっこいい。これも、部の伝統そのなんとかなのだろうか。

 ナデシコ先輩は呆れたような顔をした。




 ドクダミの収穫は十分すぎるほどだった。先輩によると丁度収穫期なんだそうだ。袋一杯になったそれを体育館外の水道まで持っていく。いつの間にかボタン先輩が使用許可を取ってきたらしい。ボタン先輩はどこまでも抜かりなかった。

 だむだむだむ、とバスケ部の練習の音が聞こえる中、私たちはこれまたどこから持ってきたのか、銀色のタライに水を入れた。


 「じゃあ、みんなで土を落とすぞ」


 はーいと私たちは返事をして、ドクダミを水につけた。一枚一枚綺麗に洗っていき、土で水が汚くなったら水を入れ換えた。


 「なんか地味ですけど楽しいですね」

 「まぁね。ドクダミ茶はおいしくないけれど、伝統になるのもわかる」


 私の言葉にボタン先輩が同調した。ツバキもボタン先輩の隣で楽しそうに笑っている。美人姉妹っていうのもいいものだ。写真なら尚よし。今度スマホで写真とらせてもらおうと心の中で誓った。この間も、ナデシコ先輩は一心不乱にドクダミを洗っていた。ナデシコ先輩は楽しいのだろうか?


 「やっぱりドクダミ茶っておいしくないの? ボタン」 


 ツバキが濡れた手でボタン先輩をつついた。先輩はドクダミを洗う手を止めて、考えるように少し上の方を向いた。


 「いや、私たちの先輩に作るのがうまい人がいてな、その人が作ったドクダミ茶は何故か飲めるものだったんだがな」


 去年のことのはずなのに妙に懐かしいな、とボタン先輩が呟く。その言葉に、もくもくと作業していたナデシコ先輩がポツリと溢した。


 「ボタンのは不味い」

 「いや、ナデシコの方がひどかっただろ」


 ボタン先輩がむっとした顔で言い返した。ナデシコ先輩も負けじとボタンの方が下手と言う。私とツバキはそんな子供みたいな先輩たちがおかしくて声をあげて笑った。ボタン先輩には笑うなと叱られた。それもまたおかしかった。




 洗い終わったドクダミは、生物室に持って帰り、窓際に干した。先輩によると、10日も干せば乾燥しきるそうだ。窓を見ると、いつの間にか日が落ち始めている。こんなに遅くまで残ったのは少し見に行った吹奏楽部の体験入部以来だった。

 下校時間の鐘が鳴る。

 

 「サクラー。早くぅ」  

 

 それと共に、廊下からツバキの声がする。私はすぐいくと返して、教卓からセロテープを取り出した。手に持つメモの四隅にテープを張り、ドクダミが干してあるところまで行く。

 そして、下にある棚に宣伝を兼ねたメモを張り付けた。


 『ドクダミ茶制作中。いじっちゃダメだよ!

  文化祭にて、毎年恒例ドクダミ喫茶開店します。

  コアなファンがいるという

  生物部ドクダミ喫茶も今年で10年目!

  今年は衣装もあるとか?! ご期待ください。

                   生物部一同』




 私は女しか出てこない4コマ漫画に転生した。


 転生に気付いた頃は、なんでテンプレの乙女ゲームじゃなくて、4コマなんだと思ったこともある。私だってハーレムやらイケメンやらを見てみたいと思っていた。


 それでも、今はこの生活も悪くないと思っている。ツバキは手はかかるけど、いいんちょはかわいいし、ボタン先輩はかっこいい。ナデシコ先輩はちょっと寡黙だけどいい先輩だし、金魚もいる。私は昔と変わらずこの世界大好きだ。


 ただ、目下の悩みをあげるならば、しばらく彼氏ができそうにもないことかな。大学は共学いこう。私は密かに目標を立てた。

 

ありがとうございました。

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