第2話 見知らぬ異世界!? 人里求めて歩き出す
2/29 茜の容姿に関する記述を追加しました。
「秋也さん、起きて。起きて!」
何処からか茜の声が聞こえる。その声に反応して、眼を開けるが、その瞬間、余りの明るさに再び瞼を閉じてしまう。
「う……茜? どうなって……」
俺は確か、買い物帰りで荷物をトランクに仕舞おうとして……ちょっと待て、記憶が正しければ日も下がって夕方に近かったはずだが、この明るさは何だ?
あわてて身体を起すと、辺りを確認する。
「……何処だ? ここは……」
周りを見回して、俺は愕然とした。辺りには、轍で辛うじて出来たであろう獣道一歩手前のような道で、俺が寝ていたのは、その傍にあった立木の陰だったらしい。
「わかんないの。わたしも気づいたらここに倒れてたみたいで……」
そういう茜のほうへと向き直る。そして茜の姿見た俺は改めて驚いた。ゆったりとしたアイボリーのショート丈ワンピースに、薄手のカーディガンを羽織、下は短すぎないブラウン系のスカートとそこそこヒールがあるショートブーツ。服装自体はデートに合わせて着ていたもので、特に変化は無い。しかし……
「ん……? ちょっと待て、茜……なんだよな?」
「え? 何言ってんの、そうに決まってるじゃん!」
本人がそう言うように、俺もわかってる。その顔と体格は紛れもなく茜だ。余すところ無く見てきたのだからそれは分かるんだ。問題なのは……
「いや、その耳は何なんだ? それに尻尾も……」
「え? 何それ?」
今俺の目の前に居る茜は、目の色が金色へと変わり、更に見たことも無い大きな耳と尻尾が生えていた。それはまるで、昔飼っていた犬を髣髴とさせるものだった。若干肉厚で茶色の毛皮に覆われた三角の耳が、本来なら普通の耳があるであろう場所に鎮座している。そして彼女がデートのためにと用意したスカートからは、耳と同じく茶色の毛皮に覆われたふさふさの尻尾が出ていたのだ。
「ちょ!? 何これ!?」
茜は驚いて立ち上がると、尻尾を見ようとしているのかその場で回り始めた。……うん、なんか自分の尻尾を追いかける犬みたいだな。そんな茜の動きに合わせて尻尾も上下に動いている。
「……本物なのか?」
「!? ひゃ!?」
そんな茜の尻尾を掴んでみると、確かに感覚があるらしく、小さな悲鳴を上げた。もふもふとした感触が手に伝わる。どうやら本物らしい。……どうやって生えているのか気になるが、今はそれどころではない。
「う~……なんか変な感じ……」
掴まれた事で感覚が自覚できたのか、今度は自分の意思で前の方へと尻尾を回して自分で触っている。
そんな茜を見て、俺も変わったことが無いかと、身体をひねってあちこち見回したり触ったりして見たが、どうやら俺は何も変わっていないらしい。
さて、自分達の状況は大体分かった。問題はこれからどうしたらいいのかということだが、
「……茜はどう思う?」
「どうって何が?」
不意に質問を投げかけられ、尻尾を手にしたまま聞き返してくる茜。俺は自分達に起きているであろう状況について茜に話してみた。
轍が出来ているということは、ここは何かが通るということだろう。ただし、それが車かどうかは怪しい。いまどきの日本だったなら、何処に行っても自動車がある。俺も持っていたし、轍があるなら目の前の道を走っていてもおかしくは無いんだ。
ただし、茜の状態が普通じゃない。お互いに何の変化も無かったなら、買い物帰りに何者かに襲われ拉致されたということになるのだが、それだけでは茜の耳と尻尾の説明がつかない。
ゆえに、俺はここは日本ではないんじゃないか? と思い始めている。
聞いている茜も最初は「日本ではない」というところで驚いた顔をしていたが、手に持ったままの尻尾に目を落とすと納得していた。
「……異世界とかそんな感じの奴なのかなぁ……」
「なんだそりゃ?」
不意に出てきた単語に、俺は聞き返した。
「うん、最近読んでる小説なんだけどね……」
茜曰く、最近ネット小説にはまり、いろいろ呼んでいくうちに見つけた一つのパターンで、ある日突然主人公が現代日本から異世界へと移動してしまい、そこで活躍していくという展開の物語があるらしい。
その方法も、交通事故とかある日夢の中から招かれてとか、突然召還されたりとか、車の運転中だとか、ドアを開けたらとか、その種類は枚挙に暇が無いらしい。
「で、俺たちもそういう類の現象に巻き込まれたと?」
「多分……だって、この耳と尻尾だし……それに、いくら田舎だって行っても電柱も電線も見えないなんておかしいよ?」
言われて俺は改めて周りを見渡した。確かに、いくら遠くを見渡せども、どこまで行ってもそういった文明の痕跡が全く見えなかった。
広大草原が遥か遠くに見える山の裾野に至るまで、全てが緑の風景で建物も何にも見えないのだ。
「なるほど。これは確かに変だな。」
どうやら、ここは本当に日本ではないのかもしれない。
「となると、どうしたらいいだろうな……近くに人里でもあればいいんだが……」
このままここで何時までも立ち尽くしているワケにも行かないし、とりあえず轍の続く道からそれぞれの方向を眺めてみる。片方はそのまま遠くに見える山へと向っており、人がいそうな集落は見えない。続いて、今度は反対側のほうへと視線を向けてみる。
「……む? あれは……村か?」
その視線の先には、幾つかの小屋が集まった集落らしきものがうっすらと見える。
「ホント? わたしたち助けてもらえるかな?」
「何とかなるかもな! とりあえず行ってみよう!」
「うん!」
そう言って、俺たちは轍の道を歩き出した。




