第9話 今自分にできること。茜の不安と俺の不安と。
後半で少し軽めのいちゃいちゃシーンが入ります。
時間は少し遡って……
◇◆◇
ロイドとの契約を終え、俺たちの手元にはとりあえずの現金収入が出来た。銀五枚、5ルダという金額は、先日聞いた貨幣価値から考えると、普通に暮らすなら凡そ半年分の資金となる。
これで足りないとなると、ロイドは一体いくらの値をつけたことになるんだ? 預かりを頼まれた商品は小麦粉に塩と砂糖、胡椒と油類の全てだ。つまり、その全てに価値が見出せるということになる。場合によっては一財産作れるほどの。
とりあえず、塩を半分ほど持っていったので、その分の代金プラス保管料ということなんだろう。それでも少々破格過ぎやしないかと不安だが……だって、キロ単位でもない、家庭用のサイズだぞ?
……やめよう。これ以上考えても不安が増すだけだ。
とにかく現金を得た俺達が、次にやらなければならないこと。それは家財道具と食料の確保だ。住居は確保したが、足りないものはまだまだある。
「……そんな訳で、必要なものをそろえたいんだが、どうしたらいいので?」
俺達は一度小屋を出て、村内でロイドと話をしていたブルーノに尋ねた。
「そうですな。いくらかの金子を得たのであれば、村内の雑貨屋を訪ねてみればよろしいかと。何かしら必要なものが置いてあるかもしれませんからな。」
どうやら、雑貨店があるのか。しかし、現金に寄る経済が成り立っているのか? この村は。ともあれ、ブルーノが案内してくれるようなので、素直についていくことにした。
しばらく着いて歩くと、やがて建物が複数集まった区画へとやってきた。俺たちに宛がわれた小屋と大差はない、それほど大きな建物ではないが、それが四件ほど立ち並んでいる。
「ここが、当クレト村の商業区となっています。とはいっても、規模は大きくないですし、どの店も皆畑を持っていますがね。一応、現金での取引もやっていますが、物々交換にも応じてくれますよ。」
所謂兼業農家ってことか。それはそうだよなぁ。村全体の現金収入はまだまだ少ないって言ってたのに、現金だけでやっていけるわけないわな。茜はそんな物資でのやり取りにうなずいてるし。農家ではよくあることなのか?
ブルーノに付き従って、俺達は一つの店舗へと赴いた。店舗とは言っても、俺達の小屋と概観は変わらない。違いをあげるなら、扉とその上に掲げられた木看板だろうか。文字は書かれていないがカンテラの絵が描かれている。ブルーノはその扉を開け放って、中にいるであろう店員に声を掛けた。
「おーい、ターラ。いないかー?」
一見無人に見える店舗内。ブルーノの一際大きな声が響き渡る。誰もいないのかと思ったら、商品棚の陰から、ひょっこりと小柄な中年女性が姿を現す。
「目の前にいるだろうが! そんなに大きな声出さんでも聞こえとるわ!」
白髪交じりの赤毛な髪を乱雑に束ね、三角巾のような頭巾をかぶったその女性は、ブルーノに負けず劣らずの大声で叫ぶ。
「お前さんは小さすぎて見えんのだ。それはそうとお客さんだぞ。」
そういって、ブルーノは雑貨屋の店主? 店員のターラに俺達が迷い込んだ件や新たな住民になること、生活用品がないこと等を話してくれた。一応の現金の予算も伝えてくれたので、その範囲内で用意してもらうことになるらしい。
「そういうことかい。若い身空で妙なことになってるねぇ。まぁ、いいさ。たしか、その辺にいろいろ積んであったから、幾つか選んでみるさね。」
つ、積んであるって……ちょっと気になる単語が出てきたが……ターラはそれを気にするでもなく、積み上げられた商品の山から何やら引っ張り出してきた。
「ほいよ、まずはシーツ。コレは必要なんじゃないかい?」
引っ張り出されたのは、若干薄汚れた感じのする、明らかに新品ではないシーツだった。……一体どのくらい長い間埋まってたんだ? それ。
「それほど古くはないから多分大丈夫さね。破れも擦れもないからまだまだ使えるはずさ。あとは……」
シーツを軽く畳んで丸めるとそれを俺に手渡して、ターラは別の商品の山から何かを探し始める。……そんなターラに不安を覚え、茜の方を見やるが、茜は特に気にしていないようだ。
結局、この店で集めたものは、鍋とお玉などの調理具とシーツ、木製のお椀のような食器と同じく木製のスプーン。収納用の木箱、簡単な衣服と下着? のような何かになめした皮で作られた靴。そしてオイルランプとその燃料の油となった。全て中古品のようだが、どれも問題なく使えるということなので、ありがたく使わせてもらうことにする。木箱は比較的大きめなので、その一つに他の物品を纏めて入れると、俺はロイドから受け取った銀貨を取り出そうとポケットをまさぐる。
「あぁ、支払いはあとでいいさ。銀貨しかないんだろ? それじゃこっちの貰いすぎになるからさ。」
釣銭は微妙に足りないってことか? しかし、コレだけのものをそのまま持って行ったんじゃ……
「なぁに、万が一にも取りっぱぐれたらそこの村長に補償してもらうから大丈夫さね。」
一応、ブルーノが責任者ってことになるのか。紹介した以上はそれなりの責任が伴うってことなのか?
「それに、あんたらもブルーノからわざわざ紹介されたんだ。そのまま逃げるような人間とは思っていないさ。」
ブルーノの顔を立てるってことでもあるのか。良く考えれば、殆どの住民は顔見知り状態なんだろうし、変に不義理をしたら暮らしては行けなくなるわな。この辺は日本の密度が高そうな田舎町と通ずるものがあるのかもしれない。で、何か問題が起こったら、村長のブルーノが住民同士の諍いに介入して仲裁に入るわけか。
「他にもいろいろと足りないんだろう? 他にも店があるから、あとはそこの村長に案内してもらいな。」
そう言ってターラは崩れかけた商品の山を直し始める。……どうなんだ、その陳列は……とりあえず、促されたとおりに俺達は店の外へと出たのだった。
「……あのなんとも雑な陳列はなんなんです? ただ積み上げただけって感じな……」
店を出たところで俺はブルーノに聞いてみる。訪れる客が村人だけなのは分かるんだが、いくらなんでも雑すぎるだろうに……
「? そんなに妙ですかな? 農村部の商店なら何処も似たようなものだと思いますが?」
マジでか。
「ターラの店は皆は商店とは呼んでますが、実際には買取のほうが主でしてな。あそこで物を買う人間は余りいないのが現状なのですよ。」
俺の疑問に対して、なんでもないようにブルーノは説明してくれた。曰く、この村で出来た加工品などの商品を一手に買い取ってそれを現金化させるのが主な仕事らしく、商店といっても買取屋というのが実情らしい。また、現金化で無くとも必要な商品との交換なども行なっている為、中古品も必然的に多くなってくるらしい。
すげぇ……現金の経済が必要とされてない……
「あ~、お母さんの実家あたりでそんなやり取り結構あったよ? 出来た野菜とか果物とか、その一部を周囲におすそ分けしあう奴。で、一通り回ってくると、野菜と果物とお米とお肉に卵、あと時々お魚なんかが手元に集まったりしてるよね。」
日本にもあるのかよ!? 現金じゃない経済体系恐ろしい……というか、常識でしょ?みたいに語らないでください。って、あれ? 肉も?
「近所に養豚場とか養鶏場があったからね。まぁ、それはさすがに稀だけど。よくあるのは鹿とか猪? あぁ、兎もあったかな?」
もうホント勘弁してください……どんだけワイルドな地域にいたんですか……貴女の実家は街中でしたよね? どういうことなんですか、それは。
そんな茜の『田舎ではよくあること』談義もそこそこに、俺達は他の商店へも案内される。そして先ほどの雑貨店と同じようなやり取りで鍛冶屋と食料品店、パン屋を訪れて、必要なものをそろえていく。買ったのはいろいろと使えそうなナイフ数本に長期保存可能な干し肉と一欠けらの岩塩、そして無駄に固いパンだった。
ナイフ選びにやたらと時間をかけた茜だったが、この世界では日常的な道具になるらしいので、真剣に選んでいた。一方俺はといえば、刃物なんて包丁ぐらいしか知らないから、選び方の基準なんか分からない。精々、刃が立っているかと握り具合を確かめる位か。
ちなみに、鍛冶屋では複数本のナイフと手入れ用の道具を買ったので、それなりの出費となった。それに伴って、銅貨でのつり銭を受け取れたので、その小銭で食料品店とパン屋で支払いを済ませ、雑貨屋にも支払いに行った。そりゃ銅貨数枚で済むような買い物に銀貨出されても困るよな。鍛冶屋以外じゃ殆ど銅貨数枚で済んでいるのだもの。
鍛冶屋にはナイフ以外にも武器のようなものが見受けられたが、それはまた後日か。そんな感じで日用品の類も一そろいそろえて俺達は新居へと戻ることにした。
◇◆◇
無事に新居である小屋に帰りついた俺達は、早速買い入れてきた日用品を、これまた買い入れてきた蓋付の木箱に整理しながら仕舞っていく。
ロイドと契約した食料の類はそれ用の箱を用意して、厳重に保管しておこう。万が一にも盗まれたり、雨風にやられたら目も当てられないからな。
村長のブルーノからはその後もいろいろと教えてもらったお陰で、必要なものは大体用意できた。小屋に残されていた家具はテーブルとイス、それからベッド。メインの部屋になるであろうダイニングキッチンらしき部屋には簡単な調理器具さえなかったからな。ただ、ベッドを良く見れば、シーツどころか布団もマットレスもないし、どうしたらいいのかは謎のままだ。この世界のベッドのスタンダードなんて知らないし。まさか板の間に直でシーツってことはあるまいに……
そんなことを思い悩んでいたところで、茜から答えを聞かされた。
「多分、ベッドは藁を敷き詰めるタイプの奴じゃないかな? ほら、ちょっと天板が横板より低くなってるでしょ?」
なるほど、綿がないから藁なのねと納得し、藁を敷き詰めた上にシーツを重ねてベッドメイクは完了。これも他の村人から好意で分けて貰ったものだ。薪は割ってあるものを銅貨と交換してもらったので今日は大丈夫だが、明日からは薪割りもやらなきゃならんな。
あぁ、やることが多い。それでもって、日が暮れたら真っ暗になるんだから、農家の朝が早い理由が良く分かる。日が出ている時間に終わらせなきゃならない仕事が多いからだ。
そして明日から早速農作業ができるんだと茜は張り切っている。スマホの電源を入れて、目覚ましのセットをしているが、最先端の文明の利器の使い方がそれだけというのもなんとも贅沢な使い方だ。
やがて日も暮れ始めた頃に、俺は例の魔法で竈に火を入れ、ランプに火を燈す。薄暗い室内に揺らめくランプの光は中々風情を感じるような気もする。
鍋に井戸から汲んで来た水を入れて火に掛ける。時々薪を足したり、魔法で火を強めたりしながらお湯を沸かしたところで、茜にバトンタッチ。俺が火加減を見ている間に飼ってきたナイフで野菜と干し肉を適当に刻んだものを鍋に投入していく。調味料も食材もそれほど無いので、保存食ながらも塩の浸み込んだ肉というのはありがたい。
しばらくそのまま煮込み続けて食材に火を通したあと、パン屋で買ってきた無駄に固いパンを軽く火であぶって暖め、それらをテーブルへと並べていく。
「では、「いただきます。」」
お互いにテーブルに付いた後、手を合わせてから二人一緒に食べ始める。世界が変わっても、姿が変わっても、習慣は変わらないんだろうな。ちょっと前まで一緒に住んでいたマンションでの食事時と同じだ。
ただし、この世界では元居た日本のように気軽に食べ物を確保できるとは限らない。まさしく今を生きる為の糧に感謝を込めてそれらをいただくことにする。
「でさ、とりあえず何とかここまで凌いでこれたワケだけどさ。これからどうする? というか、俺には農作業の知識とかそういうものは全く無い……何かと茜に任せることになりそうなんだが……」
固いパンに悪戦苦闘しながら食べ進めながら俺は茜に問いかける。茜はスープにパンを浸して柔らかくしながらパンを千切って食べている。そうか、そうすればいいのね。……しかし情けない……俺にはこの世界……いや、この村で生き抜くだけの技能も知識も無い。固いパンの食べ方さえ分からなかったからな……学校で学んできたことなんて、文明有りきの知識ばかりだ。この世界じゃ怪我をしたとしても治療すら出来るか怪しい。オキシドールもエタノールもその化学式が分かっていたところで、それを作れるわけじゃない。必要な材料が分かっていても、それの集め方など知らないし。どれだけ知識があろうとも、ここはそれを生かせる様な環境ではないのだ。
「うん、大丈夫だよ。出来そうなことはいくつか考えてあるから。」
情けない話だが、そんな俺は茜に頼りきりになってしまうことになる。そんな俺に努めて明るく接する茜。
「出来ることは人それぞれなんだからさ。秋也さんにしか出来ないことだってきっとあるよ。だからさ。一緒にがんばっていこうよ。」
俺に出来ること、か。今まで何をやっても中途半端に終わってしまった俺に出来ること……
「まだこの世界に来たばっかりなんだよ。焦る事なんて無いんだって。」
そういって笑顔で答えてくれる茜。そうだな。腐るにはまだ早過ぎるか。俺も茜も、この世界じゃまだ何もしていない。まずはしっかりとこの世界で生きることを目指そう。
◇◆◇
食事を終えると、いよいよやることがなくなってくる。外は完全に真っ暗だし、ランプの明かりと竈で燻っている火くらいしか光源は無い。そして薪もランプの油も限りがあるので、あんまり夜更かしするのも経済的とはいえない。そして、そこまでの出費を出しながらしなければならないことも無い。となれば、用が済んだら寝てしまうしかないワケだが。
俺も茜も、この世界に来てからずっと着たままだった服を、この村で買い揃えたものへと着替えて寝支度をする。日本人として風呂に入れないのは少々辛いが、日が暮れるとそれなりに冷えるので、水浴びは日が昇ってからになるか。
着替えも終わって茜のほうを見やると、なにやら恥ずかしそうに着替えをためらっている茜の姿が目に止まった。
「どうした? 着替えないのか?」
茜が今身に着けている服は、日本でデートの為に誂えた、所謂勝負服だ。それを向こうでの時間と合わせて三日ほど着倒し、更にそのまま寝るとなると、さすがに服が傷んでしまいそうなので着替えたほうがいいのだが……
「うん……ちょっとね……」
なんとも歯切れが悪く、どこか言いにくそうにしている茜。それでも何とか言葉を続ける。
「あのね……もう分かっていると思うんだけど、わたしの身体……結構変わっちゃってて……それで……」
茜はこの世界に来たときに何故か獣人の体に変化してしまっている。それは目がさめた時に見た尻尾とケモミミである程度把握しているのだが。
「じつはね……変わっていたの、それだけじゃなかったの……その……見ても引いたりしないかなって……それで……」
茜は自分の身体の変化に戸惑っていた。日中こそ、その変化を試すように、検めるように身体を動かしてはいたが、彼女は彼女なりに不安を抱えていたようだ。
「それでね……秋也さんはわたしの身体を見て……嫌いにならない? 嫌じゃない……?」
ためらいながらも彼女は言葉を続け、そして胸に抱いてしまった疑問を俺にぶつける。相手の愛情を疑うような、そんな疑問を。
「なるわけ無いだろう。どんな姿になっても茜は茜だ。」
「……本当……?」
信じている、愛している。だからこそ、彼女もその疑問を口にすることをためらっていた。そして、彼女の不安な気持ちは俺もわかる。俺はサバイバルも農作業も知らない自分がこの世界に順応できるかどうか、それが不安でたまらなかった。しかし、不安だったのは茜も一緒だ。彼女は自分の変わってしまった身体が俺に受入れてもらえるか、不安で仕方なかったのだ。だから、普段であれば口にすることも無い疑問を言葉に出したのだ。
「本当だとも。そんなことぐらいで嫌うわけ無いさ。」
言いながら、俺は茜の傍へと歩み寄り、彼女の体を抱きしめる。俺の腕の中で身体を強張らせる彼女の不安を少しでも解消できるなら、そう思って。
「いろんな事が一気に起こったから不安になるよな。フォローできなくてごめん。知り合いも友人もいないこの世界、俺だけは何があっても茜の味方だから。」
彼女の身体を少し持ち上げ、彼女にキスをする。茜もようやく身体の強張りを解いて、俺の背中に腕を這わせる。
「……言葉だけで足りなければ、もっと先へ進めるけど?」
「……ばか。」
キスを終えた俺は少し悪戯っぽく問いかける。茜は顔を上げることなく俺の胸に埋めたまま小さく答えた。否定の意思は無いと判断して、俺は少しずつ彼女の着衣を解いていく。結婚前に贈った服。何度か見覚えもある彼女のお気に入りのコーデ。それらを脱がせていくと、彼女の肌が露出してくる。筈だったが……
「……なるほど、これが嫌がる理由だったのね。」
「!!」
彼女の羽織っていたカーディガンを脱がし、ショートワンピをずらしたところで、彼女の背中の異変に気づいた。彼女の背中には、うなじから下へ向って新たに毛皮が出来ていた。おそらく尻尾までつながっているのだろうか?
「……実は、前のほうも……」
恥ずかしそうに俯いたまま告げる彼女。どうやら突然毛深くなった事が気になっていたらしい。が、俺が触った感じでは、無駄毛って言うよりもホントに毛皮だ。フカフカのモフモフでさわり心地は悪くない。
「へぇ、じゃあそっちもしっかりと調べないとな。」
「!……もう。」
すっかりスイッチが入ってしまった俺は、茜を抱えあげてそのままベッドへと運ぶ。シーツをいきなり汚すことになるが、知ったことか。どうせ中古だ気にしない。俺は着替えたばかりの服を再び脱いで、茜の身体に重なる。
その後は敢えては語らない。異世界初の夫婦生活、その後の彼女の温もりに癒されながら夜は更けていった。
お互い、この世界に来てからまだ何もしていない。不安なのは当たり前だ。だが、今はまだ悩むときじゃない。ただただ突き進むしかないのだ。
最後はそんなことを思いつつ、俺たちは眠りについたのだった。
遅くなりましたが、ようやく更新です。
お待たせして申し訳ありません。
※タイトルに話数を入れ忘れたので、修正しました。
※誤字修正しました。




