第6話 何処まで続く? 旅の始まり、街道への歩み
翌日、早朝に何事も無く目を覚ます。昨夜はロイドに教わった方法で魔法の練習をしつつ、適当なところで見張りを交代しながら俺たちは夜を明かした。
荷物の価値がどうのと茜が言っていたので、一応神経を尖らせていたが、それは杞憂に終わって何事も無いまま朝を迎えることが出来た。
腕の時計は午前5時半を指しており、まだ辺りは薄暗いのだが、ロイドは既に起きて活動を始めている。
「あ、おはようございます。気分はいかがですか?」
俺が起きたことに気づいて、ロイドが声を掛けてきた。大分弱まっている焚き火で朝食の用意をしているようだ。
「あぁ、おはよう。どうやら寝坊したかな?」
旅の同行をお願いしている立場でいきなり寝坊とは、情けない。
「いえいえ、大丈夫ですよ。むしろまだ早いくらいですから。簡単では在りますが、朝食を準備しているので、もう少しゆっくりしていてください。」
ロイドはそう言いながら火に掛けられた鍋をかき回している。俺は自分の外套を簡単にたたんで丸めると、昨日のうちに教えてもらっていた水場で顔を洗う。水の冷たさに一気に目が覚めた。
そのあとで再び野営地に戻ると、傍で外套に包まりながら丸くなっている茜を起こすことにした。……なんだろう。尻尾も耳も犬っぽいのに、寝方がどう見ても猫……なんでだよ。とりあえず、揺さぶって起す事にする。
「茜~、朝だぞ~。起きろ~。」
「む~、後5分~……」
「起きなさい。」
「あと5時間~……」
どんなに揺さぶっても起きようとしない茜。いや、ごにょごにょと何かを言っているので、寝ているわけではなさそうだが。何度か揺さぶったが寝ぼけたままで埒が明かない。このまま何時までも起きそうに無いので勢い良く外套を引っぺがす。
「うにゃ~……寒いよ~……」
「寒くないからさっさと起きろ!」
気温はそれほど低くはないし、近くには小さいながらも火が焚かれている。寒いと感じるのは寝起きの体温低下のせいだろう。しかし異世界にきても寝起きの悪さは変わらないらしい。とりあえず背中をさすってやって、血行を促しておく。起きないときの最後の手段だな。しばらく寝起きの悪い茜と格闘して、何とか覚醒させて顔を洗いに行くよう促す。
茜を起こしたところで、俺は自分の畳んだ外套に腰掛けて一息つける。日頃から寝起きの悪さには頭を悩ませていたが、こんな非日常の中で日常を思い出すきっかけにもなるんだから微妙な気分だ。
「朝からバタバタして申し訳ない。」
「いえいえ、お気になさらず。」
「それで今日の予定の方はどんな感じで?」
商売は昨日のうちに終わっているので、今日はこの村を出て、次の村へ向うと聞いていたが、その移動スケジュールがいまひとつ分からない。いや、徒歩が殆どってことくらいは分かっているんだが、距離がな……一体何時間歩くことになるのかが心配だ。
「本日はですね……」
ロイドが言うには、朝食が済み次第この村を出て、街道に沿って次の村を目指すらしい。といっても、ロイドにとってはこの村が終着点のようなものなので、あとは折り返しになるだけだとか。
「私の足と荷物の量ではこれ以上先へは進んでも利益が少なくなってしまうんですよ。此処までの間に、最初に持っていた商品は殆ど売れてしまいますし、道中で仕入れた品物は先々の村でも手に入るものが殆どですからね。」
ということらしい。徒歩の行商というのはそれほど多くは無いのだが、駆け出しの商人の殆どは小さな背負子から始めることが多いらしい。ある程度利益が出たら、ロバを買ったり馬を買ったり。最終的には馬車を何台も率いた大商隊になったり、大きな街で商店を開いて、各地から商品を持ち込ませるという形になるのだという。どちらも馬や人をたくさん使って、多くの販路や仕入れのルートを確保しなければならず、それなりに金が掛かるらしいので、そこまで大成するには時間が掛かるのだとか。
「そこまで行ったら立派な大商人ですけどね。」
とはロイドの弁。現実にはそこまでいたることが出来ず、廃業するのが殆どなのだとか。ちなみに、ロイド自身も元々は大きく成長した商会の会頭の下で丁稚奉公を勤め上げ、数年前に晴れて独立したばかりなのだと話してくれた。現在は自身の販路開拓と人脈の確保のために背負子一つで行商に出ているらしい。
話を聞いているうちに、身支度を整えた茜も戻ってきたので簡単に食事を済ませてから荷物を纏めて旅の支度を整えた。といっても俺たちは殆ど着の身着のままだし、せいぜい重たい粉類を分けて運べるように仕分けなおす位だ。
……しかし、ロイドのあの背負子はなんなのだろう? 見た目は皮の袋がくくりつけられた普通の背負子なのだが、そこに調理道具や残った食材から自身の外套まで、何でも入ってしまう。もちろん、昨日村人から買い集めた物資も入ったままなのだろうに。某猫型ロボットのポケットを思い出すな。村人も何も言わなかったし、割とありふれたものなのだろうか? そのうち聞いてみよう。
「次の村は少しペースを上げていけば日暮れまでには着けるので、そろそろ行きましょうか。」
村の入り口で次の目的地までのおおよその到達時間を告げるロイド。腕時計を見れば、時間は午前7時。日暮れまでにと言うことは、これから10時間は歩くことになるのか。……運動不足気味の体には堪えそうだ……
ふと後ろを見やれば、そこにはあのジジイ。村の門まで見送りだろうか。忌々しそうにこっちをにらんでいるが、あんたの嫌いな獣人は村を出るんだ。ありがたく思え。
俺たちはロイドとともに村を後にした。
◇◆◇
「あの村長さんも、かわいそうといえばかわいそうなんですけどね……」
村を出て少し歩いた頃、ロイドがそんなことを口にする。あのジジイがねぇ……最初は獣人がいるってだけで追い出そうとしてたし、かと思えば俺たちが金目の物を持っているとわかった途端に今度は上から目線で残ってやってもいいとか言ってたっけ。途中、俺たちには目線も合わせやしなかったし、嫌われっぷりも中々なもんだと思うんだが。
そんなのが何でかわいそうなんだ?
「昔はあんなでも無かったらしいですけどね。何でも、一人娘が獣人族の男と駆け落ちしたとかで、以来獣人が嫌いになったそうですよ。」
「もしかして、娘の交際に強硬に反対したとか、そのせいで駆け落ちに踏み切ったとか、そんな話しも在ったりするのか?」
古今東西、昔から何処にでもある話だろうな。俺と茜も両親には強硬に反対されたし。
「良く分かりましたね? そのとおりなんですよ。」
お約束来ちゃったよ。何で異世界に着てまでそんなありがちな話とそれによる八つ当たりされにゃならんのだ。
「本当はそこまで強硬に反対するつもりは無かったそうです。村長の娘とは言っても、開拓地の村娘ですからね。婚姻後もそれなりに苛酷な環境で生きることは確実でしたから、それ相応の覚悟はあるのか確かめたかったのだそうです。」
その試練を二人に課し続けたところ、婿候補の男が覚悟を示すか折れるかする前に自分の娘から敵認定されてしまった訳か。で、駆け落ちと。
「最初こそは『どうせすぐに音を上げて帰ってくる』『頭を下げるなら認めてやらんことも無い』と強気だったんですがね……しかし、一年経とうとも二年経とうとも娘は帰って来ず、あの村長も弱気になり始めまして……やがて『そこまで追い詰めるはずじゃなかった』『男の覚悟が見たかっただけ』と零すようになりまして……」
結局娘は十年経っても戻ってくることは無く、最終的に『あの程度で逃げるなんて情け無い』『娘を攫った不届きな種族』『低俗な野蛮人種』と言った具合に憎しみに変わっていったらしい。以来、あの村は獣人族に対して厳しくなったのだとか。
「もっとも、他の村人はそれほど獣人族に対して悪感情を持ってはいないんですけどね。獣人族を婿や嫁に、といった家もありましたしね。まぁ、一部の人たちは村長に感化されて、異人種排斥運動を行っているそうですけど……」
確かに。村の露天の時も、村人の殆どは気にした風でもなく、茜とやり取りしていたし。もはやあの爺さんの独り相撲常態なのか。まぁ、茜に対するあの扱いはどんな事情があっても許さんけどね。
◇◆◇
村を出てから、俺たちはひたすら街道を歩く。歩く。歩く。代わり映えの無い草原の中を唯ひたすらに歩く。途中で見覚えのある立ち木も通り過ぎて、それでもひたすら歩き続ける。
「さすがに……少し……きつい……」
一番最初に音をあげたのは俺だった。ロイドは何てこと無いように歩くし、茜は代わり映えの無い景色を眺めながらあっちへ行ったりこっちへ行ったりとせわしなく動き回っている。
「あまり旅には慣れていないようですね。もう少し進むと水場があるので、そこで昼食にしましょう。」
汗をぬぐいながら、道を先を睨む。遥か遠くまで続く道が恨めしい。それほど気温が高くないのが救いか。ふと時計を見れば正午を回って、13時になるというところか。
「ねぇねぇ。さっきから何かがついてきてるんだけど、どう思う?」
あちこち走り回っていた茜が、戻って来るなり聞いてきた。
「何かってなんだよ……」
「ん~、なんか人っぽいんだよね~。わたしたちの後ろをずっと着いてくるから気持ち悪くて……」
「……人……ですか。ちょっと気になりますね……とりあえずこの先の水場で休みながら様子を見ましょう。」
俺たちは得体の知れない何かを警戒しつつ先を急いだ。ちなみに、何故そんな離れたところにいるモノが見えたのか聞いてみたら、普通に視えた。といっていた。どうも体が変わってから視えるようになったとか。目だけでなく、耳も鼻もよくなったらしく、いろいろ感じることが出来ようになったらしい。本人は「チート能力キター!」と盛り上がっていたが、ロイドからは「獣人族ならでは能力ですね。」と言われてがっかりしてた。……何故落ち込んだのかは分からんが。
その後、俺たちは無事に水場へとたどり着き、そこで小一時間ほど休みつつ軽く食事を摂る事にした。食事が済んだ後には茜に例の後ろの連中の様子を見てもらったが、動きは無いらしい。
「……これは……どうなんだろうね? どう思う?」
同じ距離を保ちながら……ってのは怪しすぎるだろう。さすがに。ロイドも同じ意見なのか難しい顔をして思案している。
「どうでしょうね? 野盗にしては少々手口が拙いのですが、こちらの様子を窺っているのは間違いないでしょう。」
どうやら不貞な輩がいることに間違いは無いらしい。
「とりあえず、ここは見通しがいいので襲い掛かってくればすぐに分かるので安心といえば安心なのですが。しかし、何時までもここに留まるわけにもいきませんし……」
それに、いくら見通しが良くても夜になってしまえば関係ない。ならば、先に進むしかなさそうだ。
「警戒を続けながら進むしかないだろう。」
さっきから野盗なんていう物騒な単語も出てきているし、ここは日本のように安全な田舎じゃないみたいだな。いざとなったら、俺も腹をくくろう。
俺たちは腰を上げて、水場を後にした。後ろからくっついてくる何かに警戒をしながら先を急いで。




