第4話 驚愕!? 強欲偏屈村長とロイドの魔法
差別発言が多めです。苦手な人はご注意ください。
それと、今話で魔法が登場します。
解説はまた次話で。
村自体はそれほど広くはないのか、広場といってもそんなに広くはなかった。むしろ、さっきの村長宅から100メートルも離れてない。
そんな広場でロイドは背負子を下ろすと、地面に布を敷いてその上に商品を並べていく。
その殆どは食器などの器や刃物、油や調味料などの加工品、あとは衣料品や薬などが殆どだろう。背負子の中には刀剣らしきものも見えるが、あれは商品なのか護身用なのか……
「今なら、こちらの衣服を二枚買ったら、このお値段! 今だけです! いかがです!? 安いでしょう!?」
「今回は特別! 今ならこちらのお皿を購入したお客様に限り、こちらのカップも割引価格で対応しております! いかがですか!?」
どこぞの通販会社社長のように、声を裏返しながら商品を売り込む俺。一応簡単な単位と商品の原価を聞いておいたので、儲けの基準に合わせて、値段を上下させつつ、アレをつけたり、数ごとで割り引いたり……
ちなみに、通貨は銅貨がルシ、銀貨でルダ、金貨でリドらしい。銅貨が125枚、つまり125ルシで1ルダ、更に銀貨65枚の65ルダで1リドという計算になる。この上にも超々高額硬貨が幾つかあるらしいが、それらは殆どが国の貴族の記念品扱いらしく、一般には出回らないらしい。
一般的には、開拓地の農民ならば凡そ10ルダもあればそれなりに暮らせるらしい。
なんだかんだでいろいろやりつつも、商売自体は何の問題もなくこなせていた。単純に値引き合戦の攻防が殆どで、後は商品を抱き合わせて値引きに応じたり、商品の紹介の仕方で購買意欲を煽ったり。学生時代のスーパーでやった実演販売の経験が役に立ったか。
何時もよりは売れ行きもいいのか、ロイドも顔色はいい。一応勝手に値引きやらの交渉をやってしまったことを合間で詫びてみたが、「十分元は取れてますし、それ以上に物を多く売ってくれているので、正直助かっていますよ。」とのことらしい。
ちなみに、村長の反応から獣人となってしまった茜への村人からの風当たりが厳しくならないか、という懸念もあったのだが、そちらも杞憂に終わった。
「獣人さんの売り子なんて珍しいねぇ。」
「かわいい獣人さんだねぇ。頑張るんだよ。」
「ウチの従兄弟が嫁探ししているんだけどどうだい?」
村のおばちゃんたちには概ね好評のようだ。しかし、最後の人。それはダメだ。茜は既に俺のものだ。
「しかし、よくそんな割引とかよく素早く計算できますね。それに、売り方も独特で面白い。商売の才能があるかもしれませんよ?」
ロイドは俺の計算速度に始終驚いてばかりだ。しかし、商才ねぇ。まぁ、計算だけなら誰でも出来るし、大事なのは売り込む話術だ、見たいことを職業体験のときに聞いたっけ。ずいぶん昔のことのような気がするが、その言葉のお陰で俺は営業が出来てた気がする。
「そういえば、お二人ともなにやら荷物を持っていたようですが、あれは売れないのですか? もし売れれば、道中の路銀なども稼げるのですが……」
荷物……あ、あの買い物袋か。だけど、中身は食材だし、果たして売れるのだろうか?
「!? その手があった!」
しかし、ロイドの言葉を聞いた茜は、文字通り飛び上がるようにして俺たちの荷物の元へと駆け寄った。そして、スーパーのビニール袋三つをひっくり返して中身を検める。
その内訳は、鶏ムネ肉300g、砂糖と塩がそれぞれ500g、粒胡椒6gが一袋、それからサツマイモ3本入りが一袋、ジャガイモ5個入りが一袋、小麦粉500gにオリーブオイルとサラダ油。マカロニとスパゲティ、それからリンゴが2つ出てきた。
……いやいやいや、確かに一緒に買い物に出ていたから分かってはいたけど。何よこの量……改めてみるとすごいわ。買い物中に思いついてアレコレとカゴに放り込んでいたけどさ。何がすごいって、道中は俺もこの重たい袋を持ってたけど、茜は重さなんかまるで気にならないって感じで運んでたんだぞ? どういうことだってばよ……
「これ! ここに小麦粉と塩、砂糖と油、それから香辛料があります! これ、売り物になりませんか!?」
そういって茜はすごい勢いでロイドに捲くし立てる。その内容に、ロイドも少し驚いたようで、
「えっと、途中から気にはなっていましたが……砂糖ですって!? それに香辛料まで……まさかそんなものが入っていたとは……しかし、面白い袋ですね……」
俺たちの持ち込んだ物品の量とその内容に圧倒されつつ、本当に商人じゃないんですか? と呟きながらそれらを一つ一つ調べているロイド。そして塩と砂糖の袋を開けて、中身を見た途端に目を見開き驚く。
「……一体あなた方は何者なんですか? これほどの品質のもの、何処から持って……いや、詮索はしませんが。塩も砂糖も、混じり気のない純度で、しかも粒の一つ一つがそろっているなんて……小麦粉もこんなに滑らかなんて……」
震える手で塩の袋を地面に置くと、何かを考え込むような仕草でぶつぶつと何事かを呟いている。そんなロイドの様子に俺は不安を覚えるが、反対に茜は見事なドヤ顔だった。
「……なんかまずかったですかね? やっぱり売れませんか?」
たまらずロイドに話しかける。しかし、返ってきた言葉は俺の不安とは正反対のもだった。
「いや、とんでもない! これほどの品質なら王室にだって卸せますよ。むしろ私が買い取りたいくらいです。出来ることなら定期的に卸してほしいくらいだ……もしかして、この小麦粉や油なんかも……?」
言いながら、サラダ油とオリーブオイルのボトルも開けて中身を調べている。そして、確認が取れると、先ほどと同じように考え込む仕草でぶつぶつと呟く。
「どうでしょう? これが今わたし達の財産の全てになります。どうか買い取ってはもらえませんでしょうか?」
思案するロイドに更に売り込む茜。う~ん、俺には何の変哲もない調味料でしかないんだが……
「……う~む、これほどの品質ならば確実に売れるでしょう……そうですね。分かりました。こちらの塩と砂糖を買い取らせていただきましょう。」
「そんなにすごい物なのか? 塩と砂糖だろう?」
「「わかってない(です)!」」
そんな俺のボヤキが聞こえたのか、すごい勢いで二人が反論する。
「これだけの純度を持った塩や砂糖なんて、私は生まれてこの方見たことないですよ! それをそんな物扱いとは! いいですか!? これは王室御用達の物に匹敵するほどの高品質言っても間違いのない、それほどのものなんですよ! しかも砂糖なんて、生産地が限られてしまっているから、希少価値も高いんです! 私のような行商人では普通は目にすることさえないほどなんですよ!」
「現代日本の技術力で工業生産されるからこそのあの品質なの! 機械もコンピューターもない世界で人の手だけであの品質を維持するなんて普通は出来ないの! あの品質は日本の工業技術の賜物なんだってば!」
怒られてしまった……どうやら、俺たちが普通に口にしている物のクオリティはこの世界ではオーパーツ扱いらしい。
そんな二人の剣幕と声に、それぞれ商品を見ていた村人達の視線も集まってくる。
「……コホン。というわけで、この塩と砂糖の買い取らせていただきたいと思います。」
「ありがとうございます! では商談成立ということで。」
そういって、ロイドと茜は握手を交わし頷きあう。うん、なんだろう、この疎外感。二人のテンションに付いていけねぇ……
なんか、二人の握手にほぼギャラリーと化してきた村人達からも拍手が沸き起こる。なんか妙なノリになってきたぞ……どうやら、激しい交渉の末に話しがまとまったように見えたんだろうか。
「とはいえ、今の私の持ち合わせでは足りません。なので、それらの物品をキチンと捌ける場所までご一緒させていただきたいのですが、よろしいですか? もちろん、道中の経費もキチンと精算した上で、ということにはなりますが。」
「ええ。ぜひお願いします。」
とりあえず、俺達はロイドと一緒に移動をさせてもらえるようだ。これで、ここでの商売と仕入れが終われば、あのいけ好かない村長の顔を見ずに済みそうだ。
「ほほう。ずいぶんと盛り上がっているようだな。何があったのだ?」
ホッとしたところで、見たくない顔がやってきた。広場での露天が異様な盛り上がりを見せていたことが気になったのか、ついに出てきた村長。その村長は何があったのか、周囲で人だかりを作っている村人に何かしらを聞き、ここで何が起こっていたのかを確認している。そして、それが分かると、こちらに向き直って、こう言い放った。
「ほう? 此奴等がそんな高価なものを? そうか。そういうことなら、それらの品を差し出すのであれば、この村に住むことを許可せんでもないぞ?」
いきなり掌返しである。村長……いや、もうルビ振るのも面倒だ。ジジイは更に言葉を続けた。
「そうさな。村外れにまだ開拓途中の土地もあるし、そこをくれてやってもいいぞ? そこで好きなものを植えるがいい。そこの野蛮人も力だけは有りそうだし、捗るじゃろうて。」
ん? つまり、商人でも目を剥くような品質の品々を、開拓途上の劣悪な土地と交換しろって? 頭沸いてんのか、このジジイ。
「村長さん! それはいくらなんでもあんまりじゃないか!」
「あの土地はまだ井戸もキチンと整備されていないんだぞ!」
「外れも外れで不便だから、開拓を延期したのは村長でしょう!」
「獣人嫌いだからって、そんな扱いはあんまりだわ!」
そんな村長のありがたくない提案は村人からも非難轟々だ。当たり前だが。一応は俺たちのやり取りを見ていたんだもの。交渉が決まって、その価値も分かった後からノコノコ現われて、それを寄越せなんてのは通らない。
「ふん! 聞けば此奴等は行く当てもない迷い人らしいじゃないか。そんな連中を、獣人とはいえ引き取ってやろうと言ってるんだ。感謝こそすれ、非難される謂れは無い!」
村人からの意見は、自身の思惑と善意を摩り替えて流す村長。というか、劣悪な環境の値が地味に上がったな。なんだよ、水源も整備されてないような不便な立地って。不良債権押し付ける気満々かよ。
「野蛮人などに人様が作ってやった土地をくれてやるだけでもありがたいと思え! 力だけが取り柄の亜人ごとき、それくらいしか使い道が無かろうが!」
だが、俺は今。そんな不良債権とか、商品の簒奪とか、そんなことよりも頭に来ていることがある。
「だいたい、そこの男もなんだ! 亜人如きを庇いだてしおって。アレか? そこの亜人に身体で誘惑されたか? 哀れなものだ! 愚鈍な亜人如きに篭絡されおって、嘆かわしい!」
怒鳴りながら捲くし立てるジジイの勢いは止らない。その謂れ無き矢面に立たされている茜は泣きそうな顔をしながらこらえている。
……俺のことはいくら罵ってくくれてもいい。だが……
「そんな、存在する価値も無いような亜人でも引き取ってやるといっているんだ! 分かったら、その荷物をこちらに……」
「いい加減にしろよ、ジジイ!」
もう我慢の限界だ。勢い良くまし立てるジジイの声より更にでかい声で、癇に障る演説をさえぎった。突然横槍が入り、唖然とするジジイ。俺は止まらず言葉を続ける。
「さっきから黙って聞いてりゃ、何度も何度も……どれだけ人の女を貶せば気が済むんだよ!」
さっきから聞いていれば、低能だの愚鈍だの、挙句の果てに売女扱いとは、さすがに黙ってはいられない。
「誰がお前なんかの世話になるか! お前の嫌いな獣人は、最初に言われたとおりに他に行くから安心しろ!」
予期せぬところから怒鳴られて、思考が停止したのか立ち尽くしていたジジイは、徐々に意識を取り戻したのか、今度は俺のほうへと向き直り、顔を真っ赤にしながら怒鳴りつけてくる。
「なんじゃと!? 人が下手に出て甘いところを見せたらすぐにこれか!」
「何処が下手だよ! 最初から今まで、徹頭徹尾上から目線じゃねぇか!」
「貴様のような亜人如きにのぼせてる奴など、それで十分じゃ! 全く恥を知れ!」
亜人亜人と鬱陶しい。俺は捲くし立てる村長の前へと立ち、見下ろすような位置まで詰め寄った。
「な、なんじゃ! 暴力か!? 頭にきたらすぐに暴力とは、さすが野蛮人に入れ込むだけはあるのう!」
誰が殴るか。
「黙れ。一応言っておくぞ。俺は。お前の。世話にはならない。用が済んだらさっさと出て行くさ。もちろん、俺たちの荷物も持っていく。俺はアンタに何もやらないし、何も貰わない。」
身長差があるため、俺が背筋を伸ばしたまま詰め寄ると、ジジイの頭は大体胸の位置になる。背筋が曲がっていることもあるだろうが、結構な身長差が出来ている。そんな位置から、俺は視線だけをジジイに向けながら、努めて冷静に言い放つ。
「アンタはさっき好意だなんだといったが、俺たちにはそうは聞こえなかった。何より人の女を侮辱して、それが当然だと思っている奴に下げる頭は無い。」
商品の価値だとか、取引の釣り合いとかは、この際もう関係が無い。俺はコイツが嫌いだ。一応、分別のある大人として、普段はあんまり人を嫌わないようにしているが、コイツの言動にムカつきを抑えることはできなかった。
「う……ぐぅ……貴様……わしに逆らうとどうなるか……」
「どうもならんでしょう。」
「獣人嫌いなのは分かるけど、さすがにアンタよりこっちの兄さんのほうが言い分としては正しいよ。」
「この人らは旅人なんだろう? 辺境の開拓村村長が同行できる立場じゃないさ。」
更に何かを言いかけた村長に対して、村人から俺たちの援護の声が掛かる。どうやら、村人の方々から見ても、このジジイの言動はよろしくないという判断らしい。
「く……もういい! 何処となり行くがいいわ!」
結局、ジジイはそんな捨て台詞を残して広場を後にするのだった。といっても、ジジイの自宅は広場からそれほど離れてはいないのだが。
「ありがとう。わたしのために怒ってくれて。」
茜は周りに聞こえないように、俺の耳元でのそんな言葉を囁いた。
その後、恙無く商売は続き、広場の露天で日用雑貨を売りつつ、村民からの商品を仕入れてこの日は露天を終了した。
「で、この後どうするんだ?」
日は大分傾いてきている。しかし此処は開拓途上の農村だ。泊まれる場所などなさそうなので、俺はロイドに聞いてみる。
「この村では、宿泊する場所が無いので、この次期は広場の一角で野営させてもらっているんですよ。」
そういうと、ロイドは例の背負子から更に野営の道具として、簡易テントと鍋や食器を取り出した。……いくらなんでも、いろいろ入りすぎじゃないか? どうなってるんだ、あの背負子……
「そうですね。あの鶏肉を分けてもらってもよろしいですか? これも移動の経費として後ほど計算出しますので。」
「あ、いいですよ~。ぜひ使ってください。」
「いやぁ~、長旅をしていると、新鮮な食材が恋しくなりまして……」
そういいながら、新鮮な肉を確保したロイドはムネ肉を細かく切り分け始める。道中を一緒に移動する為の経費と割り切ったのか、茜も快く肉を提供した。……まぁ、生の鶏肉なんて長持ちしないし、それが正しいだろう。
ちなみに、調理の才には俺たちの調味料をつかってもいいと、その提供を申し出たが「そんな高価なものを使うのは偲びない」と固辞されてしまった。一応一応調味料は持っているらしく、岩塩を背負子から取り出すと、ナイフで削り落として肉に振るロイド。
「あ、これは商品ではなく、旅の為に用意したものですから、ご心配なく。」
心配しているように見えたのか、ロイドから補足が入る。徒歩で移動することを考えると、そのための準備も大変なんだろうな。塩が足りなくなると代謝も悪くなるから、必須だろうし。
ちなみに、茜は茜で何処から取ってきたのか、香草らしき物刻んで肉にまぶしている。
「さっき道端にあったやつ。一応味見もしてあるけど、間違いないはずだよ。」
その順応能力には感心します。
「いいですね。私も次からは参考にしてみますよ。行商は結構な長旅なんで、一応塩漬け肉なんかもあるのですが、新鮮な食材が手に入ったときに調味料がないと、せっかくの食材も味気なくなっちゃいますからね。いざとなれば売れますし、重宝しますよ。」
結構食にはこだわるタイプらしい。俺は俺で料理に付いて情報交換している二人を尻目に、石を並べて簡単な竈を造ると、そこで火を熾そうと四苦八苦している。薪は村民の方から対価を払って提供してもらったものだ。……しかし、ライターもマッチもないのでどうしたものか……
思い悩んでいるところで、ロイドが手を差し伸べてくれた。
「こうすればいいんですよ。”火よ熾れ”。」
文字通り伸ばされた手を薪に翳すと、何事か呟いたロイド。その瞬間、薪は一気に燃え始めた。
「火の魔法は旅では必須ですよ。」
若干ドヤ顔でそう話すロイド。そんな光景を見て、俺も茜も唖然とするしかなかった。
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