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第17話 昼下がり。酔っ払いたちと遊戯盤

 空は晴れ渡り、気持ちの良い風が流れる農村の畦道。スマホに表示されている暦どおりなら、今は正に春真っ盛りなのだろうか? それよりは初夏って趣のような気もするが。まぁ、なんにせよ気持ちの良い季節だな。

 俺たちがこの村に来てから一週間。着いて早々のドタバタ騒動も落ち着いたかと思えば、今度は農作業に追われていた日々。だが忙しいはずなのに不思議と充実感がある。日本に居たころの仕事と時間に追われていた頃とはまた違った忙しさだからだろうか? スローライフ……とはまた違うんだろうが、こんな生活も悪くないと思っている俺が居る。

 茜は今日も嬉々として農業に精を出している。かと思えば、その傍らで日曜大工も始めたりと、本当にクルクルと動き回っていてせわしないくらいだ。此処のところは廃材からいくつも木枠のトレイを大量生産していたが、アレは一体何に使うのか……製作を手伝いはしたが、使い道はいまひとつ良くわからん。茜は種植えの為といっていたが。

 今日もまたなにやら作業があるといって、朝食後にずっと庭で何かをしていた。何でも種植えの下準備で、分けて貰った種の仕込みをするといって朝からずっと掛かりきりだ。俺も手伝いを申し出たが、後々に俺の仕事も増えるということで、今日は休みといわれてしまった。なので、手の空いた俺は何をするでもなく、弁当片手に昼間から村をぷらぷらと歩いているわけなのだ。……嫁に働かせて適当に出歩くって、これじゃ俺がダメ夫みたいだな……


「こんにちは~」


「あら、魔術士さん。どうもこんにちは。」


 村内をぷらぷらと歩居ていると、道行く御婦人とすれ違ったため挨拶を交わす。あの盗賊自演騒動のこともあってか、俺たち夫婦は妙に顔が知られている。夜なのにお日様を打ち上げた魔導士と、単身で盗賊に立ち向かった、度胸のある働き者のお嫁さん。そんな印象らしい。……茜の評価が圧倒的じゃないか。とも思ったが、魔法が使える人間は意外と重宝がられるのだとか。

 村内でも、生活で使うようなちょっとした魔法なら使えるが、戦闘や俺が打ち上げた照明弾のようなことの出来る人間はそうは居ないらしい。また、俺の使うライターやトーチなども見たことが無いといわれてしまった。どうやらこの世界では、ある程度以上の魔法が使える人間であれば研究職に就いたり、成功を夢見て冒険者になったりするのだという。で、俺もそういう魔術士の一端であると思われたのか、一部の村民からは魔術士として定着してしまったようだ。……盗賊退治に直接役に立ったのは投石ピッチングの方だったけどな。

 なんというかその辺の話を聞いていると、すっかり異世界に来てしまったんだなという実感が強くなる。まぁ、俺も魔法を会得するなんていう経験をしているわけだし、すっかりファンタジー世界の仲間入りをしているんだよな。


 しばらく歩いていくと、村の商店街に着いた。商店街とは言っても、集まっている商店は食堂兼酒場と古道具屋位で、後は離れたところにパン屋と鍛冶屋があるくらいだが。買い物自体も現金でなく物々交換も受け付けてくれるなんとも大らかなものだ。行商人のロイドや商会キャラバンなんかが相手だったら現金も必要なんだろうが。

 食堂では日中から酒を煽って盛り上がっている一団が目に付く。そしてその中に見慣れた姿が……


「おぉう、魔術士じゃないか。奇遇だな。こんなとこで何してんだ~?」


 そしてここでも魔術師か……一団の中にいた男の一人ががこちらに気づいて声を掛けてきた。その声の主は先日の盗賊騒ぎの際、広場で見張りをしていた男だった。……そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。あの時はい色々とドタバタしてたし、アレ以降は会う機会がなかったし、仕方ないか。

 その一団は昼間から酒盛りでもしていたのか、皆一様に顔が赤い。……良かった。昼間からふらふらしていたのは俺だけじゃないらしい。


「特にすることが無くなってな……何か無いかと当ても無く歩いていたんだ。」


「そうだったか~。よし、丁度良い。ちょっと付き合え。」


 俺がヒマを持て余していたと知って、男は俺もその集まりに加わるように促してきた。食堂の前に出された縁台の上の何かに集中している男が二人。片方はケモミミの偉丈夫、猟師のデレク。もう一人は同じく盗賊騒ぎの中で見かけたことはあったが、言葉をかわしたことの無い男だった。どちらも真剣な顔をしているが一体何を……


「なぁ、お前はコレできるか? 三人だと一人あぶれてどうにもヒマだったんだ。」


 そういって男が出した物に俺は驚いた。それは作りこそ粗雑だが、板に8x8に区切った升目の描かれた盤面に、白と黒に塗られた石を並べて遊ぶあのゲーム……


「……リバーシか!」


「お、知ってるんなら話は早いな。それじゃ一局付き合え。」


 なんだか、流れで付き合うことになってしまったが……しかし、リバーシがあるとは……と思ったが、ルールや道具はそれほど複雑じゃないし、名前もどちらかといえばシンプルだ。恐らくは偶発的にできあがったっものとも思えるが……コレは一体どういう経緯でこの村に持ち込まれたんだろうか?

 

「……じゃぁ一局だけ。ちょっと手が空いただけだから、もうしばらくしたらまた戻るつもりだったから……」


 期せずして、真昼からリバーシ大会になってしまった。というか、茜に仕事任せっぱなしで何をやっているんだ俺は……

 まぁ、面白そうな話でも聞けたら良いかと、俺も盤面を挟んで縁台に腰掛けた。



◇◆◇



「ふぅ。こんなとこでしょうかね。」


 今日は朝から種苗つくりのための種蒔きでした。種蒔きと一言で言っても、普通想像するような畑に種をばら蒔いて……って言うのとは少し違うんですよ。木枠で簡易トレイを作った上に土を入れて、規則正しく種を麦の種籾を並べていく。ただし間隔は狭めで、できる限りみっちり生える様に。

 既製品のトレイだのセルだのが無いこの世界で、日本と同じように農業をやろうと思ったら道具から作らなきゃいけないのがネックだけど、大事なのは道具を再現することじゃなくて手法を再現すること。今回大量に作ったのは麦苗シートを作るためのトレイの代わり。コレで一足先に発芽させた苗を、今度は少しずつちぎっては植える作業が待っているけど、この方法なら畑に植えた種から芽が出ないということは防げるから、収穫効率は上がるはず。何より水遣りも的確に行なえるから、育成が均一化できるメリットもあるんだよね。

 ただ、この小道具作るのに何日も掛かったから、できることならこのトレイは大事に使って行きたい所だね。壊れたらまた作り直さなきゃだから。


「さて、それじゃトレイを庭に並べてっと……」

 

 出来上がった種入りのトレイはかなりの枚数になった。けれど、コレでも割り当てられた畑全てに植えられるほどじゃない。なので、芽が生えそろったところから順次畑に植え付けていこう。あぁ、そうだ。豆の方も発芽を促しておかないと。

 秋也さんには今のところは身体を休めてもらう意味で今日はおやすみにしてもらったけど、多分この先はわたしよりも大変になるかもしれない。植えつけた作物は、植えたらそこで終わりじゃない。そこからも育成のための手入れが山のように圧し掛かってくる。その中には、秋也さんの魔法で補わなきゃいけないこともあるから……

 なんだか、便利な力をこき使っているみたいで気が引けるんだけどね……異世界で始まった農業は、もうじき嵐のような忙しさになりそう。



◇◆◇



「かぁ~っ! 強えな、お前! 全く勝てる気がしねぇ!」


 あれから何度目かの勝負を繰り返した後、目の前に座る見張りの男、もとい猟師のレズリーはお手上げといわんばかりに大げさに頭を抱えながら叫んでいた。

 元々は一局打ったらさっさと引き上げるつもりだったが、もう一回もう一回と連戦を申し込まれ、結局その場にいたレズリーにデレク、そして彼らの猟師仲間でもあるノーマンの三人と代わる代わる勝負を挑まれた。

 盤面は俺選んだ黒に、一色とまでは行かないが白の石が付け入る隙が無いくらいに染まっている。元々リバーシというのはセオリーどおりに打っていれば負けることはほぼ無いのだが、この村ではそういったテクニックは余り主流では無いようだ。三人ともただ漠然と石を置くプレイスタイルだった。


「俺は子供の頃からやっていたからな。というか、そっちは昼間から遊んでいて良かったのか? いまさら聞くのもアレだが。」


 このままだと際限なく再戦を申し込まれてしまう。何とか話題を逸らそうと、思っていた疑問をぶつけて見ることにした。三人は猟師であって農夫ではない。しかし、昼間から遊んでいるのはどうかとも思うのだが……


「俺たちは猟師だからな。働くのは朝早くで、昼前には殆ど終わっちまう。獲物がある程度獲れていればもっと早く終わることもあるさ。で、今日の収穫はそれなりってこった。今ごろは」


 その疑問には、後ろに立つデレクが答えてくれた。そして彼に続くように、隣で盤面を覗き込んでいたノーマンが言葉を続ける。


「そうそう。で、解体も一通り終わって、今は俺たちの家内が干し肉にしているところだろうさ。」


 どうやら、彼らは他の農夫とは違った生活リズムのようだ。で、外で働いてきた男達に代わって、家では女達が働く構図か。現代日本だったら差別がどうこうという団体が沸きそうだな。


「で、お前さんは一体どこでリバーシを嗜んでいたんだ? 魔術師らしいし、やっぱり王都か?」


「結構世間知らずなところもあるし、案外そうかもな。で、本当のところはどうなんだよ?」


 こちらの質問に答えてもらったところで、レズリーから質問が返される。というか俺は魔術師でも、ましてや世間知らずでも無いんだが……まぁ、この世界のことは全く知らないが。


「……俺の故郷では割とありふれていたからな。子供の頃から友達や家族とよくやっていたことがあるんだ。」


 高校の頃、クラスで何故か流行ったんだよな。ちょっとしたボール紙があれば簡単に作れるし、仕舞うのも楽だ。そのうちエスカレートして、消しゴムで駒を作った将棋だのチェスだのが出始めて、最終的には消しゴムで麻雀牌を作った強者まで現れた。その後クラスのボードゲームブームは終焉を迎えたが、いくら文房具であってもそれを使って遊興に耽るのはいかがなものかという教師の言い分は尤もだ。事実、一部では賭け事のようなことも横行していたしな。何故か最後は囲碁が生き残ったのも印象深い出来事だったな。

 まぁそんな昔話は兎も角、そんな経験のお陰で俺は基本的なボードゲームは一通り出来るのだ。


「ってことはリバーシが流行り始めたころにはもうやってたのか。やっぱり良いとこの出なんじゃないか?」


「あれ? 記憶が無いとか言ってなかったか?」


「なぁ、本当はどこから来たのか覚えているんじゃないのか?」


 あ、まずった。そういえば記憶喪失って設定だったか……コレなら世間知らずなこととか世界のことを何も知らないとかの良いわけになる、何より異世界転移物の定番って茜が言ってたな……しくじったなぁ……何とかうまい言い訳は無いか……


「……少しだけ覚えていることもあるんだ。小さな頃の、楽しかった思い出とか……」


 ゴメンナサイ。本当は全部覚えています。この世界のことを何一つ知らないだけなんです。


「そうか……色々大変だったんだな……」


「すまん、悪いこと聞いちまったな……」


 だが、そんな俺の言葉に何を勘違いしたのか、三人とも沈痛な顔をして謝る。や、べつに特にトラウマとかは無いからね? ただのもの知らずでゴメンナサイ。そんな彼らの反応で、俺の心に棘が引っかかるような、なんともいえない微妙な気分になる。コレは罪悪感なんだろうか。


「よし! 気を取り直してもう一局行くぞ! 魔術師、お前も飲め!」


「おい、次は俺だぞ! 順番守れ!」


「俺はちょっと酒とってくらぁ!」


 一瞬重くなった空気を吹き飛ばすように、レズリーが口を開き、デレクとノーマンがそれに乗っかる。もう一局、というレズリーを押しのけ、ノーマンが俺の向かいに座る。デレクは食堂の方に酒を取りに向う、というチームワークで空気を変えた。ただ、いくら休めといわれているとはいえ、茜に仕事を任せたまま俺だけ酒盛りというのも気が引ける。なので、そこだけは固辞しつつ、話の流れでその後もリバーシに興じることになってしまった。


「お、そうだ。シューヤ。リバーシ以外にもこんなものも有ったんだが、コレのやり方はわかるか?」


 さてもう一戦、とノーマンが意気込んだところで、酒を取りに行ったデレクがなにやら抱えて戻ってくる。


「結構昔に旅人が持ち込んだ遊戯盤らしいんだが、いまひとつやり方がわからなくてなぁ……」


 デレクが見せる盤面には、細かなマスの描かれた六芒星。あぁ、なんか見たことあるぞ、これ。各種ボードゲーム詰め合わせに入っていたりするアレだ。見たことあるけど、やったことは無いが。


「……ダイヤモンドゲーム……だったか……さすがにルールはわからんが……」


「そうか……残念だ。」


 俺の周りにも出来る人間が殆ど居なかったからな……高校時代も悪ノリしてノートと割れた消しゴムで再現したやつはいたが、できるやつがいなくて流行ることなく終了した覚えがある。というか、なんでそんな物まであるんだよ……昔旅人が持ち込んだと言っていたが、その旅人何者だよ。そして何を思ってダイヤモンドだったんだよ。

 名前はわかったがルールは結局わからずじまいで、少し残念そうにするデレクだったが、それほど気にする様子も無く、そのダイヤモンドゲームの盤面をひっくり返して、レズリーとリバーシの対戦を始めた。その後は時折俺とノーマンの対局を観戦しつつ、酒を呷りながらリバーシを楽しんでいた。


 結局その後も大勢に変化は無く、俺のワンサイドゲームになっていたが、日が昇りきる頃に現れたデレクの奥さんのエマさん率いる奥様連合に引きずられるように解散していった。

 酔っ払いたちと奥様方のちょっとした騒ぎが収まる頃、一人食堂前の縁台に残される俺。とりあえず、食堂の奥さんに空いたジョッキと盤面に石に駒なんかを返しつつ、チラッと盤面の裏を見た。ちょっぴり粗雑なリバーシの方はどうやら村人の手作りらしいが、ダイヤモンドの方はリバーシよりも作りがしっかりしている。盤面の升目と、多少錆びてはいるが折りたためるように作られたヒンジも見える。更に数は足りないがしっかりと作られた駒などを見るに、明らかに既製品なのだ。

 そんなダイヤモンドゲームの盤面の裏を見ると、そこにはチェック模様に塗られた8x8の升目。リバーシブルで他のゲームまで出来るようになっているのだ。デレクはリバーシに利用していたが、これも多分違うゲームのものだろう。

 そんなリバーシブルなボード。日本では何度も見たことがあるが……


「……奇妙な符号だな……」


 しかし、余り気にしても仕方ない。持ち込んだ人間が何者でどこにいるのか、生きているのかさえ判らないのだから。俺もそのまま家路へと付く。


 後日、村では何故か俺は人種を理由に結婚を反対されて、さる両家たる実家から駆け落ちした魔術師という噂が村に流れたが、深く考えるのはやめておいた。


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