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第7話 何とかなる? 未知の世界で新たな道

遅くなりました。

 結局、後ろをついてくる連中は最後まで何もしてこなかった。茜は体の変化を試すように、楽しむように跳んで走ってを繰り返しながら、警戒してくれている。本来なら俺がやらなきゃならないんだろうが、武器も無しに後方で何かを企んでいる連中に立ち向かうのは無謀だった。で、二人で話し合った結果、強まった茜の視力と聴力で見張りながら、警戒してもらうことになったのだが、幸いというか、連中からは何も無く。そのまま、日暮れ前には目的の村にたどり着けることが出来たのだった。

 

 そこは村というには余りにも規模が大きく、俺たちはその広さに圧倒された。何せ、村の入り口になっている門から更に歩いてようやく人家の集まる区画にたどり着いたのだから。村内に走る道の両側にはこれまた広大な畑が広がっているが、今は特に何かが育てられている気配は無い。所謂休耕ってやつなのだろうか? あとで茜に聞いてみよう。


「では、これから村長さんに挨拶してきます。お二人はどうしますか?」


 村の中心らしきところについたところで、ロイドが聞いてきた。どうしたものかと茜のほうを見ると、辺りにに拡がる農地をみて目を輝かせている。……これは何かの血が騒いでるのだろうか……? 声を掛けても上の空で何かを想像しているのか、時折何かを呟いている。


「こんな状態なんで、俺は茜に付いておきますよ。すみませんが、お願いします。」


 そういってロイドを見送り、俺は茜の元へと歩く。


「……畑には何も植わっていないけど、畑への鋤き込みをやっている……けど、別のところでは休耕……二圃式? 三圃式? そういえば、この世界の季節はどうなっているんだろう……近くにあった森はや途中の草原を見るに、春先から初夏くらい……?」


 あ、まだ何か考えてた。とういうか、なにやる気出しちゃっているんですか。ここに定住でもする気ですか? 茜の言動に不安を抱くが、そんな俺の心境をよそに、茜は目の前にある畑へと歩き出す。


「あ! おい!」


「それにしてもこの畑……土も固くなっているし、雑草も少ない……放棄されてる……? でも、完全に死んでるわけでもないし……」


 言いながら、靴が汚れるのも気にせずに畑へと入り、しゃがみこんだかと思えば、土を手にして何かを考え込んでいる。……だめだ。完全に自分の世界に入り込んでる……。あ、手にした土を今度は口に含み始めたし……いや、何してんのよホント!?


「うべっ! 酷い味……」


 当たり前だっての! さっきからどうしちゃったんだよ、ホント……ちょっと心配になって来ました。茜の動向に不安を覚えている時、ロイドが一人の男を伴って再び俺たちの元に戻ってきた。


「お待たせしました。この方がこのクレト村の村長、ブルーノさんです。」

 

 新たに現われたのは、色素の薄い茶色い髪と目をした、筋肉質の偉丈夫だった。見た感じでは四十代前後だろうか? 先日の村の村長(ジジイ)よりもずっと若い様に思える。


「始めまして。ただいま紹介に預かった村長のブルーノだ。あなた方がロイド殿の言っていた迷い人の夫妻なのだね。」


 声量は在るがあの村長(ジジイ)とは全く違う、温和な喋り方でブルーノは挨拶をしつつ、右手を差し出してきた。この世界でも握手の文化はあるのだろうか?


「えぇ、その通りです。どうもはじめまして。自分は秋也、あちらにいるのが妻の茜です。」


 俺も軽く自己紹介と挨拶を返しつつ、差し出された右手を握り返す。どうやらそれは正解だったようで、村長のブルーノは厳つい顔を破顔させて握られた手を上下に振る。というか茜さん。そろそろ帰ってきてくれませんかね?


「ロイド殿からお困りと聞いてね。何でもホレス村では追い払われたとか……」


「いやぁ、どうもあの村とは縁が無かったようなんで。」


「幸いというかなんと言うか、この村には土地と家に余裕がありますでな。お二人がよろしければ当村で身柄をお引き受けしても良い、とロイド殿と話がつきまして。唐突で申し訳ないとは思いますが、いかがでしょうかな?」


 ロイドが一体何処まで、どんな話をしたのか、話はロイドと村長の間で既にまとまっていたらしい。しかしいいのか? 俺たちみたいな身元も保証できないやつを引き入れて。そんな思いが顔に出たのか、ブルーノは言葉を続ける。


「お二人の事情は、ある程度はロイド殿が話してくれました。不安も分かるかと思います。ですが、困っている者を放り出すなどということがあれば、後々の村の信用にも関わるのです。なので、私は見て見ぬ振りなどはできませぬ。もちろん、村に居住することになれば収穫から税の分を治めてもらうことにはなりますが、それもいきなり多く求めるようなことはしないと約束します。」


「人口が増えたらその分納められる税が増えますし、村全体の収入にも関わるんですよ。収量が増えればそれだけ余剰も増えるわけですからね。」


 ブルーノ村長の言葉にロイドが続く。


「この村はまだまだ大きく出来ます。いずれは商店なども誘致して、大きな街に出来れば、と私は思っているのですよ。」


 人口が増える分には特に異存は無いということか。まぁこれだけの規模でやっていればそれなりの収穫があるってことなのだろう。


「というわけで、いかがですかな。悪いようにはいたしません。」


 そういって詰め寄るブルーノ村長。なんかすごく熱意を持った勧誘に、少し圧され気味になる。


「あ、茜はどうするよ?」


 それにしたって一人で決める問題じゃないな。俺は茜の方へ顔を向けて、声を投げかける。


「いいよ! ここなら多分やっていける!」


 畑を検めながらも、しっかりと話を聞いていたらしい茜は二つ返事で村長の提案を受けた。多分って聞こえた気もするが……少し不安もあるが、せっかく住まわせてくれるというなら断る理由も無いか。


「……らしいので、村長さんの提案をお受けさせていただきます。」


「本当ですか!? ありがたい!」


 俺達が賛成すと、ブルーノは再びこちらの手をとって大げさに喜んだ。


「はい! 提案があります!」


 話がまとまったところで、今度は茜が手を上げながら大声でブルーノに話しかける。


「ふむ、何かね?」


 一瞬たじろぎながらも、ブルーノは茜に応える。あ、元気な体育会系的なノリかと思ったらそうでもないのね。声量があるのは地でしたか。そんなブルーノの反応に、茜も自重したのか普通の声量で言葉を続けた。


「あ、えっと、ですね。ここの畑は今は使われていないのですか?」


 さっきから気になっていたらしい、目の前の畑に付いて茜は聞いた。


「荒れ果てて……というにはそんなに荒れていないけど、使われているか、というとそうでもない。農業が主体の村で遊ばせておく土地は無いと思うんだけど、これはどうして?」


「それは……」


 直球な質問を投げかけられ、ブルーノは一瞬表情を曇らせながらも、こんな話を聞かせてくれた。

 目の前にある荒れた畑は、数年前までとある一家が管理をしていたのだが、いつからか収量が減少しはじめたらしい。そんなあくる日に今度は作物が病気にやられてしまい、ついには決められた税が納められずに手放すことになってしまったらしい。そんな経緯があるため、以降はその畑を借り受けようという人も中々現われず、放置されているらしい。

 病気で収量が確保できなくなった畑か。そりゃ、あとを引き受ける人もいないわな。


「もちろん、この畑を使ってもらおうなどとは考えておらんのだが……」


 ブルーノもそれを俺たちに押し付けるつもりは無いらしい。経緯を聞けばそれほど縁起のいい話でもないしな。しかし、結構な広さがありそうなもんだが、遊ばせておくには勿体無い気もする。


「分かりました! この土地、わたし達に任せてください!」


 しかし、茜はそんな縁起の悪そうな土地をわざわざ引き受けた。何でまた妙なことを……しかし、茜も元々は農家の娘だし、何か思うことがあるのかもしれん。ここはひとつ任せてみようか。


「え? は? な、何故わざわざこんな土地を!? 他にも土地ならいくらでもあるのに!?」


 一方のブルーノは茜が面倒な土地を引き受けると言い出したことに驚きの声を上げている。まぁ、常識的に考えればこれから農業やろうってのに、そのためにわざわざケチのついた畑を選ぶ理由は無いからな。


「いやぁ、他の土地って言いますけど、見た感じだと空いている()()はあっても、()()は無いですよね? 今からだと村の外側にある草原の一部を開拓してからじゃないと畑は余らないんじゃないですか?」


 ん? それだと空いてる土地を引き受けたところで、使えるようになるには結構時間が掛かることにならないかい?


「それはそうなのですが……しかし、開拓には他の村民や小作人も動員してですな……」


「今肥料の鋤き込みをしているということは、これが終われば種蒔きになりますよね? それも終わらないうちに開拓事業をしようとしても、人手は集まりませんよ。そうなると、わたし達が使うことになる畑予定地から作物が収穫できるのはかなり先になってしまいますよ?」


「うむぅ……一応、他にも開拓者を募集してはいるのですが……」


 荒地でないにしろ、農地でも無い土地から畑を起こして作物を得ようと思ったら数年単位の時間が掛かることになる。ブルーノが言うには新たな開拓民の募集もしているということだが、どちらにしても時間は掛かりそうだな。一方で目の前の荒れた畑を復活させることが出来れば、新たに開拓するよりは早く作物が作れることになる。


「折角の土地を遊ばせておくくらいだったら、それを復活させるということに賭けて見ませんか? 確実とはお約束できませんが、新たに畑を切り開くよりは早くに収穫が出来るかと思います。そうすれば税収も伸びるかと。」


 今度は茜が熱意を持ってブルーノに迫る。


「……分かりました。しかし、この土地が余りよろしくないのも事実。出来る限りは協力しますし、ダメそうな時は早めに申し出ていただければ何とかしましょう。」


 そして、その熱意にブルーノも折れた。こうして俺たちは荒れた畑を手にすることになったのである。……しかし、大丈夫かね? こんな荒れた土地が復活するのだろうか……だた、茜は満足そうに、その荒れ果てた畑を、腕組みしながら眺めていた。農家生まれ農家育ちの彼女のことだし、きっと解決する方法を考えているんだろう。なら、そこはもう彼女の領分だし、彼女を信じて任せることにしよう。

 それでもし、どうにもならなくなった時は。その時は俺が何とかしよう。なんとしてでも、この未知の世界で生き残る為に。



◇◆◇



「……なぁ。大丈夫なのか?」


 村長さんとの話しがまとまって、その収穫に満足した時に秋也さんがコソっと聞いてきた。


「んふふ~♪ ちゃんと考えてるって。大丈夫♪」


 その辺は一応チェックしたので大丈夫のはず。収量の減少と病気の発生ということは、恐らく原因は連作障害なんだと思う。同じ土地で同じ作物を育て続けると陥ってしまう、典型的な危機。実は、回避する方法はそれほど難しくは無く、適切に肥料を加えながらしっかりと耕せていれば割と何とかなるもんです。

 しかも、この畑はここ数年は放棄されていることもあって休耕状態。草も生えているってことから、この土地はまだ生きているのもわかる。土が固くなっているだろうから、まずはしっかりと耕して土を入れ替えて、殺菌と酸素の供給と……

 あと、肥料を集めないとね。村の外れにちょっとした森があったかから、腐葉土はOK。薪を使う文化形態なら木灰や藁灰も手に入るでしょうし。せめて堆肥があればいいんだけど……いずれは牧畜も考えないといけないのかな~。

 畑の耕す深さと面積は……っと、見た感じ、これくらいなら実家に在った畑よりも狭いし、道具があれば何とかなるでしょう。さてさて、忙しくなるぞ~っと。

 まずは村長さんと相談して何を作るか決めないと。ロイドさんから種とか肥料とか分けてもらえるかな? 農具も気になるけど……鍬、あるかなぁ……


「うん! 何とか出来そう!」


 他にやることもないし、日中はずっと農作業になるかもしれないけど、種蒔きまでに畑をしっかり仕上げれば、今期の収穫に間に合わせられるはず! 久しぶりの農作業に腕が鳴るね!

 秋也さんは相変わらず不安そうに何かを考えているけど、今は出来ることをやっていかないとね。


 ここは異世界。それは小説とか漫画とか、いろんなところで描かれる冒険の舞台。そんな世界にまさか自分が放り込まれるなんて夢にも思わなかった!

 たしかに、あんな世界にいけたらとか、こんな世界だったらどうするとか、いろいろと妄想くらいはしたけどさ。でも実際に別世界へと来ちゃうと、現実的な問題が山積み過ぎて、何かできることをとか考える以前の問題な気もするんだよね……

 今わたし達に出来ること……考えてみると、文明の利器が何一つ無い中で、現代日本人に出来ることなんて殆ど無い。ならせめて、持ちうる知識の中から生かせそうなことを探していかないと何も出来ないまま行き倒れになっちゃうからね。

 元の日本に戻れるか分からないし、もしかしたら見知らぬ異世界で残りの一生を終えることになるかもしれない。ならせめて、未来のために今を生きていこうと思う。それは秋也さんも一緒だと思う。

 幸いというかなんと言うか、わたし達の買い物袋の中身はそれなりの値がつくらしいので、それを元手に何とか手に職を付けていこう。生き残る為に、飢えない為に。

 きっと何とかなる。わたし達が頑張ればきっと。


今回、茜の心情に関する記述を入れてみました。

じわじわと農業無双の兆しが……

あと、この二人の夫婦の在り方なんかも、今後は少しずつ書いていけたらと思います。

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